7:手紙を渡しに
カリオス、歳とわりに落ち着い様子の彼を見送り、癒しの間へと戻る。
そこで見たものは、修道着を手荒く脱ぎ捨てているセイラの姿だった。
嫌な予感を感じるが、安心が欲しくて、目が離す事ができなかった。
「どういう事?」
フェリーネに胸に、彼女の言葉が刺さる。
――先程の別れの様子を、騎士が見ていた?
騎士の顔を見たが、彼は慌てていたり、フェリーネへ非難の目を向けている様子もはない。
「どこを見ているの?」
「何が、あったのですか?」
「どうして、さっきの患者の治療を、今日の内に終わらせなかったの? 『ここの治療は3ヶ月待ちね』ってお茶会で言われたのよ! わかる? 貴女は治療出来ていい気分かもしれないけど、それじゃあ、だめなのよ?」
「あ……、午前中も診療するように致しましょうか? 週を決めてですが……」
そうフェリーネが言うと、セイラは台の上に置いてあった修道着をこちらへ投げとばす。
しかし力が足りずに修道着は当たる事なく、フェリーネの手前でバサッと少し重い音をたたてて落下した。
「それじゃー私の時間が無くなっちゃう!?」
――そんなに忙しいの……?
フェリーネは、口に指を当て、下に落ちた修道着を見ながら考え込む。
教会の住む小さなミリアや、別棟の修道女の彼女たちも午前中の朝早い時間から祈り、午後はサラの様に教会本部側で働いたり、畑作業、ビールやワインを酒造している。
――セイラも、そういう仕事に携わっている?
「……それもそうですね。ですが……」
「いい? ちゃんと働かないのなら、あの獣人だけじゃなくて、貴女の居場所はないのよ!」
「それは困ります!? ……ここを出ていけば……」
――誰があの壊れるに任せた教会を、掃除するのでしょうか? 忙しい修道女の方々でしょうか?
『でも、』そう思いつつ彼女は、自分の古ぼけた靴を眺める。
――居場は……教会を頼り、いままで通り仕事をすれば、ミリアとの生活は、なんとかなるかもしれない。
教会の人々が迎えに来なければ……、そんな暮らしも悪くない。
縮小され続けている本来のセオラ中央教会と呼ばれる部分、祖母が祈りを捧げた、あの教会がなくなるのは寂しいけれど。
ちいさなミリア……、『ううん、本当は自身の為にそうしたい』そうおばあ様に伝える事はできないけれど、もし伝えたら何て言うかしら? 止めるかしら?
……そんな、……おばあ様に、私は反抗するのかしら?
17歳の娘である、聖女はそう考え黙っていた。
けれど、その沈黙をセイラは反省や後悔ととらえたようだ。
「じゃ、次は口答えしないでね」
そう言い残し、セイラとその騎士の出て行った扉はゆっくりとパタンと小さな音をてて閉じた。
癒しの間に、フェリーネは一人取り残される。
いつもの通り、今まで着ていた修道着を脱ぎ捨て、セイラの修道着と合わせて折り畳み、専用の籠へといれる。
帰りは、ゴワゴワとした厚さのある肌触りのある、修道着の中に着ていた、ひざ丈まであるチュニックと、鞄からだした、新しいベールをかぶり部屋からでる。
追い出される事の無かった彼女は、螺旋階段の前の扉に鍵をかけながら、カークの今後の治療について考える。
――セイラはああ言ったけれど、彼の治療を一度にすれば、彼はもがき苦しみ、嘔吐する可能性さえある。
そんな治療は良くないわ。けれど、彼女の言うように三ヶ月は患者の立場になれば長すぎる。セイラが怒るのも、もっともな事だった。
どうしようかな……。
「聖女様、…………聖女様、……フェリーネ!」
「はい!?」
青年らしく、聞き心地の良い声に呼びかけられた。
顔をあげればフェリーネを悩ませていたカーク、その人が中央本部側と修道院側を隔てる門の左手の奥まった場所、セイラ達が暮らす屋敷の裏口で、何かに腰掛け座っていた。
門の中ではミリアが門にしがみつき、カークを睨みつけている。
「お姉ちゃんを名前で呼ばないで!?」
「ミリア、この方は癒しの間のお客様よ」
「でも、ここは癒しの間じゃないわ……」
ミリアの耳が異変を聞き逃すまいと、カークの方を向いてピリピリとした雰囲気をだしていた。
――えぇ、その通りね。
「けれど、癒しの間は、一応身分保障された人しか入れないから……」
――そうは言っても、カークさんは何故、ここまでやって来たのかしら? セイラへの取次かしら? でも、おかしいわね。
「ふたりとも怪しい奴を見る様に、俺を睨むな」
そう彼は押しとどめるように、右手をだしたまま、立ち上がる。 そしてゆっくりとこちら側へと、歩いて来る。
「では、何故、こちらへ?」
「毒について聞きたい。どこで飲まされたかわかれば、犯人が特定できる。何と一緒に混ぜられていたかでもいい」
冒険者にしては新しい服、整えられた髪の彼はフェリーネの目の前に立つた。
毒を飲まされるほど、恨まれている様には思えないその容姿で、彼女の答えを待っている。
「セイラ様と……」
そう言いかけて、フェリーネは言葉を止めて、不自然でない程度に一歩下がった。
――彼は何故か、私の名前を知っていた。セイラが言った可能性は低い。彼女は姉の名をあの場所で出す可能性は低い。
顔の確認の有無ない教会内では、彼女の名もない修道女のパートナーでしか過ぎないはず。
「カークさん、貴方は何者?」
「俺か? 俺については、この封筒の中の手紙にしたためた。全てはそこに書いてある。それを見たうえで、毒を入れた犯人を捕まえるのに事に協力してくれると助かるのだが……」
そう彼は言うと、強引に鞄の外ポケットにその手紙を差し込んだ。
「じゃー次回」、そう彼は言うと、後ろずさったかと思うと、思わぬ早さで駆けて行く。
フェリーネは呆然として、それを眺めていた。
「あっ!?」
――次回、以降の予約の話をしていないわ。
「お姉ちゃん、あの人また来るの?」
門越しのミリアの金色の瞳は、それはいやと訴えかける。
「あっ、ごめんなさい。お菓子の事、うっかり忘れていたわ」
「えっ……、いいわ、ゆるしてあげる」
門の鉄格子の向こうから、ミリアはフェリーネに笑いかける。
――うふふ、やっぱり可愛い。でも、カークさん、彼の治療について、考えていて忘れたと言ったら、カークさんの事大嫌いになっちゃわうかもしれないわ。
黙ってたほうがいいわね。
でも、手紙……。
彼女の鞄に、思わぬ存在感でその手紙はまだ入っている。
「来るかもしれないわね……」
彼女が門に手を掛けながらそうつぶやくと、ミリアは立ち上がり顔をあげる。
「ちょっと、いや」
そう言うと、ミリアは彼女の腰にまとわりつく。
「あら、おねぇさんじゃないの?」
「でも、おねえちゃんは、私のおねえちゃんだからいいのよ」
「うーん、それはそうかもねー?」
「そうでしょう!?」
ミリアはそう小さく叫んだが、「そうでしたね」と手をつなぎ、言うとにこりと笑い、彼女たちは教会の中へと、仲良く入って行くのだった。
続く




