62:情報量過剰なできごと
ローリエの城に暮らす中で、フェリーネが良くも悪くも、だいぶお姫様の暮らしになれて来た頃、いつもの様に城の住む人々よりも、少しだけ早い時間に起きた。
ベッドへ横になったまま、目を開け先程から聞こえる、音のする部屋へ顔を向ける。
音は押さえているようだが、隣の部屋を歩き回る足音のように聞こえる。
私たちが使っている城の客室、そのリビングルームで、誰かが黙々と部屋の中を歩いている。
フェリーネは体を起し、三つ並んだベッドの中身を確認していく。
隣に眠るミリアを見てみれば、腕と足を大きく開き、すやすやと眠っている。
しかしその向こう、オリビアのベッドは、もぬけの殻だった。
――オリビア……?
……昨日も一緒に過ごしていた彼女は、何か悩みを抱えている。
思い当たる事は多くあるけど、昨日特に変わった様子はなかった。なら、悩みはきっとこの部屋の外からやって来たはず。
そんな見当をつけて、フェリーネはベッドから抜け出し隣の部屋へと歩いて行く。
そして扉を少し開ければ、彼女の足音は急に止まった。
「フェリーネ……、ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」
「いえ、起きる時間なだけですよ」
そう言ってテーブルの前の椅子に、腰掛ける。
そしてその前に、ほっとした表情のオリビアが腰をかけた。
彼女たちはお互い寝ていた姿のままで。
その頃にはフェリーネも、ミリアとお揃いで、城に届いたあの仕立て屋のネグリジェを着ていた。
水色の裾の長い、ピーターパンのウェンディの着ていたようなものを、着るようになっていた。侍女が気を利かせて、ゆっくりとしたスピードで服が増えていく。
こんなにもいっぱい、毎日こんなに……、と言うよりもっと常識的なスピードで届くので――。
「こんなにしていただくわけには……」
「大丈夫ですわ。私どももここへ参りました頃には、先にいらしたお姉様がたに負けぬようにと揃えたものです」
そう、侍女のテスに言われて、普通の女の子と言うものを知る楽し気な話に突入してしまう。
そして女の子だけの、今日の朝の秘密の話は続いていた。
「昨日、カリオスはこの部屋の前を通りましたか?」
話しかけられたオリビアは、フェリーネの顔を見た。
想像であったが、彼女の表情をみると、フェリーネの予想は外れてはいなかったようだ。
「それが……」
伺うような赤い瞳の彼女に、感情が溢れて出てしまったように、オリビアは話し出す。
「廊下を歩くカリオスは、この部屋の前を通る際、立ち止まりました。まわりの気配を伺っていた私はそれをいい機会と思い、扉を開け彼に話しかけのです。フェリーネを思う気持ちがあれば、私の言葉にきっと耳を貸すはずだ。そう思ったから……」
視界の端に、彼女が握りしめていた手に力を込めている様子が見てとれた。
――なんて答えたのですかカリオス!?
思わず、フェリーネは心の中でそう叫んだ。
「しかしそれは間違いだったかもしれない。だが」
彼女は自分の言葉の勢い止まったが、手に力を込めたまま、思わず立ち上がる。
フェリーネは心臓は早く脈をうち、カリオスに問い掛けたい気持ちでいっぱいになってくる。
「私はこの部屋の前に立ち止まったカリオスに、『フェリーネに関係ある事だから聞いて欲しい』そう願った。『わかった。話は聞こう』そう、あの男が言うので、『最近、教会前へ集まり始めた患者について、フェリーネを痛めているようだ』と話したのだ」
「まぁ、心配かけてしまったのですね。そうですね……。彼らについては私も捉え方が難しいと言いますか、慣れてしまっても、心配し過ぎも時間の無駄といいますか……。私は大雑把に言うと治療をする係ですからね。ですが、適切な気持ちの向け方はというのは難しいですね。そこで定まっても駄目でしょうけど」
「あぁ、その言葉を聞き安心した。彼らの治療の順番についてカリオスが考えるべきなのだ。それなのにあの男は私の問い掛けに対し、『結局、それはフェリーネの問題だ』と言い切りました。『私の現在の悩みもそのようなものだと』言うのです。それは考える事の放棄だと思う。最近は患者にさえ、罵られる事さえあるのに」
――私の問題……。割り切る事をせず、考えているのは私の芯を作る行為。だから私の問題と言えるでしょう。
「わかりました」
「わかってくださりますか。フェリーネは抗議すべきです自身をないがしろにしすぎだと」
そう、オリビアが顔色が明るくなり、フェリーネを奮起させるように言うと、フェリーネの赤い瞳は決意を秘めて彼女に向いた。
「はい。任せてください。その前にまず最初に、治療の順番を待つ彼らを考える事は、彼らの辛さを心に刻む事は聖女の心を知る上で大切な事です。ですが、カリオスの言い方には少し問題がある様に考えます。カリオスに言わないと! 一緒に話をしましょうか」
「なぜ、そうなる!?」
今度のオリビアはうろたえている様だ。
「それは……、お互い様だから……であるように思います。でも、最初のカリオスを聞くべきですね。散歩へ参りからその時、居たら聞いてみます」
そう言うと、フェリーネはクローゼットへ向かおうとした。
「それは私の意見を伝えるのか、いや、私の意見は伝えある。問題がない。私と話は聞いて貰えないかもしれないが、フェリーネの言葉から何か感じるものはあるかも……」
テーブルに手をつき彼女は考えを巡らせる。
その時、不意にオリビアはこちらを向いた。
オリビアの苛立ちに、彼女は戸惑う。カリオスの考え方についてもわかる。リーダーシップを取って動かなければならなった彼。
そして騎士として国と主君の為に、協力関係を重んじるオリビア、ふたりの考え方はそれぞれで己の道を行くしかないのかもしれない。
しかしカリオスについては、言い方を一緒に考えるというのは、上からの行為でしょうか? しかしそんな間違いも、時にはしたいとフェリーネは思うのだった。
「そう言えば、カリオス卿は明日にもこのローリエを旅立つと言ってたんだが……」
「えっ、それは駄目ですよ。教会には話はついているかもしれませんが、ミリアにはちゃんとお別れの時間を作らないと! その事についてもちゃんと話して来ます」
そう言うと彼女はクローゼットへ戻ると、チュニックに着替える。
上にはドレスが吊り下げられている。
――あの宿屋のクローゼットへ、今なら入る量なはずですが……、今回の旅で、見違えるほどその衣装の量が増えました。
その事についても話す必要があるだろう……。しかし、カリオスと話す話かしら? 祖父母に話す前に、いろんな意見を聞かなければ。そうも思った。
そしてドレスの管理の仕方も聞く必要があった。これは侍女のテスにだろうが、とても今日の明日なんて帰る準備ができるはずはない。
――でも、出来るのかしら? どうかしら? でも、やらなきゃ! けれど、手紙をで伝えるのもいいかもしれない。ミリアの勉強にもなるはずだわ。
そうチュニックに着替えた彼女は、手に力を込めてそう考えた。
そして出て来たフェリーネに、続けてオリビアは話かける。
「そして町に柵を作った様です。それはどちらかというと侵入者用の柵ですが、念のため抜け道も一部の者のみ知る抜け道も作った様です。それに吊り橋の近くに、馬車が通れる様に橋も作るようですよ。そこに役人を置く事になるそうで、いろいろ変わってきているそうですよ」
「それではこれからは、もっと早く着くようなるのですね」
情報量が多く、頭がパンクしそうになってもいたが、明るい話題に彼女は笑顔になった。
「一年がかりとなるでしょうが、そうなります。王国騎士団の移転と共に、これからは辺境の地を守る国の要としての役割をライストファーが担う事になる。そうすれば貴女はここへ縛られる事になるかもしれない。今一度考えてください。あの地で暮らす意味について……」
オリビアは瞳は怖いくらい真剣で、この数年で私の運命が決まるよう。
――そうかもしれない……。あの地に縛られた、私は何と思うのだろうか?
「そして彼は貴女のお爺様に、貴女が聖女であるかどうかの、審判をするように進言しているようです」
「審判もですか?!」
王族との結婚のチャンスとなる、正式な聖女へと認定される事。
そう言えば気付けば夏の暑さも増し、十八歳の誕生日まで間近に迫っていた。
子どもの頃、教会での式典の際に、背丈の変わらぬ栗色の髪の男の子、その後ろ姿を眺めただけのセルジオス殿下との結婚など、やはり考えられるわけない。
事件の過程で、それが行われる事が思っていたが、それは事件の過程としてだけで、審判という教会の儀式のとしての審判を行うとはフェリーネも思っていなかった。
「いつか行う事です。教会の定める聖女になれば、国は貴女をほっておいてくれません。国に祭典に顔を出し、この王の行う執政は今生の女神のお墨付きを得たという箔をつける為です。名目上は貴女は王と、教会の導き主様と、同じ立場を持たされるのです」
「そんな地位は私には、身分不相応ですよ」
そう言って、彼女は廊下へ続く扉へ手をかけた。
「ですから、国は貴女を王妃に向かえ、その権力を削ぐのです。それが王と近い権力を持つ恐れのあるカリオスとの結婚の足枷に成り得るのです。ですが、それを誰も口にしないでしょうが……」
そう言うオリビアを、扉の狭い隙間から見ていた。
彼女はこちらを見ずに辛そうにしている。
だから、フェリーネも「行ってきます」と言っただけだった。
「あぁ、気をつけて」
オリビアは、痛々し気にこちらを見た。
フェリーネのために言った言葉、それは彼女は傷ついている。
高潔な人だ。そう思いながら、彼女は廊下を歩きカリオスのもとに向かって行く。
窓の下には、ガゼボが静かに建っている。
続く




