66:聖女様のお仕事
セリファスへ戻った一日目の朝、フェリーネは満面の笑みで、宿屋の庭で鍛錬の為に、木剣をふるうカリオスを見つけ寄っていく。
そんな彼女に気づき、持っていたそれを木箱の上へ置いた。
「カリオスー、見てください。これ!」
「それが、君の楽しいことなのか?」
そう、彼は封筒を持っているフェリーネに問い掛けた。
「はい、わかりますか? これ、ローリエのいるあいだの治療ついての報酬らしいですよ。今まで品物でいただいていたので、お金をいただくのは初めてなんです。そしてなんとオリビア様にも! 彼女のことはカリオスが言ってくれたんですか?」
そう言うと、カリオスは怪訝な表情でフェリーネを見た。
「さぁ、どうだったかな?」
「そうなんですか?」
――きっと、カリオスね。
そう彼女には確信がある。しかし彼とオリビア、ふたりの仲は複雑で、それ以上の言葉を彼女は控えた。
その後、すぐに彼女は、封筒を開ける事に夢中になる。
その中には金貨が一枚。
その価値についてはあまりわからないが、まばゆい金色にフェリーネの心は少しだけ奪われた。
聖女の衣裳を身に付けた彼女は、女神の顔をかたどった金貨を掲げる。
陽の光の中の金貨の重みを、眩しそうに見ていた。
――自分の働きが、こんなきれいなものになるなんて……。
ふと、視線を感じると、カリオスを見れば思いががけず、こちらを優しい瞳で見ていた。
――ちょと子どもぽかったかもしれません。はしゃぎすぎたのかも。
さりげなく金貨を背に隠し、誤魔化す様にあははぁと笑ってみた後、慌ててふたたび金貨を封筒の中に入れ始める。
「良かったな」
そう言ってくれたカリオスの前に、両手で封筒持って差し出すと。
「これ宿屋の代金です!」
頭をさげ差し出していたが、そっと顔をあげると、彼は難しい顔をしている。
「ダリムさんに、宿屋代について相談したのですが、カリオスに相談くださいとの事でしたので、もし……余ったら……オリビアの様に前払いでお願いします」
「わかった」
「良かった……」
そう言い、彼は封筒を受け取って、半分に折り曲げる。
そしてそれを、白いシャツの胸のポケットにしまった。
「これでフェリーネはいつまてでも、ここにいていい」
それを聞き、彼女は首を傾ける。
「手付金ってことしょうか? 一端まとまったお金を渡して、契約をしましたって……」
「違う。いつまでも居てもとは、言葉通りの事だ」
そう言って、彼は剣を持ち、逃げるように行ってしまった。
――いつまでも……。
フェリーネはしばらく、カリオスの背中を見つめていた。
そうすると頬がほてりに気づく、そんな頬を手で包みこみながら、彼が扉へと消えるまで、彼の後ろ姿が眺めていた。
◇◇
カリオスの屋敷では、礼拝堂は地下にある。
最奥の壁はくり貫かれ、陶器で作られたカシオペアが置かれていて、淡い色合いでつるんとして、可愛らしい。
ローリエから借りてきた治療用の用具一式、机一式を置いても、あまりある広さの中で、フェリーネは背もたれのない丸椅子の上に腰をおろしすわっていた。
昼食の満腹感で、少し眠くなりながら……。
そこへ冷たい石の階段を降りる音が、コツコツと響いた。
そして扉のない入口から、ネリアが肩まで顔を覗かせる。
「フェリーネ様、お子さんが高熱をだし、診ていただきとのことなとですが、その……予約の方ではないのですが……」
彼女は言いにくそうに、けれど願いをかけるように、控えめにフェリーネに問いかける。
「はい、……予約の方がいらっしゃらないのなら、どうぞ」
「はっ、はい! これカルテです」
彼女は明るい絵顔になると、立ち上がった聖女の衣装のフェリーネのところにまでやってきて、カルテを手渡した。
「でも、いいのですか?」
「大丈夫ですよ。今は暇ですし、町の方でしょう? 料金はかかりますが、相談可能って説明ください」
「そちらは確認済みです。それにしても……やはり料金は必要なのですね」
腕組みをして、彼女はふたたび黙り込む。
「そうですね。無料だと聞いて、無理してやって来た人の行列ができれば対処できませんから」
「それはそれで困りますが……」
手伝いに入ったばかりの、ネリアの夢を壊してしまったのかもしれない。彼女は少しだけしょげて、階段を上がっていった。
◇
そしてカルテに目を通し終わった頃。
「あの……よろしくお願いします……」
少し疲れた声、黒いチュニックを着た若い女性がやってきた。
「あっ、ミリアの……」
彼女のスカートの横から、顔をだしたのは五歳ほどの男の子が、フェリーネを見てそう呟いた。
「あら、ミリアのお友達なの?」
「うん、にぃちゃんたちが友だちだよ。俺のことは置いていくけど……」
寝間着を着て、赤い顔をした彼は目を潤ませているが、話している様子からは元気そうだ。
「あら、そうなの? ミリアは元気だから、私も最近おいて行かれるの一緒ね」
「一緒に遊びたいのにな」
拗ねるように、彼は言った。
――けれど、一緒にいると逆に危険かもしれないわね。
最近のミリアの元気な姿を思い出し、ふとそう考える。
しかしそこで視線に気づくと、お母さんが心配そうな顔でこちらを見ているところだった。フェリーネはちゃんと聖女ぽい顔を心掛ける。
「今回の病気ですが、すべては治すと、また同じ病気にかかってしまうの事もあるので、治療は完治したって事ではないので、安静にしてくださいね。病気がぶり返すといけないですし。おこさんですので、症状で心配な時は、宿屋にいますのでご相談ください」
そう、フェリーネはにっこり笑顔で彼女に伝えた。
「あの……、すぐに良くならないのですか?……」
彼女は怪訝な顔をする。
「そうなんです。体に戦った記録が定着する前に治してしまって、もう一度同じ病気にかかってしまった記録があるらしくて……」
「そうなんですか……。すみません。変な事を聞いて、お願いします」
「いえいえ、聖女の治療もすべてが完璧というわけではないので、心配もあるでしょうから。では、ここに寝てくださいね……。これに足場にして、ここに上がれるかな?」
そう言うと、オリビアが足場となる台を持って来てくれた。
お母さんと二人がかりで、男の子の手を引き台へと導いてくれる。
「あっ、お母さんいい匂い……」
「リラックス効果があるんだって。この薬草は毎日、マルルさんが摘んで来てくてるだよ」
「そうなんだ」
男の子が興味がありそうに顔を近づける。
「では、治療を始めます。かぜなどの軽い病気は痛くならないようだけど、痛くなったら言ってね」
「えっ……」
彼は言葉を失い、お母さんの眉間に皺が少しよった。
フェリーネはどうしょうもない事で、笑顔を浮かべるようにしたが、少々ひきつった笑顔になってしまったかもしれない。
「大丈夫、痛ければ言えばいいのだから」
オリビアの声が聞こえ、男の子の警戒も少し緩んだようで、こちらも態度には出せないが安心する事だができた。
「うん。わかった」
「では、治療を始めますね」
いつもは真面目に言う言葉を、少しだけ意識して優し目に言う。今まで、セイラに頼ってきたところが、いつも治療より少々難しい。
でも、少しだけましになってきている気がしてた。
オリビアも居てくれるのだし。
◇◇◇
「今日は、木登りしたのー」
「危ないわ!?」
「フェリーネ、大丈夫よ。獣人はとっても体がしなやかなの。とくに子どもの内はね」
夕食時、混んでいる時も、どこか落ち着いた雰囲気のあるアルルさんのレストランで、今日もフェリーネ、オリビア、ミリアの三人は夕食ととっていた。
いつもはレジスターの奥で、編み物をしているノームではないが、小さい種族のマルルさんが、丸い机のあいた椅子に座りおしゃべりに参加していた。
「そうなんですか……」
フェリーネは、彼女の言葉を聞いて目を丸くする。
「そうなのよ。冒険者になればその能力を買われる事が多いから、猫科の獣人用のお勉強をしたのね、きっと」
「獣人はそんな勉強を……」
「そうだったのですね。ごめんねミリア、頑張ったのね」
「うん、私、凄ーく頑張たの。だから、プリング食べていい?」
そう言って彼女が首を傾げると、顎の辺りで切られた髪サラサラと動く。
こちらを見たミリアの金色の猫の目は、普段の人間のまん丸の目なのだけど、今のようにおねだりの時は、キラキラと輝くように光って見える。
そして……、おねだりってものに慣れていないフェリーネは、こんなミリアに弱い。
ウッ……と、なりながら「今日だけなら……」そう言っていっていた。
その時、玄関の扉がカランコロンと音をたてる。
現れたのはカリオスで、彼は王国辺境騎士団の黒い制服を身に付けて、腰にはいつもの剣を携えていた。
そんな彼はずかずかって感じで、四人の机の席へやって来て、他のテーブルから椅子を引き抜きすわった。
「夕食を頼む」
「はいはい、今日は美味しい鹿肉が入ったのよ。すぐに用意するわね」
「あぁ……頼む」
「プリングもお願いします」
「はい。待っててね」
注文が終わると、カリオスはフェリーネを何か言いたげに見つめて来る。
そうするとやはり、彼女は少しだけ落ち着かなくなる
「マーク団長はどうしたのだ?」
彼が口を開く前に、オリビアが彼に問うた。
「うちの自警団の連中に引っ張られ、ジルクの家に行った。いい酒が入ったらしい」
「またですか?」
「人付き合いがいいからな、アイツは。『今回は断るつもりだったのに……』と言っていたが、酒が好きなのかもしれないがな」
――一度、団長の元へ往診へいきましょう。
そう、食べる手を止めて、鹿のカツレツを眺めていたフェリーネに、カリオスが声をかける。
「今日は予約なしに、子どもを診察したと聞いたが?」
「はい。治療しました。熱はまだありますが、症状がだいぶ落ち着いた後に、帰られましたよ」
「やはり、お子さんいると大変ね」
そう言うマルルさんの言葉を遮るように、カリオスのトゲのある言葉が響いた。
「予約を重んじなければ、後で困るのは君だぞ?」
彼の声と表情に、非難と、心配が混ざる。
「カリオス殿、今回の治療には理由あるのです」
「お前は、黙ってくれないか? 俺はフェリーネに聞いているんだ」
「そうですね……困ります。けれど、許されない事もないでしょう。けれどこのまま続けていけば、大変でしょうね」
「なら……、無理に治療を受けるのは止めるんだ。町には熱さましの薬草も売っている。すぐに効果が出るという品物ではないが……」
「大丈夫、特別に診るのお子さんだけと決めました。それもこの街のお子さんのみをです。この町へ来る間に重症になっては本末転倒ですものね。それより、この町も、そろそろ治療人数を増やしていい頃です。ローリエ程の人数にしませんか?」
フェリーネの言葉を聞き、カリオスはひたいに手を置き首を振った。
「なんで、君はそう仕事を増やそうとするんだ。それに今、町の外の人間を無暗に入れるべきではない」
――……きみ?
「カリオス様には、言われたくありませんでした。この前、診察の時間、すっぽかしたでしょう。忙しいと言って」
「カリオス卿も、マーク団長も働き過ぎだ。貴公、昨日も遅くに帰ってきただろう?」
オリビアは呆れたように言うが、美しいテーブルマナーは崩さないようだ。
「仕事が増え……」
「そんな時、ほどちゃんと来てください。いい機会です。後で診察致しましょう」
「治療の間は片付けたのだろう?」
「安心してください。教会の中庭でも治療の経験がありますわ」
そう言うと、彼はうぐっという感じに黙った。
「カリオス様、私がおねぇちゃんの助手をします。楽しみ~」
「では、護衛を」
そう三人娘に言われ、「まぁ、カリオス様おもてになって良かったですね」と、マルルまで言い出す。
「お手柔らかに頼む」
珍しく頬杖をつき、頬を押し上げるようにしながらカリオスはいったのだった。
そして、あらら、ふふふと女性陣から笑いがこぼれる。
続く




