69:突然の知らせ
仕事場の礼拝堂で料理の作り方の本を眺めていたら、マーク団長がやって来た。食べたい料理のページに白い花の押し花の栞を挟み込み彼を見上げた。
「……忙しいところ失礼します」
そう言った彼は、料理の本をちらっと見ていた。
――マーク団長は時々、私が名前も知らない調味料で、凄くこった料理を作りそう。
そう思いながら、「いえ……、何でしょうか? 騎士の皆さんを、訓練で足腰立たなくしちゃつたとかですか?」
「なっ?! ……いえいえ違いますよ。それに私とて、そこまでやりませんよ。ローリエの騎士の伝令がやって来たのです」
「それは珍しい……、何かあったのですか?」
マーク団長がこちらへやって来てからは、騎士の訓練も兼ね、少人数の騎馬兵が吊り橋で落ち合い、手紙、時に伝達の紙の束による情報交換をする事になっている。
しかしそれは王国側の騎士の連絡であって、祖父の騎士や、カリオス自警団はたまに同行する程度だったはず。
「とうとうセルジオス殿下がやって来たようだ。しかもローリエ近くの駐屯地に置かれた騎士まで供に連れている」
「王国騎士の増兵……、それで祖父母は無事な状態なのですか?」
――セルジオス殿下が、自ら兵を率いたならば、こちら決して戦う事はできない。血縁者をふたたび失いたくないと言っても、祖父もその分別はつく。
「果敢にも少々喧嘩腰ではあるらしいが、君の妹を連れているのだから、その考慮はされているといったところらしい」
「妹がいた? ……セイラが、見つかったのですか?」
「そうらしいが……、ダリム卿が彼女においては聞く耳を持たなかったらしく……情報がないに等しいが」
「まぁ……、ですが、見つかって良かったですね」
「だが、誘拐されていたとされる聖女が、それについてなんと言っているのかが気になるところだな」
団長はセイラについて、考えを巡らせているようだが、情報は少ない。それではどうしょうもないだろう。
「彼女の意見だけを、鵜呑みにする事はないはずです」
――しかしセイラの言葉を利用しようとすれば、利用できてしまうのも事実で、すべての人の人柄を知らない。
無知は、フェリーネの思考の中に、少しだけ根拠のない恐怖を連れてくる。
「セルジオス殿下の人柄として、可能性はひくいがフェリーネが出て行かなければ、心証に悪い事になるかもしれない」
二人は可能性を頼りに、どう判断するかを決めようとしていた。
マークであれば最適解がだせるだろうが、それでは後悔が残るだろう事を考慮しての彼の情報の提示に、フェリーネが乗っかっている形だった。
「けれど、やはり、祖父様子だと私が下手に出て行き、起こる事態によっては、さらに良くない事態を引き起こしそうで……、できたら二日後、監視基地でお会いすることは難しいでしょうか?」
「それはできなくもないが、いいのか? カリオスの計画では民衆からの王室と、教会に圧力をかけるのだろう? 真実を民の前に晒さなくて」
「そうすれば、いずれここの方たちを、あえて巻き込んだって予想はいずれつくでしょう。そうすれば、聖女という名前に傷がつきますからね。私のせいで聖女の権威が落ちる事になれば、以前の方々に申し訳ありませんから……」
そう彼女は指を動かし、少しだけ振るように話した。その姿は聖女はどうい者であるかを、説明するようだった。
その間もマークたちに、入れられていた辺境の知識を総動員して考える。
これでローリエの私兵よりは、数の上では王国騎士の人数が優ったが、やはり近場の駐屯地であればローリエの民も多いはず。
彼らの民のつながりは、ローリエを魔物の脅威から守るほどの、団結力を持ち強いはず
ローリエへと出向く、危険な賭けはする事はないだろう。持つべきものは、勤勉な遺伝子を持つ民ではないだろうか?
「ですが……王国騎士のマーク団長としてはいいんですか? そんなに悠長に構えて」
「いいも何も、セルジオス殿下が自ら来られたら従うしか道はないと考えているからな。ダリム卿もさすがに現王の血を根絶やしにするまで、止まらないという事は考えていないだろう」
「それは、当然です。そんな状態なら自ら向かいます。それに今と状態なら祖母が止めるはずです」
「フェリーネが行く時は、俺も行こう」
「来たのか」
「グリムが『マーク団長が血相変えて、礼拝堂へ向かった』と報告して来たからな」
「わざわざ、俺たちが借りている家で、秘密裏に事を運んでいたのに、客の秘密を話すのはよくないと、家令に伝えてくれ。で、出向くのか? ローリエへその方が心証がいいぞ」
「で、どういうどういう意味合いで、俺を抜きでフェリーネを連れて行こうというんだ? まずそれからだ」
「それはお前がフェリーネの許嫁となると言い出したからだろう。ダリム卿の許可は降りていないし、聖女は王族の許嫁候補だ。いらない問題を増やされては困る」
マーク団長はカリオスの抗議を突っぱねる。
その時、彼女はマーク団長の胃の辺りを見ていた。
――緊急の事だから、まだ大丈夫そうね。
◇
その時、礼拝堂の外の階段を誰か、ドカドカと駆け降りる。
そして礼拝堂の入口から顔をだし、叫んだ。
「セルジオス殿下並びに、騎士数人が到着いたしました!」
「なぜ、そんな芸当が?! まさか……」
「そのまさかの様です……」
彼は荒い息であったが、秘密を伝えるようにそういった。
「崖のさけ目を飛び越えたのか……」
絶望を滲ませ、マークが聞けば……。
「はい、そのようです」
「ハァ……、誰か止めなさいよ」
そう頭を抱えるようにそう言った。
そうは言っても王位第一後継者を、止めるのはなかなか至難の技だろう。
せめて、他の騎士が二回飛んだとかであれば、いいのだが……。
◇◇
なぜ? 王族とあろう方が、崖の裂け目を飛び越えてしまったのか。そして怪我人が居ないか。フェリーネも早足で階段を上る。
しかし、現役騎士には追い付けず、気ばかり焦るフェリーネは、カリオスに保護されるように、片手をつながれて歩いて行く事になってしまった。
そして玄関前で――。
「ここら辺で手を離しましょうか? えっと、……カリオスは今、王族とは微妙な立場ですし」
フェリーネはそう言っている。
玄関先の受付には、ライストファー家の家令であるグリムさんがいて、最近耳が遠くて困るな……という感じを漂わせ。真っすぐを見つめていた。
「だから?」
少々の苛立ちを含まれる声、彼の憮然とした表情を見守る彼女の肩を抱き、『あえてこうするのだ』と言いたげに、彼は扉を開ける。
「はい、こんにちは!」
現れたのは、見知らぬ男性だった。
ゆるくカールした髪にブラウンの瞳の彼は、そのままフェリーネたちを置くに引っ込める。
「カリオス、何やってる? お前まで思春期の子どもになっていて驚くよ」
「ジェームス……」
「あぁ、そうだよ。セルジオス殿下を挑発するような事をやめろ。こっちのお嬢さんまで迷惑がかるだろう」
そう言われると、カリオスは大きくため息をつく。
「フェリーネ、こちらがジェームスだ。ここへ越す際、山賊騒ぎでお世話になった」
「お前は神経図太すぎて、あいからわず悠長だな……」
ジェームスは、呆れたようにカリオスを見ている。
「フェリーネです。聖女を名のらせていただいています」
「あぁ……、本当に姉妹なのか……」
――姉妹?
その時、扉がふたたび遠慮無さげに、大きく開いた。
「お水まだ?」
そう言いセイラが顔を出し、「あぁー……」と、ジェームスさんは悲鳴をあげたのだった。
続く




