4:奪われた幸福 2/2
その夢について、頑なに話してくれなかったが、二年前、祖母が死の淵にいる時、命を絞り出すように話してくれた。
「王妃になったプラチナの髪、青い瞳の聖女の体には、邪悪な蛇が絡みつき、その蛇の頭ごと王妃を貫く青年が現れる。だが……」
そう話した時、祖母の寝室にノックも無しに、セイラが入って来た。
「お母様が呼んでいるわ。すぐ来て」
「嫌よ、行きたくないわ……」
ベッドに体を横たえた、祖母の手を両手で包み、フェリーネはそう言った。
「それじゃー仕方ないわね。貴女のペットを捨てましょうか?」
「セイラ止めない。今、大事な話をしているのよ。必要だから貴女も聞くといいわ」
「聞いてたら、私は今、この世に居ないわ」
セイラは、ベッドの祖母を覗き込み、蔑むような目を向ける。
「やめて、おばあ様はご病気なのよ」
「それならフェリーネ、貴女が素直に来なさいよ。そうすれば私はすぐ帰るわ。貴女のペットも捨てたりしない」
「違う!」
それだけ言うと、フェリーネは祖母と、セイラの間に入り込む。
そして彼女の前に立ちはだかり、口を真一文字に結ぶ。
「このわからず屋をお願い。話は聖女の仕事に関係ある事なの」
呆れた様に出た言葉と共に、いつも彼女の護衛のためについている、二人の護衛の内の一人が、フェリーネを肩に担いで歩き出す。
セイラが入って来ると共に、部屋から出されてサラと、扉を出たところで目があった。
「フェリーネ様、ロトリア様に何かありましたら、必ずお呼びします」
祖母を長年支えてくれた修道女のサラは、ミリアの手を握りしめ、涙を流すフェリーネを諭す様に話しかけた。
その時、誰もが、セイラを止めない事で――。
祖母ロトリアを中心とした、セオラ中央教会を取り仕切る仕組みが、静かに変わろうとしていた事にフェリーネは初めて気づいた。
「いや、離して!?」
「おねちゃん!?」
嫌がるフェリーネの耳に、ミリアの声が聞こえた。
振り返れば扉の前で、サラがこちらに背中を向け、ミリアを隠す様に抱きしめていた。
フェリーネは運ばれながら、サラの背中から伸びる小さな手が目に焼き付く。
向かった先は、中央本部だった。
以前は、聖女の一族が住む一階の自宅と、癒しの間と名付けられた聖女が治療を行うための二階の屋敷をそう呼んでいた。
けれど父が、父の家族を連れて帰ったその日から、中央本部に新しい屋敷が含まれた。
そして連れて行かれた父の家族のための屋敷は、祖母の危篤に合わせた様に、工事のためのシートは剥がされ、以前の広さよりも何倍も広くなっていた。
それを見てもフェリーネの心はもう、少しも揺らぐことなく、祖母の元へと早く帰れるにはどうすればいいか、という考えばかり浮かぶ。
「悪く思わないで頂戴、聖女様が治療を行う事ができなくなっても、人々は聖女に救いを求めているの」
教会に不似合いな、豪華なシャンデリアが輝くその部屋に、継母の声を聞きながら降ろされた。
継母がもたれ掛かる様に座っているソファには、背もたれには色鮮やかな刺繍がほどこされ、淵の木枠や、ひじ掛けの部分には華やな彫刻が彫られている。
ひじ掛けに置かれた薬指には、眩いほどにキラキラ光る宝石が。
「けれど、おばあ様はご病気で……」
そう言うと、継母は立ち上がり、フェリーネの肩に手をまわし、彼女を長椅子の方のソファへと座らせ、継母自身も初めて彼女の隣へと座った。
「セイラと貴女がやるのよ。あの獣人の子ども、助けたのは貴女でしょう?」
「…………」
「あら、肯定はしないのー? おばあ様に黙ってなさいって言われてる?」
アークエルは、フェリーネの表情を覗き込もうと、顔を寄せる。
それを、ちらっと眼の端でフェリーネは確認すると、すぐに瞳を戻した。
彼女は継母に怯え、背中に冷たい汗がつたう。彼女は祖母の言葉を思い出していた。
『フェリーネ、決して聖女の力を人前で使ってはダメ。貴女の力は特別なのよ。秘密にしていれば、お母様の故郷へ帰れるわ。約束出来るわね』
――誰が話したの? 倒れていたミリアは知らないはずよ。
思い浮かぶのは、彼女を治療した後、駆けこんだ教会にいる人達の顔がぼやけて思い浮かぶ。
フェリーネが力を使ったと言うと、熱に浮かれる様に彼らは彼女を褒め称えた。
その映像を打ち消す様に、彼女が瞼を閉じる。
――あの人たちは喜んでいた。
そんな彼らが、待ちに待った新たな聖女の力について、噂話をしても責める事はできない……。
「私は何をすればいいですか?」
「素晴らしい理解力だわね。さすが、聖女ロトリア様の孫だわ……。ほんと、嫌になるほどよく似てる」
それからは……、彼女は祖母と会うために、「それでいいわ」「やるわ。だから、もういいでしょう?」継母の話を全て引き受けた。
けれど……。
話が全てまとまりかける頃、ノックもせずに、サラが扉を開けて入って来た。後ろには警備の騎士を引き連れて……。
彼らは戸惑っていた。継母の実家である公爵家、この国に今はただ一人の国に認定された聖女の命が消える際、どちらかおおごとか、刑罰を恐れず優先すべき事はとちらか、やっとわかった様だ。
――なら、もっと早く……。
「フェリーネ様、ロトリアが! お早く!」
「はい!」
フェリーネは騎士の合間を縫って、祖母のいる屋敷へ向かった。
大急ぎで屋敷の間を駆け抜けて、扉を力を込めて開け放った時……、「お姉ちゃん……」泣いていたミリアが、そう言って振り返った。
彼女の向こうにいる祖母は、目を閉じたまま開く事はない。
そんな彼女の腰へと、小さなミリアが縋りつく。
目を見開き、彼女はしばらく見つめていた。
眠っている祖母の隣で、二人の修道女たちが、ハンカチで涙を拭いている。
フェリーネのもとへ、主治医の先生がゆっくり、時間をかけてやってくる。
「……お気の毒ですが……」
彼女は彼に頭を下げると、ミリアと一緒に祖母の前へ行く。
フェリーネはその手をかざす。癒しの力を使っても今では僅かにあった効果は、さらさらと流れでてしまう。
――おばあ様、おばあ様、おばあ様……。
「フェリーネ、お座りください。このままでは魔力が尽きてしまいます」
「お姉ちゃん?」
フェリーネは、ミリアの顔を見た。
小さな彼女の顔は涙に濡れて、鼻水まででてしまっている。
腰にすがりついているミリアは温かい。
フェリーネは残った人々の顔を、呆然とした顔で眺めると、温かなミリアを抱き締めた。それでも不安は消える事はなかった。
そして聖女ロトリアの大規模な国葬を、親族席の隅でミリアとともに過ごし終えると、セオラ中央教会の名ばかりの管理者として、祖母と暮らしていた屋敷から追い出される様に、この国で最古の教会へ住み込む事なった。
そうやってフェリーネは、この国にいる聖女から外され、才能の開花することのない、出来損ないの聖女の地位に落ち着いていた。
春の長雨が、いつまでも続く季節の事だった。
続く




