5:フェリーネの聖女でなかった日々
現在10:20と15:20で、交互に投稿しております。
継母をやり過ごし、螺旋階段を上がって、フェリーネと修道女は、二階へとたどり着く。
階段近くすぐにある、扉の鍵を解除したところで振り返る。
「さっきありがとうサラ」
安堵と共に心からの感謝を、彼女に伝えた。
「覚えてくだったのですか!?」
「祖母と一緒に、あんなにお世話になったのに、忘れられるはずないわ」
そう言い、あの頃と同じ、温かな彼女の手をとる。
今、ベールで隠れてしまってるが、彼女の温かな瞳を脳裏に思い浮かべる。
「そんな……、私の方こそ、おふたりには色々良くしていただきました。ロトリア様に恩返しの意味でもフェリーネのお力になれるよう、癒しの間の担当になりましたので、これからは、なんでもおしゃってください。」
「サラ……ありがとう。凄く嬉しい。ミリアにこっそり話していいかしら? きっと彼女も喜ぶわ」
「はい! 教会内なら人の目もありませんし、昔の様に話す事、楽しみにしてますね」
「ありがとう。ふふふ」
さっきまでの、憂欝な気持ちが癒えてくる。
「では、行きましょうか? あまり遅いと、怒られてしまいますからね」
「そうね」
フェリーネは緩んだ心を締め直す様に、胸に手を当てて一つ深呼吸した。
その間に、サラは扉を少し開け、廊下の様子を確認した。
サラに続き廊下へ入ったが、目の前の扉は閉まったまま、廊下では物音がしない。
――良かった……。
廊下はいつもと変わらず、清潔で落ち着いたたたずまい。
けれど、フェリーネにはいつもより、心安らぐ風景に思えた。
そんな彼女の前にサラが立つ。
彼女が開け退いた扉の先には、一つ年下の腹違いの妹。
今は聖女と言われているセイラが、治療台の横に置かれた椅子に座り、こちらを見た。
彼女の近くに、セオラ教団の騎士が二名、癒しの間の風景となりながら休めの姿勢で待っていた。
「お待たせしました」
フェリーネは体を低くしてお辞儀をした。
継母譲りのプラチナの髪を、後ろの高い位置で束ねている。
セイラの髪先が揺れ、こちらを見た。
百合の刺繍が刺された白のローブ、その下に着るスカートにできた、波を手で流すようにしながら、彼女は優雅に立ち上がる。
聖女のための衣装を身に付けた彼女を見て、手を合わせ涙を流す老人もいるほどに、彼女の姿は聖女の現身の姿であるようだ。
「ごきげんようフェリーネお姉様、今日もゆっくりな登場ね」
「こんにちは、聖女セイラ様。カシオペア様へのお祈りに、今日も根を詰め過ぎてしまったようです。遅れてしまって、本当に申し訳ありません」
半分だけ、血のつながった姉妹の今日は、いつも通り他人行儀な対話から始まった。
父が、父の家族と帰って来たあの日。
あの日から、今は教会の仕事に関心のない父は、いろいろ手を尽くしていたのか?
祖母がフェリーネを、母の故郷ローレルを逃がすために、妹を聖女にする様言い残したのか?
聖女であった祖母が、亡くなった後の教会は、正式な聖女の試練が年齢的にまだ受ける事のできない姉妹の内、妹のセイラの方を次期聖女とした。
そうなれば彼女の立場は上となり、少しだけ期待したフェリーネの思いと裏腹に、交流らしい交流も無く、ただ上面だけ取り繕う日々が続いていた。
「最初の患者は、今日のお茶会にいらっしゃったお客様ですわ。ですから、いつも以上にちゃんとしてくださいね」
「えっ、……セイラ様、その方は予約をされた方なのですか?」
「していないわ、けれど……、重要な要人の治療は優先して行う。そういう決まりでしょう? ここ、癒しの間の取り決めは私の仕事。口を挟もうって言うの?」
今日一番の、患者の問診票をフェリーネに手渡しながら、セイラは睨みつける。
「……差し出がましい口を利きました。お許しください聖女様」
「いいのよ、気にしないで。では、始めましょうか」
「今日もよろしくお願いします」
フェリーネは、セイラを怒らせなかった事に、胸を撫でおろす。
そして患者の寝る台へ、新しいシーツを引いた。
◇◇
祖母が亡くなり、喪が明けると、ふたりはともに治療を行うようになった。
そこでフェリーネは初めて気づいた。
セイラの治療が全く進んでない事を。
破損を示す黒いもやも、腐敗や毒を示す紫をしばらく眺めている事で、それは行われていると初めて気づいたほどだった。
聖女の祖母の突然の治療を見てきたフェリーネにとって、青天の霹靂だった。
「何しているの!? 早く手伝ってよ!?」
セイラの咎める声に、慌てて治療を行ったフェリーネ。
彼女は患者と向き合う事に、一生懸命過ぎて、彼女は気付かなかった。
彼女の治療を見て、セイラも同じく、驚きで手を止めて彼女を見た事を。
そしてセイラのサファイアの瞳が、冷たく、燃えるような嫉妬の炎で揺らめいていた事を。
ふたりの初めての患者の治療を終えて、フェリーネが安堵していた時にはもう、ふたりの間柄はセイラの中ではひびが大きく入り、どうしょうもないほどに決裂していた。
◇◇◇
それからしばらくしたある日、理由はフェリーネ自身もう忘れてしまったが。
つまらない事で、セイラの機嫌を損ねた。
その日は、教会へ帰る事が出来ず、教会内の倉庫で一夜を明かす事になった。
その頃、いろいろな物を諦めていた彼女は、小さな窓から見る事の月をただ見ていた。
明日になれば、聖女の仕事がある。一夜、また一夜と我慢すればそれでいい。
フェリーネはそう思っていた。
ミリアの鳴き声を聞くまでは……。
ミリアは、継母であるアークエルに連れられてやって来た。
フェリーネは、扉を開け放ち、ミリアを突き飛ばしたアークエルの姿を目を見開き、声を隠す様に口元に手を置いていた。手は冷たく、震えていた。
見上げる継母の背中に、月が出ていた。
だから、その顔は真っ黒にしか見えない……。
「フェリーネ寂しいでしょう? 貴方のペットを連れて来てあげたわ」
継母は何故か、獣の様に荒い息をしてそう言った。
だが、そう思ったのもつかの間、沢山泣いただろう腕の中のミリア。
温かく、柔らかな彼女が、離れるものかというようにしがみついてくる。
「ミリア? 何故そんなに泣いているの……」
自分の起こした事の結果が、今、目の前のできごとの全て、だという事を彼女は信じられず、信じたくない。
だから、彼女はわかりきった事を、ミリアを落ち着かせる様に、静かに、優しく問いかける。
「お前のせいよ。どうせ伯爵家の娘の子ども如きが、公爵家の私の娘に口答えするなんて……」
義理母の背の月が、涙によって歪む。
「母娘揃って、なんて身の程知らずなの!?」
そう、継母が喚く声を聞いた。
「お姉ちゃん……、お姉ちゃんが帰って来ないって、私を置いて行ったって……、いらないって……」
可哀そうに、涙は止めどなく流れ、しゃくりあげながら話している。
「そんな事はしないわ!、大丈夫よ」
「どうだか?」
「そんな事!?、……そんな事、言わないでください……」
継母の言葉を聞き、ミリアの薄い爪が腕に食い込む。
けれど、それも気にせずフェリーネは、小さな獣人の女の子の背中を撫でていた。
「…………逃げたって無駄よ。サリート様がお前を掴まえるから」
それから、継母は徐々に言い聞かせる様に、少し優しい声を出す。
「いい? フェリーネ、お前には頼る相手は居ないのよ。だから、人に意見する口を持ってはいけないの。ここで、幸せに生きたいのなら、ここで生かして欲しいと、お願いする立場だって事を忘れない事ね」
優しい口調に、毒の様な痺れを覚える。
聞きたくない、けれど耳を塞ぐ事はできない。小さな温かさを感じそう思う。
小さな体を抱きしめ、怯える小動物の様に身を寄せ合う。
「わかるまで、貴女のペットはここで一人で貴方を待つことになるわ。頭の悪い飼い主のせいでね! ……わかったの?」
「わかりました……」
そうフェリーネは言葉にした。
その日の夜、ふたりは慌ててやって来たサラによって、教会は戻された。
ベッドで、離れる事を拒み、泣き疲れ眠ってしまったミリアの頭を撫でながら、丸い飾り窓の中の、青白い月が輝くのを眺める。
いつか聖女の力をお金に換えても、その月を追って、どこか遠く、自分たちを知らない世界へ行きたい。そう思った。
あの月の下の草原で、元気に跳ね回るミリアが見たい。そうも思った。
◇◇
それから……、ミリアは夜の闇と、一人でいる事を嫌がった。癒しの間から帰った時、体をちいさくして、泣いている彼女を見かけた事もある。
そしてそんな日々は、やはり今日へと続いている。
続く




