.11 ミッション
一度だけ深呼吸をすると、ルカは少し照れくさそうに視線を逸らした。
それでも、意を決したように顔を上げる。
「毎週一回、どっか行く。」
「え?」
予想外の提案に、ジンは思わず聞き返す。
ルカは一瞬だけ言葉に詰まり、それをごまかすように髪を指先で軽く整えた。
「……学校終わりでもいいし、休みの日でもいい。」
少しだけ間を置く。
そして、ジンの反応を確かめるように横目で見ながら、続けた。
「断らない。」
有無を言わせないような、いつもの強気な言い方。
けれど、その表情にはほんの少しだけ不安が滲んでいた。
「うん……」
戸惑いながらも、ジンは頷く。
その返事を聞いた瞬間、ルカの肩からわずかに力が抜けた。
「あと、私が行きたいところだけじゃなくて……あんたが行きたいところも、聞くから」
そう言ってから、ルカは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らす。
ジンはその言葉の意味を考えながら、ルカを見ている。
「……」
そんなジンを見て、ルカは小さく息をつく。
それから、今度は迷いのない目でジンを見つめた。
「相手を知るには、一緒にいるのが一番でしょ。」
「そ、そうなのかな?」
首をかしげるジンに、ルカは迷いなく頷く。
「そう。」
その短い一言には、不思議なくらい強い説得力があった。
そして――
「……あれ?」
聞き慣れた声が、背後から聞こえる。
ジンが振り向くと、アサがこちらへ歩いてきていた。
ルカの姿を見つけると、少し驚いたように目を丸くする。
「あっ、ルカちゃん?」
不意に声をかけられたルカは肩をぴくっと震わせた。
一瞬だけ照れたような表情を浮かべるが、すぐにいつもの澄ました顔へ戻る。
「……じゃ、そーいういう事だから。」
そう言うと、照れを悟られないようにくるりと背を向ける。
揺れる髪を風になびかせながら、そのまま歩き出した。
周囲に集まる生徒たちを気にする様子もなく、やがてその歩調は自然と早くなっていく。
そのままルカは、夕暮れの校門へと早足で去っていった。
ジンは何も言わず、その場に立ったまま、遠ざかっていくルカの背中をぼんやりと見送る。
その様子を横から眺めていたアサは、ふっと笑みを浮かべた。
「週に一回、デート?」
少し面白そうにそう言うと、すぐに目を輝かせる。
「面白そう!」
アサは楽しそうに笑うと、そのままジンの顔を覗き込んだ。
「私も行こうかな。」
「……え?」
「いいかな?」
そう言いながら、アサはさらに少しだけ顔を近づける。
ジンは思わず後ろへ引きそうになった。
けれど、アサはそんなことには気づいていない。
ただ、返事を待つようにジンを見つめている。
「……」
ジンは一度だけ瞬きをしてから、少し困ったように笑った。
「う、うん……どうなんだろう……」
曖昧な返事にもかかわらず、アサは満面の笑みを浮かべた。
「えっ? じゃあ行く!」
「えっ?」
ジンが思わず声を漏らす。
しかしアサは気にした様子もなく、くるりと踊るように向きを変えた。
「ほら、帰ろ!」
「あ、うん。」
そう言うと、アサはジンの腕を引いて、自転車置き場へ向かっていく。
二人はそれぞれ鞄を前かごへ入れ、スタンドを上げる。ハンドルを握り、自転車を引き出す頃には、ルカやジンの周りに集まっていた生徒たちも、少しずつそれぞれの帰路へ散っていた。
校門前には、いつもの夕方の空気が戻り始めている。
二人は自転車にまたがると、校門を抜け、並んで駅へ向かって走り出した。
校舎の窓を赤く染めていた夕日も、少しずつ街の向こうへ沈んでいく。
――そして、数日後。
土曜日の朝。
学校は休みだったが、午前中の対魔部の活動のため、部室には部員たちが集まっていた。
校舎から少し離れた木々に囲まれた場所にある部室には、
柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。
全員を見渡したアヤカが、机の上に手のひらほどの灰色の小型端末を置く。
角の丸い薄型の端末で、しっとりとした質感の表面には、いくつかの細い線が走っている。
アヤカが端末へ手をかざす。
魔力の波長が照合される。
すると――
ふわっ。
端末の上に淡い光が浮かび上がり、そこから立体的な映像が展開されていく。
やがて空中には、四元学園全体を再現した三次元ホログラムが現れた。
校舎や校庭、各施設が立体的に表示され、その上には複数の赤い光点が浮かんでいる。
魔物の発生地点だった。
さらに、赤い光点のすぐ横には、それぞれの発生日時や発生地点、
魔力値、魔力濃度、属性などの細かなデータが表示されている。
そして、学園全体を映した立体地図の横には、過去から現在までの魔物の発生件数を示す推移データも同時に浮かんでいた。
年代ごとの数字が並び、その下から数値に応じた光の柱が伸びている。
過去から現在へ進むにつれ、その柱は少しずつ高くなっていた。
「それでは、今日の練習の前に、上役……学園理事長からの、実戦任務の説明よ」
アヤカがそう言うと、ホログラムの中で表示されていた発生地点やデータはそのままに、
発生件数の推移を示す部分がわずかに明るくなる。
過去の記録から現在へ向かう数字の流れが、ゆっくりと浮かび上がっていった。
(あのグループって、次はいつ、こっちの方に来るんだろう……)
説明が始まっても、ジンの頭の片隅には別のことが浮かんでいた。
この日も、メイはいつものように部室へ来ている。
アヤカはジン、田中、メイの3人を見て、続けた。
「これは、この四元学園における、過去20年間の魔物の発生件数」
その言葉に合わせ、学園の立体映像の横に表示されていた発生件数の推移データが、
前へせり出すように拡大され、二十年分の数字がはっきりと浮かび上がった。
「学園のシステムによって守られているとはいえ、魔物の自然発生そのものは、これまでも確認されていた」
腕を組んだ田中が、空中に浮かぶ数字を見上げながら小さく頷く。
「人の集まるとこですからね…」
アヤカは静かに3人を見つめたまま、続ける。
「……けれど、この2、3年で発生件数が急激に増えている…なぜだと思う?」
その言葉に合わせるように、推移データのうち、ここ数年の部分だけが淡く浮かび上がった。
眉を寄せ、腕を組みながら考え込んだ田中が答える。
「なぜ? 学園の結界、魔の濃度も問題がない……学園のシステムも正常なはず……」
アヤカはそのまま視線をジンへ向けた。
「だとすると、ジン、どう考える?」




