64:ローリエからの旅立ち
朝食を終えてフェリーネは、部屋を戻ろうとしていた時、祖母の侍女に声をかけられリビングルームへと向かう。
そこにいたは祖母で、彼女は刺繍をしていた。
手前にあるローテーブルの上には、赤青黄の色とりどりの刺繍糸の他に、一つの家紋の書かれた紙が置かれていた。
世界樹をモチーフにしたそれは、ライストファー家の家紋で間違いない。
彼の父が一員だった王家の家紋は、引き継ぐことは出来なかった。
だからなのか、母方のホークニング家のモチーフである世界樹。
その前に、二つの剣が両側からクロスするように描かれている、それが彼が選んだ彼の証。
今は、カリオスと、ライストファーに住む民だけが、背負う事にできる家紋。
「あら、やはり気になるのね」
フェリーネに対し『座って』という様に、長椅子のソファ、自身の隣を指示したマーサは、笑顔でフェリーネに笑顔を向ける。
「はい」
フェリーネは思わず、その紙を手に取り祖母に答えた。
――刺繍の事を習った際に。
「ハンカチに家紋を入れて、意中の方にお渡しするのですよ。素敵ですよね」
そう侍女のテスに聞いた。少なくともおばあ様は、カリオスに対しそういう品物を送る事を認めてくださる?
「そうなのね……。優しいあのダリムが聞けば悲しむから秘密にしてね。
後悔をしているの、娘を遠くにやったことを。
せめて近場であれば、助けてあげられたかもしれない、てね。
もちろん貴女にそう伝えることは申し訳ないと思うわ。
けれど、貴女もお嫁にいくとなるでしょう? そんな日を思うと、いい縁をつないで幸せになって貰いたい。欲を言えば、私たちの近くで暮らして欲しい。
そう思ってしまうものなのよ。
人生ももう後わずか、そうすれば悔いなく、終わりが迎えられるような気がするの。
大きなお世話よね。ごめんなさいね」
そう、祖母は少しだけ悲し気な顔で微笑む。今も、母の事を悔やんでいるのだろう。
自身の人生で、教会で暮らしていた日々の中で幸せはあったけれど、思い出の中で、ほぼ、ベッドに寝た切りだった母においては、それはどうかわからない。
母の事を思い出せば、そう……、祖母のように「ごめんなさいね」と言葉の最後に付け加えていた事を思い出された。
「あの……刺繡に関しては初心者なので、どんな刺し方をすればいいか、教えてくださいませんか?」
祖母の赤い瞳が瞬きフェリーネを見つめる。
フェリーネは、申し訳ないような、懐かしいようか顔をしてマーサを見つめて立っていた。
「いいわよ。今度、ここへ来た際にはどれだけ上手になっているか、見せて頂戴ね。お茶会の案内も送るわ。その時、誰と来てくださるか、楽しみにしているわ」
そう祖母は、早い口調で一気に話す。
「はい、楽しみにしてください。驚くほどの上達ぶりを見せますわ」
「そんなに早く上達されたら先生ぶれないわ。ゆっくりとでいいわ。ゆっくりとね」
そう祖母は言ってくれ、合間にデザートを食べながら布に針を刺していく。
終わる頃には探しに来たミリアと、オリビアとみんな一緒に刺繍をさしていたのであった。
◇◇
そしてローリエからの旅立ちの朝は、フェリーネと祖母が話した日から二日後と、突然であるよう決まり、早急であるようにその日となった。
ローリエの敷地内に多くの馬車が、あのお茶会の日のようにとまっている。
王国騎士団、祖父の騎士団、その双方の馬車には荷はもう積み込みは終わり、監視基地への新しい人員の点呼も始まっていた。
多くの人々が、もっとも国の端の北部を目指し旅にでる。
その馬車の数は、一団、旅団と言ってもいいほどだろう。
あの時の様に、襲う山賊などがいれば、ご愁傷様と思わず言ってしまうほどに。
その旅団の前で、別れを惜しむ者たちがいた。
「また、来ます。お元気で」
聖女のための仕事着を着こみ、カリオスという剣聖と、王国騎士団団長であるマークという組織のトップが、彼女の両隣りに立っている。
その時、後ろから馬がとことことやって来た。
馬にはオリビアが乗っており、その後ろには若い馬がつながれて、そこにミリアが乗っている。
「見て、おねぇちゃん。ダリムお爺様から頂いた馬なのよ」
「そんな、お爺様……」
彼女は、ミリアをそんなに甘やかさないで、という意思で見ていたが。
「あんなに喜ぶとは、やったかいがあるというものだ」
そう言い目を細め、祖父はミリアを見ていた。
「実がダリムは、貴女の馬も用意していたのよ。それは止めの、貴女は忙しいものね」
「あっ、はい、乗り機会もありませんし」
「あら、あるわよね?」
そう、カリオスとマーク団長に問い掛けた。
「フェリーネ様が望まれるのなら、教えることも可能なのですが……」
「あの地は、高低差の違いが大きいので、歩いて移動した方が早いと思いますが」
本人の考えを優先したマークに対し、カリオスは効率性を優先して答える。
だが、祖母は彼らにとって、不意打ちの様な返答をした。
「乗馬でのデート楽しいわよ」と、「まぁ、そうでしょうね」ってと苦笑いしながらも、フェリーネを見たマークに対し、カリオスと、フェリーネは目を見開き、驚きの表情をしていた。
「ライストファーの領へ向かう事は許したが、お前との仲は許したわけではないからな」
そう祖父までカリオスに言い出し、フェリーネは目を丸くする。
しかしカリオス自身は、そんなフェリーネを見て安心したように、良かったなというように顔をして彼女を見ていたので、さすがに祖父も言葉を緩め、そしてふてくされたように黙った。
「では、頼んだからな」
「まぁ、ふふふ」
そんな陽だまりの様な祖父母に、フェリーネは感謝の気持ちをこめて頭を下げた。
「では、また来ます」
「また来ます。仔馬ありがとうございます」
「失礼します」
そう彼女たちは言い、カリオスとマークは別れの挨拶は済んでいるのだろう。
頭だけそれぞれの馬車に向かって行った。
フェリーネはカリオスたちの乗っている馬車へ乗り込み、後方からミリアを見ていると、仔馬は馬車に乗せらてていくようだ。
それに安心し、やる事はないかと、今度は御者席の方へと向かう。
「何かやることはありませんか?」
そう、マルティーと、カリオスに声をかけた。
「では、カリオス様の隣に座る仕事を変わってください。僕はマーク団長の馬車に乗り、これからの街へ着いてからの仕事についてもう一度確認してきます」
「わかった」
「はぁーい」
そう答えてる間に、彼はもう王国騎士団の馬車へと、手を振り歩いて行く。
――カリオスとは以前の事があった後、気まずいままで、忙しそうにしていたので呼び止める事ができず、今日へ来てしまった。
「久しぶりだな」
「そうですね」
「正直、優しい気持ちは難しい……」
――試みて、くれたのですか!? 大丈夫、絶対通じます。私が保障します。
そう、息がきれるほど早口で伝えたい。ですが、そこは優しい気持ちと自身が言い出した手前ぐぅぅぅっとこらえる。
「私はカリオスならできると……」
これ以上話したのなら、言葉が勝手に駆け足ででてしまいそう。
深い緑の瞳を見て、フェリーネはそれだけカリオスに伝えていた。
他の馬車の、馬のいななきが聞こえる。
しかし、静かに二人は見つめ合い、今はトクン、トクンとゆっくりした鼓動であるようだ……。
「出発してますよ」
「えぇ!?」
「あぁ、そうだなぁ……」
後方からミリアを乗せた、オリビアと馬が来ていた。
突然の言葉は、オリビアのもの。
あくびの最中に、急に黒板に向かう先生に、振り返られた生徒のあわただしさで、二人は一緒に前へと向く。
そんな空気の中で、ミリアは馬から降りて、スイスイとこちらの馬車に乗り込んで来ると、フェリーネの隣へ座る。
「ミリア凄い。早く乗れるようになったのですね」
そう、フェリーネは言うのだけど……。
「私のお姉ちゃん」と言って、ミリアに腕を取られたので、フェリーネと、カリオスは道中、長い間無口だった。
続く




