56:ローリエ城 会議
昼間の喧騒は嘘の様に鳴りを潜めて、暗闇の中、浮かび上がる窓から煌々とした光が漏れていた。
修道院なら、就寝時間になっているだろうこの時間。
しかし彼らはやっと夕食を終えて、一息ついたところだった。
「呆れる。何故、自分の通行手形を使うのだ?」
そうこの城の当主であるフェリーネの祖父が、コーヒースプーンを持ちカリオスを指し示し問い詰めた。テーブルクロスに一つ、二つと小さなシミができる。
どうやら彼の妻と、ミリアの前では言いたいこともこらえていたようだ。
それに対してカリオスは気にもないように、硝子のコップを手に取り、ゴクッと音をたてる様に水を飲んでいる。
「まぁまぁ、落ち着いてください、ダリム様。カリオスもあらぬ疑いをかけられ、罪が増えなかったのですから、よかったじゃないですか」
「それでも孫に関係している事ならば、いくら注意をしても足りることがないと思うのが、祖父なのだ」
「ですが、助けていただいた上に、偽造を求める様なこと……」
フェリーネは、祖父の表情を見て、そこで言葉を止めた。
そうするべきではないだろうが……。
「そうしなければ、王都から出られなかった。落とし子という立場も悪いものではなかったようだ」
エメラルド色の瞳が、フェリーネを見ていた。
そして彼女も。彼があの教会から出るために、聖女の順番に上がるまでには、身分を偽ってはいるはずだ。そう思っている。
しかし街を出る際はそうしなかったなら、理由が彼にはあったのだろう。
言い訳を多く語らず、お落ち着いて声をだすカリオスに同調するように祖父は言った。
「そうか、カリオスお前も一緒なのだな、フェリーネと」
「俺となんか一緒してやるな」
「辺境の英雄、剣聖と一緒であるなんて、フェリーネは勇ましい」
この場にいる祖父は、カリオスは手を尽くしここまで行き着いた事、カリオスのその立場のもどかしさを、理解し合ったようだ。
マーク団長は、会話を流れるべき場所へ、うながしているように思う。
「では、今の話をしようか。この場に、ハークエル侯爵は居ないのですが、わかる事は限られ、どうせ付け焼き刃程度の会議になりますから、この場に居る私たちで話をしますか」
「私がシオン様の代わりを致しましょう」
やはりマーク団長の進行に、そう勇ましく、オリビアは右手を、自分の胸をトンと音をたてて主張している。
「それは勇ましい。さすがにシオン卿の騎士だな」
「はい、お任せください」
「では、何を望み。何を成せるかローリエ卿からおねがいします」
頼れる二人に、安心したのだろう。機嫌よく、オリビアを褒めていた祖父に再び話の順番が回ってきた。
「提示できるものは金と居場所だな」
「いいですね。今の我々では、そこは悩みどころですからね」
「だが、社交界の動きに対しても、力の見せ所と思うが、そこら辺は王都に住む息子夫婦に任せてしまっている。すまんが期待せんでくれ」
「要望としては、マーク殿に是非頼む事がある。この子の潔白を全ての者にわかりやすく、示して欲しい。王都に直接のつながりがあるのは、貴公だけだ。そして……この子の事を是非頼む」
フェリーネは祖父の言葉を聞き、遠慮はあった。
しかしそれは今さらのことで、頭を深く、マークへと下げただけだった。
「それではその返事を兼ねて、私から、ローリエ卿の要望の返事としては、王都側には信頼のおける相手には、話は通してあります。
それが精一杯。
内通者と思われるよりは、第三者……、フェリーネ様いいお友達でいようと思います。
そして私の立場ではセイラ様を探すのは難しいので、捜索を取り付けた。ということで、あなた方のまわりを嗅ぎ回る者たちを送る事はできます。
構いませんね?」
祖父は、マークを見て目を見張る。
「俺は受け入れよう。できれば訓練等に詳しい者を寄越してくれるといいだがな」
「たぶん、王都から派遣されると思いますよ。領地を自由に歩くでしょうけど……それほど、発展してないのらなら、それが普通か……。なんにせよ、領主なら王室につてができるといいですね」
「ああ、期待してる」
「また、そんなこと言うんだから……」
そんな風に仲良さそうで、視線を二人は集めていた。
「探す際には、持っている土地なのどについて、資料をだしていただきますが、皆さんが思うほどにはこの行為には価値はなく、無駄な労力となりますよよ。
近場から出てこられれ、『監禁されておりました』『連れ回されておりました』と言われたらね――。
どっちを信じるかって、話になりますよ。
言い訳考えておくのが得策でしょうね」
「だが、ローリエの街周辺に人間を囲っておくのも限度があるだろう? そんな偽造していったいどうなる?」
そうカリオスが疑問を口にする。
「さぁ、わかりません。こっちは後追いなので、相手の思考を考えるだけむだです。では、フェリーネは何かありますか?」
彼女は目の前にいるカリオスを見た。
これから真実を言う。それはやはり、彼女の心をざわめかせた。
「私はミリアとふたりで暮らしたいと思ってました。その為なら頑張れます。聖女の仕事も苦ではありませんし」
「やはり、カリオスとのことについては、願い出ても、王だけの胸におさめて貰う方に動いた方がいいのではないか?」
祖父が、今度は直接マークに質問する。
「セリファス夫人がフェリーネが犯人と名指ししている以上、無実を証明する者としての線を残さねば、そちらで足元をすくわれるかもしれません。最初に断言すれば敗けの泥仕合でもありますし……」
「そうなのか……」
「いえ、これは私の予想なだけで、なんとも」
そうあっけらかんと言うので、祖父はうなだれ、カリオスとフェリーネは真面目な顔で聞くしかしようがない。
「では、次、弓兵の君はこちら側の弱点はなんだと思う?」
マーク団長は、マルティーを指名した。
しかし弱点は多すぎではないだろうか?
「もし、フェリーネ様の妹さんが、魔物にでも食べられてしまった場合どうなるのですか? うちの町周辺に、潜む魔物、山賊が新たに現れないって保障はありませんよ? 後、俺は騎士団の兵舎について聞く時間をください」
「それなら、そもそも犯人フェリーネと言い出した根拠を知るために、彼女の母親が第一容疑者となるから、そっちが片付くまで放置でいい。兵舎については、わかることがあれば、こちらからも連絡係を出そう。……村勤務の経験者が居たら、そっちを優先に」
「では、オリビア殿はどうだろうか?」
「まず、これは言わせて欲しい。シオン様はここへ来る事はできないが、必ずフェリーネの役に立つと約束させて欲しい」
「山賊から助けられただけで十分助けられています。いつか是非、聖女として仕事をハークエルの地でさせてください」
「是非!願ってもない事です」
そう彼女はにこりと笑う。そんな彼女は女性の騎士としても、女性としても華がある。シオンが傍に置くのもうなずける。
「では、私から皆さんを取り巻くことの現状について確認したいのだが。まず、フェリーネ様の聖女の立場の成り代わりについて、教会へ訴えた事はあるのですか? 道行く騎士や、教会関係者、誰かいませんか?」
「それは……ないです。私がセイラを助ける形になったのは、それについて『それでいい』と言ったからです」
フェリーネはうつむき、ここの城であつらえてもらった衣装のスカートをくしゃっと掴む。その声からは諦めと後悔が入り混じっているようだった。
「何という事だ……、あやつらいったいお前に何をしたのだ」
祖父の怒りのとも、悲しみとも、そして……後悔のともとれる声が響く。
「それは……」
「大丈夫、御辛い事でしょうから、この場では言う必要はありません。ですが……、この場にいる誰もが、貴方に言葉に傾ける耳を持っています。いつでも、話したくなったなら、伝えた方がいいでしょう……」
マーク団長の静かな声が響く。
それに「はい……」と静かに答えるフェリーネだった。
「それでは私が見解から。
フェリーネ様の話しからはわかりませんが、セオラ女神教団に訴えかけ、イクリオン家を断罪することは難しいかもしれません。
まずセオラ中央教会とセリファス家。この二つはセオラ女神教団から独立し、別の箱に入れられた組織です。
世界を救ったカシオペアという女性。人間、ネ申、カシオペアの再来。
その子孫である聖女が、生まれる可能性は高くないそうです。
なぜか、聖女の家系に女児が生まれる可能性が少く。男で家系がつながります。
家系も増えれば、聖女でないものに、国の資金は使えません。
ですので、教会と切り離され、親族の縁も薄いようで、聖女の生まれた家系が新たなセリファス家となるのです。
そしてセオラ中央教会で、国の定める教会の監察の中、暮し、国からの資金を使える事になっているのです。
だから、どこの教会が彼らを断罪するかってなると、難しい話になってしまうでしょう」
マーク団長の言葉に、驚きの声を上げるものは居なかった。と、言うべきか、歴史の授業を聞いたに近い感想しか、フェリーネ自身も新たに心にわく事は無く。やはりという思いだけ、心から溢れる。
――やはり民衆に広く疑問を植え付け、訴えかけないと……一体どうやって……。
「後、付け加えると、今回、フェリーネと、彼女の妹が関わっているので、未来の妃候が関わる事として、そっち方面の監察も期待しましょう」
「では、セイラが見つからず、フェリーネの結婚相手が現れると、うやむやになるのか?」
そう、カリオスが隣に座るマーク団長に問いかける。
マーク団長がカリオスの顔を、やや、きょとんとした顔で見返した。
「貴方が、そこを気にすると思いませんでした。それでも審査は入るでしょうね。結婚とは関わりなくとも大スキャンダルはごめんでしょうし」
「なんで、そんなにお詳しいのですか?」
マルティーが、ふとした疑問を言うように口を開く。
「騎士団長だからだよ、キミ。セリファス家で何かあれば、内密に処理しなければ、だから今回のように顔が広い人物にベラベラしゃべられるのが一番困る。それとカリオス今のところは教本に書いてある。やはり、目を通して欲しい」
「ああ……、わかった」
これで一周まわったようだ。今回のマーク団長がいるのでだいぶ理解度が上がったようだが、ただそれだけ。こちらはどう、イクリオン家が出て来るか待つのと、聖女としての活動をしつつ、力をあげる事くらいしかできないを。
「後、一ついいか?」
「構わない。どうぞ」
「俺はフェリーネが許すなら、君に結婚を申し込もうと思う。
俺はそのまま結婚して構わないが、婚約破棄の理由を俺のどんな理由にしても構わない。
理由は俺の立場が不明瞭だからだ。
血のつながらない他人、そして俺とサラテートの不仲は有名だ。
だが、妻を守るために強く出るなら大きく印象は変わるだろう」
ここで、彼は思い詰めたように、言葉の速度を落とす。
「この一件は民衆に面白可笑しく話されるだろう。
その中で、フェリーネの立場が、辺境に追いやられた落とし子に、言いくるめられた女性という立場にしたくない。
俺はフェリーネを連れ出すと決めた時から、保護者の立場であろうと決めている」
それを聞きフェリーネは、しばらく目を見開きカリオスを見ていた。
「どうして……貴方は……」
そう一番怒っているのは、オリビエだった。
男性陣はこうなると、予想できてたようで……。
でも、終わり間際の夜深くになぜ、その爆弾を投下するのかって様子だった。
続く




