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辺境へ追いやられた落とし子が、隠された聖女を迎えに来た  作者: もち雪
1:王都ロスト・ミューにて

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5/11

5:フェリーネの聖女でなかった日々

現在10:20と15:20で、交互に投稿しております。

 継母をやり過ごし、螺旋階段を上がって、フェリーネと修道女は、二階へとたどり着く。

 階段近くすぐにある、扉の鍵を解除したところで振り返る。


「さっきありがとうサラ」

 安堵と共に心からの感謝を、彼女に伝えた。


「覚えてくだったのですか!?」

「祖母と一緒に、あんなにお世話になったのに、忘れられるはずないわ」


 そう言い、あの頃と同じ、温かな彼女の手をとる。

 今、ベールで隠れてしまってるが、彼女の温かな瞳を脳裏に思い浮かべる。


「そんな……、私の方こそ、おふたりには色々良くしていただきました。ロトリア様に恩返しの意味でもフェリーネのお力になれるよう、癒しの間の担当になりましたので、これからは、なんでもおしゃってください。」


「サラ……ありがとう。凄く嬉しい。ミリアにこっそり話していいかしら? きっと彼女も喜ぶわ」

「はい! 教会内なら人の目もありませんし、昔の様に話す事、楽しみにしてますね」


「ありがとう。ふふふ」

 さっきまでの、憂欝な気持ちが癒えてくる。


「では、行きましょうか? あまり遅いと、怒られてしまいますからね」

「そうね」


 フェリーネは緩んだ心を締め直す様に、胸に手を当てて一つ深呼吸した。

 その間に、サラは扉を少し開け、廊下の様子を確認した。


 サラに続き廊下へ入ったが、目の前の扉は閉まったまま、廊下では物音がしない。


 ――良かった……。


 廊下はいつもと変わらず、清潔で落ち着いたたたずまい。

 けれど、フェリーネにはいつもより、心安らぐ風景に思えた。


 そんな彼女の前にサラが立つ。

 彼女が開け退いた扉の先には、一つ年下の腹違いの妹。

 今は()()と言われているセイラが、治療台の横に置かれた椅子に座り、こちらを見た。


 彼女の近くに、セオラ教団の騎士が二名、癒しの間の風景となりながら休めの姿勢で待っていた。


「お待たせしました」 

 フェリーネは体を低くしてお辞儀をした。


 継母譲りのプラチナの髪を、後ろの高い位置で束ねている。

 セイラの髪先が揺れ、こちらを見た。


 百合の刺繍が刺された白のローブ、その下に着るスカートにできた、波を手で流すようにしながら、彼女は優雅に立ち上がる。


 聖女のための衣装を身に付けた彼女を見て、手を合わせ涙を流す老人もいるほどに、彼女の姿は聖女の現身の姿であるようだ。


「ごきげんようフェリーネお姉様、今日もゆっくりな登場ね」

「こんにちは、聖女セイラ様。カシオペア様へのお祈りに、今日も根を詰め過ぎてしまったようです。遅れてしまって、本当に申し訳ありません」


 半分だけ、血のつながった姉妹の今日は、いつも通り他人行儀な対話から始まった。


 父が、父の家族と帰って来たあの日。

 あの日から、今は教会の仕事に関心のない父は、いろいろ手を尽くしていたのか? 


 祖母がフェリーネを、母の故郷ローレルを逃がすために、妹を聖女にする様言い残したのか?


 聖女であった祖母が、亡くなった後の教会は、正式な聖女の試練が年齢的にまだ受ける事のできない姉妹の内、妹のセイラの方を次期聖女とした。


 そうなれば彼女の立場は上となり、少しだけ期待したフェリーネの思いと裏腹に、交流らしい交流も無く、ただ上面だけ取り繕う日々が続いていた。


「最初の患者は、今日のお茶会にいらっしゃったお客様ですわ。ですから、いつも以上にちゃんとしてくださいね」


「えっ、……セイラ様、その方は予約をされた方なのですか?」


「していないわ、けれど……、重要な要人の治療は優先して行う。そういう決まりでしょう? ここ、癒しの間の取り決めは私の仕事。口を挟もうって言うの?」


 今日一番の、患者の問診票をフェリーネに手渡しながら、セイラは睨みつける。


「……差し出がましい口を利きました。お許しください聖女様」

「いいのよ、気にしないで。では、始めましょうか」

「今日もよろしくお願いします」


 フェリーネは、セイラを怒らせなかった事に、胸を撫でおろす。

 そして患者の寝る台へ、新しいシーツを引いた。


 ◇◇


 祖母が亡くなり、喪が明けると、ふたりはともに治療を行うようになった。


 そこでフェリーネは初めて気づいた。



 セイラの治療が全く進んでない事を。



 破損を示す黒いもやも、腐敗や毒を示す紫をしばらく眺めている事で、それは行われていると初めて気づいたほどだった。


 聖女の祖母の突然の治療を見てきたフェリーネにとって、青天の霹靂だった。


「何しているの!? 早く手伝ってよ!?」


 セイラの咎める声に、慌てて治療を行ったフェリーネ。

 彼女は患者と向き合う事に、一生懸命過ぎて、彼女は気付かなかった。


 彼女の治療を見て、セイラも同じく、驚きで手を止めて彼女を見た事を。

 そしてセイラのサファイアの瞳が、冷たく、燃えるような嫉妬の炎で揺らめいていた事を。


 ふたりの初めての患者の治療を終えて、フェリーネが安堵していた時にはもう、ふたりの間柄はセイラの中ではひびが大きく入り、どうしょうもないほどに決裂していた。


 ◇◇◇


 それからしばらくしたある日、理由はフェリーネ自身もう忘れてしまったが。

 つまらない事で、セイラの機嫌を損ねた。


 その日は、教会へ帰る事が出来ず、教会内の倉庫で一夜を明かす事になった。

 その頃、いろいろな物を諦めていた彼女は、小さな窓から見る事の月をただ見ていた。


 明日になれば、聖女の仕事がある。一夜、また一夜と我慢すればそれでいい。


 フェリーネはそう思っていた。



 ミリアの鳴き声を聞くまでは……。



 ミリアは、継母であるアークエルに連れられてやって来た。


 フェリーネは、扉を開け放ち、ミリアを突き飛ばしたアークエルの姿を目を見開き、声を隠す様に口元に手を置いていた。手は冷たく、震えていた。


 見上げる継母の背中に、月が出ていた。

 だから、その顔は真っ黒にしか見えない……。


「フェリーネ寂しいでしょう? 貴方のペットを連れて来てあげたわ」


 継母は何故か、獣の様に荒い息をしてそう言った。


 だが、そう思ったのもつかの間、沢山泣いただろう腕の中のミリア。

 温かく、柔らかな彼女が、離れるものかというようにしがみついてくる。


「ミリア? 何故そんなに泣いているの……」

 自分の起こした事の結果が、今、目の前のできごとの全て、だという事を彼女は信じられず、信じたくない。


 だから、彼女はわかりきった事を、ミリアを落ち着かせる様に、静かに、優しく問いかける。


「お前のせいよ。どうせ伯爵家の娘の子ども如きが、公爵家の私の娘に口答えするなんて……」


 義理母の背の月が、涙によって歪む。


「母娘揃って、なんて身の程知らずなの!?」


 そう、継母が喚く声を聞いた。


「お姉ちゃん……、お姉ちゃんが帰って来ないって、私を置いて行ったって……、いらないって……」


 可哀そうに、涙は止めどなく流れ、しゃくりあげながら話している。

「そんな事はしないわ!、大丈夫よ」


「どうだか?」

「そんな事!?、……そんな事、言わないでください……」


 継母の言葉を聞き、ミリアの薄い爪が腕に食い込む。

 けれど、それも気にせずフェリーネは、小さな獣人の女の子の背中を撫でていた。


「…………逃げたって無駄よ。サリート様がお前を掴まえるから」


 それから、継母は徐々に言い聞かせる様に、少し優しい声を出す。


「いい? フェリーネ、お前には頼る相手は居ないのよ。だから、人に意見する口を持ってはいけないの。ここで、幸せに生きたいのなら、ここで生かして欲しいと、お願いする立場だって事を忘れない事ね」


 優しい口調に、毒の様な痺れを覚える。


 聞きたくない、けれど耳を塞ぐ事はできない。小さな温かさを感じそう思う。

 小さな体を抱きしめ、怯える小動物の様に身を寄せ合う。


「わかるまで、貴女のペットはここで一人で貴方を待つことになるわ。頭の悪い飼い主のせいでね! ……わかったの?」

「わかりました……」


 そうフェリーネは言葉にした。


 その日の夜、ふたりは慌ててやって来たサラによって、教会は戻された。


 ベッドで、離れる事を拒み、泣き疲れ眠ってしまったミリアの頭を撫でながら、丸い飾り窓の中の、青白い月が輝くのを眺める。


 いつか聖女の力をお金に換えても、その月を追って、どこか遠く、自分たちを知らない世界へ行きたい。そう思った。


 あの月の下の草原で、元気に跳ね回るミリアが見たい。そうも思った。


 ◇◇


 それから……、ミリアは夜の闇と、一人でいる事を嫌がった。癒しの間から帰った時、体をちいさくして、泣いている彼女を見かけた事もある。


 そしてそんな日々は、やはり今日へと続いている。


 続く


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