53:マーク団長の手腕
ローリエの城の中庭、マーク団長には結婚したいと言われるし、カリオスにはそれを聞かれてしまうしで、いっぱい、いっぱいになったフェリーネは、帽子のつばを持ち顔を隠した。
聞いていた、聖女になれば引く手あまたで、王子との結婚もあり得る。
そんな眉唾としか思えなかった、聖女にありがちと聞いていた出来事も、聖女と名のってからの世界の変わる速度をこうやって、感じてしまうと現実味を帯びる。
――聖女って凄い、けれど私は凄くない。
一人歩き始める聖女の称号の前に、彼女はその顔を隠し、言葉がでない。
「すまん、大事か? そんなに驚くとは思ってなかった」
そして何故か、フェリーネの隣りにカリオスが座り、隠している顔を覗きこむ。
「カリオス、無理やり入ると、紅茶がこぼれるぞ」
親切心からか、マーク団長は近くの棚に紅茶を移し、テーブルを移動させる。
――だからなぜ?
こんな時に、そこまで気をつかえるのかわからなかった。
――聞かれたのですよ? カリオスに。
「大事ですか? 落ち着くために一旦、紅茶を飲みましょうか」
そしてふたたび、紅茶はマークによって、彼女の前に置かれたようだ。
ゆっくりと、彼女は帽子から手を離した。
右に私を凝視する黒い制服姿のカリオスが、置かれた紅茶を取って、私に持たせた。赤ちゃんでも見守るような緑の瞳……。
帽子を持って顔を隠したのだから、ちょと赤ちゃんだったかもしれませんが……。
「大丈夫ですか? 大変驚いたかもしれませんが、もう驚く事はありませんよ」
マークは口の端が、笑いが込み上げると言うようにあがっている。
そうマーク団長はこんな方でした。大人の余裕ってものを、さりげなく滲ませるのです。
――しかし問題はカリオスです。何故です? 予定では、マークの様子を見て踏み込むはずが……。
「すみません。言われる通り、少々驚きました。」
カリオスを一瞥し、紅茶を飲み、息を静かにはく。
「どういう事?」
「シッ!」
思いがけない声に、体がビクッと勝手に動く。
声のした方向を見れば、薔薇の蔦の合間から、木の下の日陰に立っている三人組の女性を見る事ができた。
皆、若く美しい令嬢たちで、なにやら話しをしているようだ。
先程は、居なかった事を考えると、カリオスを追って来たのだろうか?
――でも、それなら……。
カリオスをフェリーネは見た。
「怒っているのか?」
――違うーー!
「カリオス様、彼女たちをご存じですか?」
「あぁ……入り口からどうやら彼女たちにつけられている。サラテートのスパイというわけではないと思うが、一応、フェリーネに変わった様子がないか、確認しに来た」
それを聞いて、フェリーネもマークを見る。付けられれば気付くはずだ。
「変わった様子はありませんよ。彼女たちはこの地の商売人の娘さんたちです。彼女たちをスパイにしようとするのは、むしろローリエ卿の奥方でしょう。噂話もちゃんとした情報源ですからね」
「ではなぜ?」
「鏡を見て考えればすぐわかりますよ。姿見ならもっといい」
そう言われるとカリオスはなおのこと、解せない。そんな顔をする。彼は最近まで、毒により体を蝕まれていた。
そんな危険は知らずとも、社交界の女帝に睨まれてい噂くらい、辺境でも聞くだろう? と思っているのかもしれない。
そんな顔になるのはフェリーネもまぁーわかった。
けれど、それを乗り越えなくては、彼の求める結びつきは得られる事はないだろう。
そう考えると、無性にこの場所と彼女たち、そしてカリオスの視線から、彼女は心にわだかまりが積もるほどに、逃げたくなってくるのだった。
「どうしますか?」
「場所を変えるか?」
驚く事に、カリオスがそう返事をした。
「えっ、カリオス卿はついて来るおつもりで?」
「団長殿に、詳しい話を聞くため来た。貴公は、普段は掴まらないだろう?」
「いつまで、その話をする気がするんですか?」
団長は顎をさわるが、手を離しそれ見た。
――今は、スベスベですものね。
彼女は口を閉ざし、様子を見ていたが、思ったより仲がいいのかもしれない。
「私としては、彼女のための、お茶会を楽しんでいただきたいのですが……。それに伯爵に、パートナーとして彼女を紹介して歩く事を、頼まれているのです」
「いいのですか?」
フェリーネは誘拐犯の容疑者、マーク団長はそれを捕まえる側で、一緒に歩けば、まずいことになってしまわないだろうか?
そこはやはり、フェリーネにとっては気にかかる。
「それなら、構いませんよ。辺境のこの地で、騎士団同士争う事は、王室側も得策と考えていないでしょうから。連絡はしてあり、今回の出来事については副団長とも会議を終えていますので、こちらで行う手筈は踏んでいます」
――その副団長って……。
先程まで、心配していたカリオスは、この件に関しては涼しい顔だった。
「では、その挨拶が終わるまで、俺は不審者が居ないか見てくる」
「それなら、そこで待っている彼女たちをまくか。後日、約束を取り付けて、ついて来ないようにお願いします」
「……まいてくる」
「はい、はい、しかし女性の情報網を甘く見ないようにね」
そうマークが話すのを面白くなさげな顔で聞いたのち、カリオスはまたな、と言うように手が残りひらっと、動かし去っていく。
そして腰ほどの高さの柵をヒラリと飛び越え、行ってしまった。
そしてなぜか、見事カリオスが逃げ切った様子を見ていた、フェリーネたちが女性たちに睨まれる羽目になる。
「こんにちはいい天気ですね」
カリオスに続き、道に出ようとしていた。彼が彼女たちに話しかけた。
「マーク団長でしたのね……」
「はい、そしてこちらが、最近噂の聖女フェリーネ様です」
「まぁ……、聖女様がローリエの民だと言うのは本当だったのですね」
「歴史の再編、素晴らしいですわ……」
「私は王都、周辺の生まれですが、ローリエの民の皆さんの誇らしい気持ちはわかっているつもりです。ですので、これから紹介して歩かねば」
「フェリーネ ローリエです。皆様に会えてこちらこそ誇らしい思いですわ」
そう、彼女は話した。互いの自己紹介が終われば、皆さん淑女となって別れを告げる。
「……マーク団長、なんて人たらしなのですか……」
「フェリーネ様は、今日は頑張られましたね。この調子ですよ! ですが……」
彼は珍しい言いよどむ。しかし、それも話し方のテクニックの様に思えてならない。
「カリオスも領地について、貴族に宣伝して、領地金を落とさせるよう説得してまわるべきなんですが……」
カリオスが去った方を見つめ、マークがぼそっと呟く。
「宣伝って何を?」
「よくある話しでは、魔石とか、水が美味しいのでお酒とかですか?
羊のウール、山羊のチーズ、牛もいいかもしれませんね。
あの場所は山中で狭い。しかしローリエも壁の中に押し込められています。
そして農作物は、魔物の討伐が行き届いた、南の地からと、限られているので割高で……。
あの場所の使い方次第では食糧を得られ、互いが潤い、ふたたび大きな橋もつけられるはずですが」
「そうなんですか……。ライストファーは防衛意外にも、新しい食糧確保のためにも要になるのですね……」
フェリーネはほがらかに、言葉を返すが、頭の中は冷静にマークを見定めていた。
――先見の才……。もしかするとお祖父様は、こちらの想像以上にマーク団長をかっているのかも……。
王都にいる伯父が、いつか戻って来るのなら、土地勘のある右腕が必要なはずなのだから……。
そう頭によぎった。
◇◇
そして二人は歩きだす。人々は楽しげに紅茶を楽しむ様子に、心が踊り、テーブルを彩る様に置かれている、カラフルなデザートや、フルーツに心が引かれ、思わず甘い香りに立ち止まる。
「フェリーネ……」
「はい……」
立ち止まったところを、声をかけられ、たしなめられるのかと身構えた。
「私は貴女にとって、色恋に浮かれる。その……おじさんかもしれませんが、ローリエと仲を取り持つように努力はしているつもりです」
「おじさん……。マーク団長、おいくつなのですか?」
「あー」そう、言葉を伸ばした後、「28です……」そう、肩を落として彼は言った。
「えっ!? もっと、もっとお歳なのだと……、お髭を剃ってお若いと思っていたのですが、そんなにとは……」
「もう、一生髭は伸ばしません」
ショクを受けたらしい、マーク団長はそう宣言した。
そして「貴女にとって、まだお若い部類なのか……」そう顔を触りながら呟いている。
――余計なことを言ってしまったのかしら?
そう思いながら、彼女はマークと腕を組歩いていた。
続く




