55:風の声
ローリエの中庭で、バイオリンの最初の音色が、ザン! という感じに奏でられ、始まりを告げている。
その音を聞きながら、マーク団長とフェリーネは腕を組み、カリオスのもとへと進んでいる。
――なぜ、カリオスのもとへ向かっているの? 挨拶が終わり、辺境騎士団のことについて、これからカリオスと話すつもりなの?
フェリーネはそう考えもしたが、そんなまやかしのような考えは、すぐ彼女の考えるべき事にすり替わる。
祖父の計画では、逃げ戻って来た孫娘、そして娘の受けた苦渋の数々を王に訴え、イクリオン家に一矢報いる。
そんな予定であったはずだったはず。
そこにサラテートの脅威や、落とし子という立場を考え、カリオスと孫娘は関わった記録を残さない。
そんな予定であったのに……。
祖父が伝えていた? マーク団長はすでに知っていた? そしてへも王はすでに伝わっている?
そこに問題など無かったが、未知数な要素が増えたこが、フェリーネにとって気にかかりだった。
セイラ、継母、サラテート様、そしてまた、増えることになるの?
「知り合いからの情報ですが、カリオスのことはすでに王室には伝わっていますよ。秘密の計画に、偽造の身分証明書を使わなかった事はどうかと思いますが、今回はいい印象を残したようではありますが」
彼女の耳に口を寄せ、彼はそう囁いた。
「それらについては今宵話しましょう。そう関係者の皆さんにお伝えください」
そう彼女を押し出し、解放した。
「わかりました。では、また夜に……」
そう言うと彼は、彼女の腕を掴む。
フェリーネは驚き、振り向いた。心臓が跳ねて、握るこぶしをその上に乗せる。
「挨拶まわりがまだありますよ」
申し訳なさと、少しの笑いが混ざった顔で彼は言う。
「あぁ……、それは……助かります」
「ははは、あぁ、頑張って」
そう彼は言うのだ。楽し気に、そういうところが憎めなくあるのでしょうね。
そしてフェリーネは、カリオスの前に立った。
「どうした?」
「挨拶まわりがあるそうですよ。まだ……」
「あぁー……」
彼はそう言えばそうだな。っていうように、顔を小さく上下させている。
それを見てフェリーネは口を引き締め、すこしだけ頬がぷくっと膨れる。そして手を差し出す。
「新しい辺境の町の守護者であり、王国北部辺境騎士団の新副団長カリオス様、どうぞ踊ってくださいませんか? ……長いですね」
「すまない。ダンスは踊らない事にしている」
アイスティーのコップを持ち、カリオスはややぶっちょうずらだった。
「大丈夫、私は噛みつきはしません。マーク団長からの伝言があるのです。皆さんに伝えて貰わないと、私には挨拶まわりがありますので……」
そう言ったフェリーネはしょぼくれた顔をしていた。
「飼っていた犬に似ているな」
「では、今が、散歩の時です、いきましょう。そうしないと、やはり噛むかもしれませんし、挨拶まわりが終わりません。……それともやはり一緒に行きますか?」
「はぁー……」
大きなため息、だいぶ、音楽は進んでしまっただろうが、それくらいがカリオスには丁度いい。
やってきたウェイターにコップを預け、彼女と共にダンスの輪の中へ。
そして観念したように彼女の手をとった。
彼の手はいつもの様に、遠慮のないつなぎ方で、次にふたりは踏み出す。
「「えぇ――……」」
辺りに女性の、落胆の声が漏れる。
彼女はその声に、驚き彼を見る。
彼の口の端があがり、『観念しろよ』と、言っている様に思えた。
フェリーネはうなずく。
自身は聖女である。そう胸に刻みつけて、背を伸ばし、まっすぐ前を見て彼女は歩く。
英雄に負けない、聖女であるように。
◇◇◇
「祖父はいいのか?」
空いた場所へ来ると、そう言ったカリオスは、フェリーネの顔を覗き込んだ。そこが重要なことであるというように。
「王室にまで、私をカリオス様が迎えに来たことが知られてますよ。やはり、身分証明書でばれちゃったみたい」
そう言って彼の腕に触れる。
先生に教えて貰ったダンスのフォーム、やはりカリオスの方が先生より腕も身長も大きいようだ。
――剣術が上手くなるために必要な事なのかしら?
「そうだろうな」
「ねぇー」
ふたりは向かい合い、そしてふたたび会場の人々の注目を一身に浴びていた。
黒い制服のカリオス、白い聖女のフェリーネ注目度では、今の方が高いかもしれない。
「それでなんですが……」
「痛っ」
――へっ?
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。すまない」
カリオスは珍しく焦っている。
そしてぶつかりそうにもなる。
しばらくフェリーネは彼を見つめた。
「カリオス卿、あそこで踊りたいです」
お年を召されたおふたりが、楽しそうに踊っている場所をフェリーネは指さしながら、カリオスを連れて行く。
「横揺れだけにしましょうか」
「……わかった」
彼にしては、自信なさげにそう言った。
もしかしてカリオスは、ワルツ苦手なのかもしれない。
「これでちゃんと、話せるようになりました……。先程の話ですが、夜、マーク団長は私たちの計画について話す時間を取ってくださるそうです」
黒の騎士団の制服を、着こなすカリオス……。
そこに彼女は注目した。
「カリオスが相談しなければならないのは、マーク騎士団長かもしれません」
「どういう事だ?」
「騎士団の前線基地がライストファーに移れば、兵舎が建つでしょう。土地を広く使うでしょうから、場所は離れた場所になるでしょうが、その場所で騎士たちも、たまにはレストランへ行きたくなりませんか? そういうところから町の繁栄の足掛かりならないかと……」
そこまで言うと、急に、弱気になる。
教会からあまり出た事のないフェリーネの言葉は、どれも根拠のない事ばかりだった。けれど、少しでもカリオスの役に立ちたかった。
「それについては聞いてもいいが、俺にはやるべき事が終わった後でだがな」
「けれど、地盤を固める事はカリオスの領地には必要です」
「ああ、そうだな。それについては、マルティーに任せるのがいいだろう。俺よりは商才にたけているだろうしな」
ふたたび拍手が鳴った。先程、マーク団長と踊った時と同じくらい。別の事に対する期待度だろうか?
「あ、終わったのか……」
「そうですよ。ありがとうございました」
フェリーネはゆっくり手を離すと、先生に教わった礼をした。
「たまに、踊るのもいいものだな」
そう一戦交えた後のように、肩に手をやりカリオスが言う。
「なら、教えてあげますよ。王都仕込みです。有名な先生教わったダンスを是非、伝授させてください。その為に、暇な時は必ず訪ねてくださいね!」
そう、フェリーネは言いきった。
それはもう、カリオスは「ああ……」って言うしかないほど、彼女は真剣だった。
その修行の月日、アヒルと呼ばれた数だけ、彼女は強くなったのだ。
しかし、いまんとこダンスに関わる事のみに。
そして彼らを見ていた。
マーク団長のもとまで来ると、彼は「カリオスにも苦手なものがあるとは」というので――。
「彼には私が教えます。これで、先生に恩返しできる。そう思えてなりません」
「それは羨ましいですね」
「マーク団長は今で十分ですよ。それに……過労死してしまえば、私には治せませんので、駄目です」
「聖女様、不吉な事言わないでください。私は女神であるほうの地域で生まれたのだから」
マークはそう軽口を言うと、フェリーネはびくっとなって彼の事を見る。そして右手を左肩のすぐ下へとやり。
そして少し、お辞儀に近いポーズで――。
「大丈夫、マーク団長は何でもそつなくこなせる様に思います。きっと長生きなさるでしょう」
そう言うと彼女は笑顔で、人をかき分け貴族だろう方の方へ進んでいく。
「私は戦場で見つけた小さな愛を手に入れたいのですが、それは出来るでしょうか? フェリーネ……」
そう残された彼はそう言ったが、音楽で掻き消え風となって消えたのだった。
続く




