50:王国辺境騎士団のトップ
修道院での生活のなかで、フェリーネは患者である貴族の方々に失礼のない様に、一通りの事は覚え込まされていた。
その日、いつもと違う時間帯に、修道着ではない格好でと指定され、癒しの間へと呼び出される。
そして出向いた彼女が扉を開けると、いつも中央に置かれているベッド、そしてまわりテーブル。
それらが端へと追いやられ、広いスペースが作られ、いつもは、ちらっと程度の見える正方形の床板の何枚かが見えていた。
そこにセイラともう一人、手と足がとても長く、スラっとした体形の燕尾服姿の男性が待っていた。
――この状況はなんでしょうか?
「よろしくお願いします」
フェリーネの考えの結論が出る前に、セイラが挨拶をする。
「お待たせしてしまってすみません。フェリーネと言います。よろしくお願いします」
そう挨拶し、盗み見るように、二人を見た。
――これから一体、何が始まるの?
「貴女が、ダンスを踊りたい友だち?」
先生だろうその人は、フェリーネに向かってそう言う。
よく見ると背の高い先生の後ろ、上座の方向に腕組む継母がいて、こちらを睨んでいる。
その表情からは、怒りしか読み取れない。
「はい……凄く習いたくて……無理を言いました」から
――その私は、いったい何を言ったのだろう?
彼女の言葉を受け、先生も気持ちや、これからのどうすべきかか、本人の気持ちを知るのが一番と言うように、私の顔をのぞき込む。
――なんと言われてもきっと「はい」と答えるのが正しいのでしょうね。
そう考え先生の返事を待つ。
「まぁ、いいわ。私はフベナル。時間がない事だし始めましょう」
「はい!」
凄く、ダンスをしたいらしいフェリーネは、元気にそうに答える。
「できたら、長いスカートであれば、足運びの練習になるのでしょうけど。いいわ、そのチュニックで。ベールは私を見るために不要よ。靴は手に入らないだろうから、こっちで用意したわ」
「…………」
フェリーネは目を瞬かせる。男性の前でベールをとったのはいつぶりかしらと。
だが凄くダンスをしたくて仕方ないらしいので、ベールはすぐに取り、靴を履き替えた。
継母の方の事は、もう見る事はなかった。
そして夢中にダンスをしていた。
しかし、運が悪さは続くようで、その練習が終わる事がないのだ。
試験前の付け焼き刃として、その日の内に覚えしまいたい。そう言いたいかの様で、思わず頭をひねる。
そして休憩をとるが、いつもの治療の時間になりましても、その時間が終了する時間になっても、踊りの練習は、終わる事はなく続いたのだった。
その間に継母はいつの間にか消えていて、食事は珍しくセイラと一緒に、軽いものを食べる。
先生はそんな休憩の間は、ダンスの講習を行い、授業続く事になる。
黄昏時をとうに越え、足の指が痛く、何度かのかかと靴擦れを治療と考えた時――。
――私は、何をやっているのかしら?
熱意のこもっていた、先生の瞳の輝きがふと緩む。
「聖女の力は凄いわ。こんなにも練習出来なんて……」
「そうですね……。凄いわ」
そう、ダンスがしたい友だちの立場をフェリーネは貫いた。
「でも、今日はここまでね。さすがに疲れたわ。自主学習を忘れちゃダメよ」
「そうなのですか……、残念です」
そう、フェリーネが言った時、『調子に乗らないでよ!?』と言いたげなセイラに睨まれる。
そしてダンスの先生は、帰って行く。
そしてフェリーネは再び、セイラに睨まれたのだが、彼女も限界だったのだろう。よろよろしながら帰って行った。
そして教会の空き地で、宿題を行い次に備えた。
――ここまでやれば、先生に褒められる事もあるのだろう。
そう、思えるほどは、フェリーネも几帳面に頑張った。
しかし、ワルツのマスターした加減で、採点を決めるようで、決して時々やって来る先生に褒められる事はなかった。
「アヒルの足が出てるわよ!」
「アヒル! アヒル!」
そう『みにくいアヒルの子』のアヒルをなぞらえて、彼は注意をする。
そして来ないと思っていた、最終日は来たようだ。
フェリーネの踊りを一通りみると、彼は静か語りだす。
「アヒル、あんたは頭が石頭だから、誰かの手を借りなきゃ駄目よ。わかんないだろうと思うから言うけど『ちゃんと恋しなさい』相手の事を思って心を込めて踊るのよ! それが駄目ならうちに来なさい。真面目な子はよく働くから歓迎よ!」と、言って去っていった。
そしてフェリーネ、架空のフェリーネが定めた合格ラインまで来たようだ。それで感動する事はなかった。
しかしその踊りは、日にちを定めて、フェリーネだけで練習は続けられていた。
◇◇◇
そしてやっぱりアヒルは、今日、ローリエの中庭でこっそりダンスは練習していた。
アヒルは、やっぱりアヒル。上手く踊れないけれど、ただ、ただ一生懸命踊るのだった。
◇◇
そしてローリエの御庭で、今日がお茶会が開催される日となっていた。
今までにフェリーネのダンスパートナーである、マーク団長から承諾を得ていた。
それから数日待って気を抜いた頃合いに、彼がフェリーネを掴まえに来る事も無かった。
そして今回のフェリーネの衣装は、商売上手の仕立て屋のお針子たちが、フェリーネのサイズ、好みを把握してからローリエの祖父母に商売をかけ、誕生した聖女のため衣装のドレスだった。
フェーリネは着替えると、鏡の中のひざを見ていた。
――膝小僧がでている。
両手でひざを少しさすると、小さくため息をはく。
しかしうすいベールと同じ生地がひざを覆い、そこにも刺繍がされている。
長く見つめていれば、美しさにうっとりとしてしまうのだった。
「これってなんて読むの?」
着替え終わったミリアは、ソファに隣に座り、本を読みフェリーネに声を掛けて来ていた。
「雄鶏よ。月は雄鶏が鳴いた時、空の彼方へ逃げていく」
「ああ、あのうるさい子ねー。でも、なんで、朝一番にあの子は鳴くの?」
首を曲げ、ミリアは聞いてくる。
黄色のエプロンドレスを着ている彼女を、フェリーネ見つめた。
顔の横に編まれた三つ編みが、彼女の動きと共にぴょんぴょん跳ねあがっていく。
「雄鶏って、いつも鳴いていないかしら?」
「そうだったかな? うーん……、ところでまだ?」
「どうかしら」
「そろそろ時間ですよ」
今日はミリアの警護に当たるという、白き騎士となったオリビアがそう答えた。
「では……、カリオス……様も、マルティー様の準備も終わった頃ね」
マルティー、彼はローレルの私兵と組むようだ。
そして不審者が居ないか、その視力を活かして監視するそうだ。
◇◇
彼は最近、カリオスと共に、ローリエの私兵、王国側、両騎士団ともに行動をともにしている。
そして今日の朝はその事についての愚痴を言って、ミリアに慰められていた。
マルティーは、いいお兄さんなのだけど、貴族の末っ子として、末っ子体質が強い。
もしかして時には、ミリアの方がしっかりしている部分も、あるのかもしれない。
「相棒が屈強過ぎて……。彼の役目は僕を監視する事ですよ、きっと! 部外者ですからね」
「では、俺と変わるか?」
「僕にカリオス ライストファー役は重すぎますよ。その属性てんこ盛りが、半分になれば考えるところですかね」
そう言って、カリオスを落胆させていた。
肘を机につき、そこの顔を乗せて、マルティーをただ眺める彼と、その後の自由気ままにしゃべるマルティー。
フェリーネを珍しいものを見てしまっていた様に思うし、オリビアは笑いをこらえきれない様子。そしてミリアは嘆くマルティーの方を慰めていた。
◇◇
その時、コンコンと、三人が寝泊まりする部屋に、ノックの音が響いた。
「王国騎士団、マーク団長がおいでになりました」
「はーい」と言って、鏡の前から扉へと歩きだす。
だが、そこでオリビアで制しされる。
「ミリア行きましょう」
「はい。よろしくお願いします」
持ち手まで、ハートの形の黄色のバック。
レースがふんだんに使われている。そんなバックを持って、ミリアがトコトコとやってくる。
「失礼します……」
ミリアを先に出し、その後オリビアが扉から出た。マーク団長、彼の不審な行動はないか、目に見えて牽制していく。
その後、出て来るフェリーネと、騎士団服に勲章を金属をさせているマーク団長と同じ距離を保ち、離れて様子をみている。
それが終わり、すぐ捕される事はないだろうと安心できた。
「……マーク団長、お久しぶりです。以前はお世話になりました」
そう言い、彼が振り返ると、お髭がない!?
顔の下半分が覆われていたのに!
ブラウンの髪は短く、襟元は刈り込まれている。
「どうされたのですか!? 凄い、綺麗になってしまって……」
「ローリエ卿からのパートナーの手紙が届いた日に、床屋へ行き髭も思いっきりよく剃って貰いました」
「そうなんですか? それのばしていたのですよね? 申し訳ない事をしました……」
「いやいや、忙しかったから剃らなかっただけです」
そう聞くと、いきなりフェリーネは厳しい顔をして、彼の体中を探るように見る。
それも彼のまわりを一周まわって。
「今は健康です。良かった……」
「あの時は、寝る間もありませんでしたからね」
彼は照れる様に頭をかく。
そう少しほりの深い顔に赤みの強いブラウンの瞳で、彼女に笑いかけた。
優しいくまさんという印象から、彫の深い優しい顔だちくまさんという印象に変わっている。
「教会に来てくださらなかったので、心配しておりましたが本当に良かったです」
「相変わらずですね。ですが、そろそろお茶にするのはいい時間でしょう。行きましょうか」
そう言われ、フェリーネはお茶会の事を思い出す。
「あの待ってください! 改めて仲間を紹介してもいいでしょうか?」
「是非、お願いします」
そう言うと後ろを振り返ると、ミリアを先頭に、ふたりが彼の前へと立つ。
「ミリアです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくミリアちゃん。噂は兼がね。お強いとも聞きますよ」
手を膝に、ぺこっと頭を下げる。下げた背中からイエローのリボンの結ばれた、長い猫のしっぽが顔をだす。
――可愛いい。
フェリーネは、ミリアが自分の真似っこしている事に気付き、胸元で手を組み感動していた。
その彼女の表情を見て、マークの表情が緩んだ事に気付いたのはオリビアだけ。
「ハークエル領の騎士、オリビアだ。今は、縁あってフェリーネ様とミリアの護衛をしている」
「シオン卿は、フェリーネ様の事をご存じなのですね」
「あぁ、今回の一件の真実も知っている。フェリーネ様に求婚している立場から考え、舞台が整えば、シオン様自ら王に進言なさるだろう」
――やはり、ここでも立場の争いが……。
「そうですか。貴方がたの立場はわかりました。ですが、本当にこのままでは遅刻してしまいますよ」
「あら、大変ですね。急がなければ……」
「ですね」
そう相槌を打つと、彼女に向かって、手を腰に据えた。
――これは早いのでは?
「信頼を得るためです」
そう言って彼は彼女に笑いかける。
そつのない彼の事だ。フェリーネは計画に乗った。
殿方にされる素敵なエスコート。
しかし、彼女にとっては魔物討伐の際、手を組んだ仲間の将、出陣気分で気分が盛り上がるのも、仕方のないことないことかもしれません。
続く




