79:審判の夜道
三日月が雲へと隠れる。
聖女の審判はなんとか終わりを迎え、川のせせらぎを聞きつつ、宿屋の道をミリアとマルティーと歩いていた。
川から涼し気な風が流れて来て、夏の暑さを少しだけ忘れさせてくれる。
その時、川沿いの木が少し揺れ、闇が動いた。
「お姉ちゃん!?」
「ヴぅグゥ!?」
マルティ―の声、彼は不意に襲われようで、腕を押さえている。
騒ぎで、鳴いていた虫やカエルの声が、一斉に静まりかえった。
しかしその犯人の一人はそれだけの傷を負わすと「頑張れよ」とだけ言って、すぐに隠してあった馬を使って逃げてしまった。
暗闇の中で、意味不明な行為に混乱する。
「ミリア! 騎士団を呼んで来てくれ、それにもう一人の聖女も!」
「ミリア早く!!」
マルティーと、フェリーネはミリアを助けようと必死に叫ぶ。
「お姉ちゃん、死なないで……」
そう言うと、ミリアはもと来た道を走って行っていく。
「では、俺たちも逃げたいのですが、……フェリーネ様、次は貴女の番です。逃げてください」
フェリーネの前には、もやがひろがり朧気も確認できない人が居る。
そしその人物の持っているものが、星明かりでキラッと光る。
刃先の様で、逃げる際に振り向き隙をつくったら、それが背中に向かいそうで、迂闊に動くことはできない。
睨み合う二人、そのフェリーネの前にマルティーが傷を押さえながら立った時、その向こうから、耳を疑う人物の声が聞こえて来る。
「あら、貴女は逃げないのね?」
「サラテート様……!? なぜ、ここに……?」
「こんばんわ フェリーネ。もちろんカリオスへの復讐だわ」
そう言っている間に、マルティーが傷を押さえ、「ヴゥ……ッ」と声を絞り出すようにして、地べたへ沈み込んでいく。
――そんな……。
苦し気な声が、フェリーネのまわりに渦巻いていた。
フェリーネはマルティーの体が崩れ落ちない様に、ゆっくり支えおろすのが背一杯の状態で、サラテートの様子を探る事まではできない。
「フェリーネ、婚約おめでとう。
貴女は良くやってくれたわ。期待以上よ。
私、私から愛する人を奪った原因のあの子が、一番幸せの絶頂にいる時に、一番好きな相手を奪おうと思っていたの」
その声は、息が絶えだえで、逃げようと思えば逃げられる事を意味していた。
しかし……。
次の瞬間、マルティーの体に広がり始める紫色のもや、それに黒も交じり広がっていく。
「毒……、解毒剤はあるのんですか?」
できるだけ冷静でいるように、心を保とうとしても、手は震え、心臓は胸から飛び出しそうなほど、音を刻みながら動いている。
そんな状態で、地に完全に沈み込んでしまった、マルティーの治療を始開始する事になった。
汗が、涙の様に流れて落ちる。
――カリオス、助けて……。
しかし次の瞬間、フェリーネは髪を掴まれ、顔を上に向けられる。
その時、頬に熱が走った。
「あぁ……」
彼女の頬は熱いものでも、押し付けらてたかのようで、思わず頬に触れよとしたが……。
――毒……。
心臓が跳ね、頭に鮮烈にその恐怖が浮かぶ。
むやみに触ってはいけないはず。
頬に伸ばした手を引っ込め、血さえも、マルティーに触れないように、細心の注意をして治療を続けた。
「あるわけないわ。
ふふ、貴女にも頬の傷から、猛毒が入ったわ。
貴女はどうするの? 彼を助ける? 自分を助ける?
どっちにしても、私からカリオスへの贈り物。
どっちをとっても、今後……貴女は、貴女でいられないはずよ。私のようにね。
一生くだらない事で、悔やみ、棒にふればいい。
貴女が最後まで善人でいられるか、結果が知りたかったけど、もう駄目だわ……」
そう言った彼女も、地面へとすぐさま崩れ落ちた。
「フェリーネ様、お願いです。自分の治療をなさってください」
体の下から声がする、まだなお、紫に覆われたマルティーからだ。
「大丈夫、セイラが来るわ。それに私自身を全て治せるほど、体力が残ると思えない。だからマルティーに任せるの。完璧な作戦でしょう?」
「無謀すぎますって」
空元気のフェリーネの近くで、うわごとの様な声が聞こえた。
「あの子は木の影で泣くのよ……。何で……私のお腹からじゃないの?……」
彼女の声は、小さく消えていった……。
そしてフェリーネは、マルティーを生かす事しかできない。
「もういいです」
彼が、彼女の手をとり止める。
彼女は首を振って答えるようとしたが、彼の上へと崩れこむ。
その頃、謎の寒さでとても体がキツかったが、マルティーの体温で少しだけましになる。
その時、ガタゴト、ガタゴトと車輪が地を飛ぶ音が、やって来た方から聞こえて来る。
「ちょっと!? なんなのよ!」
「お姉ちゃぁーん!!」
ミリアの声と、セイラの罵声と、そしてよくわからに音を聞く。
しかしフェリーネの視界は、そこで暗転してしまうのだった。
◇
目を覚ますと、宿屋の天井があり、しかしいつもより大きなベッドの上にいた。
その横には、やつれた顔のカリオスが座って居た。
「治療致しますか? でも、もやは出ていないですね……」
そう言って起き上がろうとすると、カリオスに肩を押され、おさえこまれる。
「このまましばらく寝ていろ! 妹を呼んで来る!」
彼は慌てて、扉を開けて出て行く。
――妹……、セイラ……。
凄く寝ぼけていたようで、少しずつ昨日の事が思い出される。
頬を触れば何もなく、体を見回してももやは見えない。
ベッドから降りたかったが、毒の場合、立ち上がる事が困難という事はなかったと思うが、そのまま横になっていた。
ここはカリオスの部屋かもしれない。そう思い、見回せば、お城で飾られそうな、大きな肖像が右側の壁に飾られている。
顔立ちが、カリオスが五つほど歳を重ねた顔に思えた。
目が、特にカリオスに似ている。
「何で……私のお腹からじゃないの?……」
憎い恋敵の子どもが、年々、愛する人顔に似てきたら、人はなんて思うのだろ? 想像したくもない……。
彼女は、柔らかシーツを掴み握りしめる。
トントン――。
開いていた扉から顔を覗かせたのは、グリムだった。
「こんばんは、お加減はいかがですか?」
「えぇ、おかげさまですっかり良くなりました。治療はセイラが?」
「はい、セイラ様は毎日、魔力がたまれば、治療を行っておいででした」
彼は話しながら、彼は折り畳みの机の様なもの組み立て、その上にスープの様なものを置く。
「毎日……?」
「はい、一時は命が危ぶまれる時もありましたが、三日目の今日、治療が全て終わって、もう目を覚まされるなんて……カシオペア様に皆様の願いが通じたのでしょう」
「そう……なんですか……。いろいろ、ありがとうございます。すっかりお世話になってしまいました」
そしてグリムは、食事の用意の最後にさじを手に取り「では、僭越ながら……」と言いスープをすくった。
「えっと……」
そう言いフェリーネは戸惑ってはいたが、彼女は観念して食べさせて貰う。
「パンですか?」
「はい、パンがゆです」
「えっと……、では、カリオスはどちらに?」
「セイラ様を起されたのですが、見てもわからないと言われ、薬草に詳しいものの所へ走って行かれました」
フェリーネは開けていた口閉じる。
「夜に、危なくないでしょうか?」
「危ないでしょうな。邪魔したら、問答無用で切られてしまいそうでさえありました」
「……本当に……、あの落ち着いているカリオスが……?」
「はい、カリオス様だからこそですし、フェリーネ様だからこそでございます」
「そうですか……」
胸の奥が温かく感じるのは、スープを飲んでいるからだけじゃない。
「……お姉ちゃん?」
「ミリア!?」
ミリアと、「オリビア! あのこれは、さっきまで寝ていたの、だから、飲ませて貰っているのであって……」そう慌てていると、ミリアはこっちへやって来て、フェリーネ様の上にある折り畳みの机をじっと見つめた。
「抱きつけないわ……」
「まだ安静ですし」
そう、グリムに言われてぐぬぬとなっている。
「すまなかった! 私はまず聖女の警備をするべきだった。それを怠ったばっかりに……」
オリビアは、フェリーネより憔悴しているようだ。
「そんな事ないわ。正直、あそこでオリビアが居たら、あそこまで、きれいにサラテート望み通り事が運ぶはずなかったわ」
「なら、やはり私が居れば防げた事件だったのだな」
オリビアは大粒の涙を流す。
「いえ、こんな事は言ってはなんなのだけど、騎士であるオリビアが居れば、あの状況だと一撃で必殺な不意打ちを使われるか、こちらも応戦するだろうから。ミリアも含め乱戦になって、助かる見込みがなかったかもしれないわ」
オリビアは驚きの表情をするが、真実であってもそれは認められないようだ。
騎士は命をはって人を助ける。そうあろうと努めるオリビアは、今回の様な暗殺と相性が悪いのかもしれない。
暗殺では、卑怯は不名誉な事ではないから。
「フェリーネも、マルティーと同じ事を言うのだな」
「それは仕方ないと思う。実際体験してしまうと、あれは暗殺に近いもので、名誉を誰も尊ばない状況だったから……」
「そういう場合どうすればいいのかな?」
そうミリアは言うと、グリムさんにさじを指さした後、自分がやると、自身を何度も指さす。
「くれぐれもお気お付けください」
そして……さじはミリアに手渡される。
なんか、凄ーく恥ずかしい。
「暗い夜道を歩かないかしら?」
「あーん」
「あーん」
「そっかー、でも私、暗がりも結構見えるに気づかなったの……」
そうミリアは、さじをを振って悔しがる。
「そういう訓練もしているかも。獣人の多い北部だし」
「そっかー」
そう残念そうに言う、ミリア。
「しかし、今回は何をやっても無理でしょうな。公爵家が雇ったのです。そしてもう、スープが無くなったので、食事はここまで、おふたりともフェリーネ様には安静にして貰いましょうか」
そうグリムが言って、ふたりを連れて出ていた。
しかしフェリーネは、ズボンの生地を掴んで座っていた。
――ここは、カリオスのベッドだったら、ちょっと寝られないかもしれない。
そう顔を赤くして……。
しかし、疲れなどの体調の変化を感じ取り、『今は病人だから寝るしかないか』と、聖女フェリーネとしての倫理観が働き、眠りについた。
◇
そして扉は突然、ゆっくり開く。
「フェリーネ……、すまない。こっちだ」
彼は蝋燭の小さな明かりを持って現れた。隣には薬草に詳しい老婆が一緒にいる。
「どうだ?」
カリオスは心配そうに言うと、目の前にフェリーネはすやすや眠って寝返りをうった。
「ぐっすり寝ている……」
「さっきまで、起きていたらしいんだが」
「頬の血行は良さそうだが……」
「だが?」
カリオスは、心配そうに老婆を眺めた。
「起きて話してみんと、何にもわからん」
「あぁ……、そうだな。今日はもう遅い部屋を用意するから泊って行ってくれ……」
「ああ、ありがとうね……」
そう言い老婆は若い領主を見ている。
カリオスは心配そうに、フェリーネを見ていた。そんな彼の手を取り。
「もう顔色も良くなったんだ。婚約者だからといって、若い女性の眠る部屋にいつまでもいない。明日、カリオス様の方が心配されないように、寝てください」
そして彼女に手を引かれて、彼は部屋を出て行った。
続く




