60:アークエル、王に挑む
ロスト・ミューの街、夏の盛りを迎えようとした街で、酒場では井戸水で冷やしたエールを吞み、噂話に花を咲かす。
「あぁー今も一日よく働いた。こんな日に冷やしたエール、そしてハチミツ酒だな」
「それはある。こんなに旨い物はこの世に他にあるだろうか? それはない! 酒が一番、つまみはやはりおまけだな」
そうこれから酒飲もうという常連らしい二人に、酒場の親父が声をかける。
「それはそうかもしれませんが、穫れたて鹿肉もありますぜ、旦那。聖女様が不在の今、日々の健康のためにちゃんと食事もとりませんと、ロースト、ビーフシチューなどいろいろ取り揃えておりますぜ」
「あ、あ、あ、不出来な姉が、たおやかで、お美しい聖女様を連れ去った事件ってやつだな?」
そう、男が女性の様にしなを作り、二人へと見せる。
「いやいや、聖女様は北部の辺境の地で、ラブロマンスの逃避行って噂よ。北部から来たて客が言ってたから、間違いねー」
――パン! と、手拍子の音が響く。
「わかった! 辺境の英雄、聖剣、亡き王の忘れがたみか!? それはありうる!」
「俺ほどではないが、いい男なようだし。そして噂がもう一つ。居なくなった聖女は、イクリオン家出の、母親に監禁されている噂まである」
連れの男が声を潜めて話す。相手はイクリオン家だ。恨まれて職を失う羽目になるの、避けたいのだろう。
「あぁ……、俺もそれは聞いた事がある。監禁してるから、連れ出したのかわからないが……」
男も小声で同意すると、自身の体を抱きかかえ、ぶるっと震える素振りをした。
「御客さんたち、うちでそんな物騒な話はやめてくださいよ。うちの酒場を潰すつもりですか?」
そう、苦虫を嚙み潰したような顔と、声で、酒場の親子はふたりに忠告をするが、ふたりは新しく来たつまみに夢中の様で、やはり顔をしかめてカウンターへと戻ってくる。
彼はカウンターへ戻ってくると、カウンターの黒いローブの男に猫なで声をかけた。手をすり揉みしながら……。
「へへっ、神父様、お酒の席ですので、羽目を外す事ことも仕方ない事でございますよ」
「えぇ、わかっております。女神も憩い一時の愚痴には、少しくらいなら目を瞑ってくださるでしょう」
ヴァーゴは料金を出しながら、そう返事をした。
「ああ、カシオペア様はなんと心がお広いのでしょう」
「では」
そう言って大量の荷物を持って、彼は酒場を後にする。
旅の前に、食べ慣れたものを食べておこう。そう思った事がどうやら間違いだったらしい。
――司祭カプリコーンの言う通りなら、私は聖女を監禁したと言われている母親と対面する事になるのか……。
自然と大きなため息が、ヴァーゴの口からもれて来る。
その時、リン、ゴン、カーコンと、セオラ大通り教会の鐘音が聞こえる。
彼は、王の城への道を急ぎ行くのであった。
◇◇
同時刻、長い歴史を誇るセオラ・ノーブル、その王の住まう城では、宰相が客の文句を騎士から聞いていた。
この国の政治の中枢である、謁見間に入る前に――。
「……アークエル様が、『一亥程、待合室で待っているのに、いつまで待たせるのか? いいから宰相様と話させて欲しい』と先程から何度もこちらへ言っておいでなのでが……」
宰相である彼は騎士を見た。
「セリファス家の当主代理アークエルが王に謁見を願い出ております。いかがいたしましょう」
騎士から宰相へと、『そう報告が上がったのは、一亥ほど前だったか? 帰ればいいものを煩わしい』。
そう宰相は思っていたが、顔には出すことはなかった。
「では、お呼びしろ、待たせてしまったこと、宰相が申し訳なく思っている事も伝えてくれ」
「ハッ!」
近衛騎士の彼は、イクリオン家の者への、私の嫌悪感を気付かぬように、そう返事をすると足早にその場を去った。
まぁ、あれだけ『待たせておけ』と言っていたんだ。気付いているだろうが、まぁ……、ちゃんとそれらしくは伝えてくれるだろう。
謁見を求めて来たのは、アークエル。
多くの聖女を輩出してきたサリファス夫人であり、公爵の娘という地位を得ている。
追い返す事にできない相手であったが、同じイクリオン家のあのサラテートの様に立ち回りも上手くなく、火薬庫で火遊びをするような女の願いを聞き届ける事でしかないとは……。腸が煮えくりかえる思いだった。
しかも人質は聖女である。一人の所在の検討がついていたが、アークエルの娘かどうかまでは未定だった。
そこに企みがあろうとも、こちらから取り組まねばならない人物の捜索である。
彼は謁見室の扉を、騎士に開けて貰い部屋へと入った。
勿体ぶるようにレッドカーペットの離れた場所を歩き、そして王の隣の位置へ着く。
「アークエルが参ります。王よ、いかがなさいますか?」
アークエルの事前情報、民の噂、教会側の対応までそれらを、向こうの申し出から、今まで長らく話あってきた。
そして災いは、美しい顔をしてやって来ている。
宰相は、とりあえず王にお伺いを立ててみることにした。
「会う。ここへ通せ」
多くの指輪を付けた王の手が、扉の開閉を預かる、騎士へ向かって出される。
「ハッ! 仰せのままに」
一礼をし、騎士は扉を開けるがまだ、来ていないようだ。
近い場所に待たせたが、もったいぶって来ないのか? 二人目の騎士がその場を後にした。
「セリファス家におきましては、先月末に聖女が二人とも行方不明になっております。公式に調べた結果は、原因不明、行く先不明の状態でしたが当主代理の名で……」
宰相は、言い難そうに言葉に詰まった。
王を待たせれば首が飛ぶ、だか、飛ばせない首もあり、故にこちらが気をつかう。
「いい、それ以上言うな。聖女に関してはセオラ中央教会に一任している」
「ですが……」
「ですがか……。アークエルは申し出る場所を間違えているか、門前払いをくったか。それとも聖女と王家の婚姻の約束を頼りにここへ来たか……。どっちみちあほうの血はいらんのだがな……」
「しかし、ほっておけない事態です。聖女という存在は世界に関わる問題です。一人の天才の命を生かせれば、何百人と命を活かせすこともできるでしょう……」
そう言って詰め寄る宰相を、王は煙でも払う手つきで追い払う。
「あんな小さな子どもが、先代聖女の棺の前で、精も根も尽き果てたという顔で立ってただけの娘にそこまで背負わせるとは、酷い話だ」
「お優しい振りはおやめください」
「わかった、わかった。私は素直に話しを聞こう」
「セリファス家の当主代理、アークエルご来場です!」
白い簡易的なドレス姿のアークエルは、頭を下げつつで静々と王の前へと進みでる。
――死装束か? 不気味な女だ。それとも聖女の威光を借りているつもりか?
玉座に座り、バルセオ王は頬杖をつきながらアークエルを見ていた。
「申し上げます」
「なんだ。イクリオン家の末娘じゃないか? 今日は一体何ようだ?」
「今日は、セリファス家の当主代理のアークエルとして参りました。私の娘、セイラが、あの子の実の姉に連れ去られたのです……。前聖女様の取り決めから、やっと解き放たれ、やっと家族らしい暮らしが出来て来たと、そう思っておりましたのに……」
そう言うと、彼女は片手で顔をおおい、大粒の涙が溢れてしまったように、次から次へと落としていく。
「申し訳ございません。みっともない真似を、ウッ……うぅ……」
「これ、アークエル」
宰相は涙の後に話の進まぬ、彼女を咎めるが、王は「良い、良い」そう声をかけていた。
ハンチーフを片手に握り、涙を拭っているアークエルは王の前に、潮時とばかりに顔を上げた。
「もうお聞き及びと存じますが、この国の北部に、聖女が現れたという噂を耳にしました」
「あぁ……その噂は知っている。その顛末が、その娘の容姿がローリエ特有の赤い目であり、それでセイラとでないと言われている所までな」
「なんて事なの……。その面相は、あの子の腹違いの姉フェリーネに間違いありません。北部にあるローリエはあの子の実の母親の故郷。思い違いであればいいと思っていたのに……」
――だから、のこのことやって来たのだろう? やはり面の皮の厚い女だ。
そう宰相は考えた。簡単な連想ゲームだ。
王もそう腹の中では思っているだろうと確信していた。しかし尻尾が掴めなければ、潔白の人物として、こちら側は聞く耳を持たなければならない。
「……ですが、ほぼ使う事の出来なかった聖女の力を、急に使えるようになったなんて……馬鹿げた事があるはずないのですから、可愛そうな私の娘セイラが必ず近くにいるはずなのです」
もっともらしく、そう進言するのだから、ふたりはローリエにいるのだろう。
「どうぞ、どうぞ。フェリーネをお捕まえください。今すぐあの子の顔を見なければ……」
そう聖女の母親は、目から黒い筋と共に涙をながす。
「聖女の家系、セリファス家の一員であるアークエル様の言葉です。むげに出来ません。どうなさいますか我が王よ……」
そう、宰相は呼び掛ける。そこにヒントがあるなら行くべきだろうと思ったからだ。
王はいやなもの見た。って顔をするが、一つ大きくうなずいた。
「いい機会だ。セルジオスを呼べ」
「まさか、殿下を北部に出されるのですか?」
「甥の村も少し形になっただろう。辺境の地というもの見るいい機会だ」
話しを黙って聞いていた女は、口角があがってしょうがない。
「アークエルその話は、私が預かる事にした。今日は一旦帰られて、枕を高くして眠られるがいい」
「ありがとうございます……」
そう言うと彼女は足早に、その場を立ち去っていくだった。
◇◇
暫くすると、廊下を歩く鎧のカツカツカツ靴音。
コンコンとノックの音が鳴り、栗色の髪の青年が扉に手を掛け顔を出す。
「父上、お呼びですか?」
「ああ、呼んだ。聖女がふたりとも行方不明になっている件について、知っているか?」
「知ってますよ。どちらかが、俺の花嫁になるのでしょう? 王都では妹であるセイラの安否について心配されているようですが」
「聖女はカリオスが連れ去ったで確定だ。街から出た記憶が残っている」
「あのカリオスが? 嘘でしょう? 北部の為ならくれてやればいいでしょう? 今のセリファス家はきな臭い、どうするのか見ものです」
「では、お前が直接見て来るといいだろう」
「本気ですか!?」
セルジオス王子は青い瞳を瞬かせる。
前回の魔物討伐の際も、危険だと城に留め置かれたのに、今回は行け行けとこの父は言うのか、と言いたげな表情に見える。
「ああ……、本気だとも、アレは元王妃であるサラテートを憎いんでいる。そして妹の方がイクリオン家の血筋の者だ。姉か、妹か、どっちをさらったとしても面倒な事だ」
「父上はその面倒を俺に押し付けるのですね。仕方ない行きましょう。そして聖女の嫁を連れてきますよ! まぁ、両方好みでなければすみません」
それだけ言って、舞台役者の不敵な笑みだけ残して扉から彼は立ち去った。
「うーん、どう思うか? 宰相」
「王よ。カリオス様が、関わっていると初めて聞きました……」
「言っておらんからな。あやつはあれでも、兄の忘れ形見だ。イクリオン家という権力のサラテートとは戦わせず、部外へ追い出すしかあるまい。セルジオスに出来るだろうか? この火種の燻りを晴らす事が……」
王座の間、まだ明かりは灯らず少々の闇が、当たりに彷徨う。
その中で、そう王座も彼は一人呟く。
◇◇
王都ロスト・ミューの街を六つの人馬の影が遠のいた時、その蹄の音を聞くように、アロッサの門を眺めていた男がセリファス家の扉を叩いた。
彼は、吟遊詩人の様な風貌をしている男だった。
続く




