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辺境へ追いやられた落とし子が、隠された聖女を迎えに来た  作者: もち雪
1:王都ロスト・ミューにて

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3/82

3:奪われた幸福 1/2

 祖母が居た頃、古い教会はそれでも改装をくり返し、女神が過ごした頃の姿を保っていた。


 こぢんまりとしているが、人々の憩いの場でもある教会、正義や秩序を伝えるべき教会の姿だけがそこにあった。


 しかし、教会本部側に男女問わず、祈る事のできる新しい教会が建設された事で、今や、壁のペンキの色はまだらに剝げ落ち、壁の建材である石を積み重ねた状態が見えてしまっている。


 彼女は祖母と住んでいた家を追い出され、 フェリーネはその教会に、ミリアと二人だけで暮らしている。


 祖母の買ってくれた服を繕いながら着て、普段は、その上にすっぽりとかぶる修道服を着ている。


 腰ひもで、サイズの調整する修道女の制服も、祖母が亡くなってから変更されたものだ。


 フェリーネの生活は、誰かから告げられると共に、変わってしまう。『どうして?』は、祖母と別れの日に、承諾した継母の言葉の中にあり、反抗はセイラの言葉を思い出し諦める。


 そして今のフェリーネの仕事は、毎日の午前中は修道女の服を着て、先が不揃いになってしまったほうきの柄を握り床をはいたり、拭き掃除をしたり、繕い物をしたりと、雑用のばかり押し付けられる日々を暮らしていた。


  その時、彼女がいる聖堂の古く重々しい扉は開かれ、少しだけ冷たい風が吹き込んで来る。


 開かれるた扉から現れたのは、白いベールをかぶる、修道女だった。


 修道女は肩でそのどっしり鉄製の扉を支える様にして、顔だけだすように中の様子を覗き見た。


 そして教会内に彼女が居るのを確認すると、重い扉を体を滑らすようにして教会の中へと入ってくる。


 それを見ていた彼女は説教台へほうきを立て掛けて置くと、その台の上に置かれていた、小さな手提げ鞄と、さらりとした手触りのベールを手に取ると、顔をベールで覆い隠す。


 中央の道に、ひかれた色あせた赤色の絨毯へと歩いて、修道女がやって来る方へと歩いていく。


 そして彼女たちは出会い、聖堂へ入って来た女性がかしずき、フェリーネへと話しかける。


「フェリーネ様、治療のお時間です。癒しの間でセイラ様がお待ちです」

「わかりました」


 その時、修道女の首元に、黒と、少しだけ紫色のもやが巻き付くのが彼女には見えていた。


 前を歩く者の首に右手をかざすと、もやは浄化され、消えていった。


「あの……、私の治療してくださいましたか?」

「ええ、首の辺りを、すこしだけですが……」

「ありがとうございます。フェリーネ様、朝から喉が痛く風邪かと思っていたところだったのです」


 前を歩いていた彼女は、振り返り足を止めこう言った。


「いえいえ、他の皆さんは秘密ですよ」

 ベールで隠れた、口もと辺りに人差し指を当てる。


「はい」

「では、行きましょうか。セイラ様待っていますよ」


 修道女の彼女は、フェリーネの言葉に静かに頷くと、今度は少しだけベンチ側に引っ込み、フェリーネを先へと歩かせる。


 重い扉を二人して開けると、出口を出たところで呼びかけられフェリーネは振りむく。


 教会の塗装の落ちてしまった石の肌の見える外壁の前で、年端もいかないメイド服を着たミリアが、地面に座ってこちらを見上げていた。


 十四歳の時、道端で倒れていたところを助けた獣人のミリア、彼女だけが祖母亡き後も、側に居てくれている。


「フェリーネ様、お仕事行っちゃうの?」


 フェリーネは、ベールを上げて赤い瞳で女の子に笑いかける。


「そうよ。ミリア、貴女は修道院でのお手伝いはいいの?」

「まだ、呼びに来ないから……」


 ミリアはフェリーネが仕事へ行くと知ると、いつも血色の良い柔らかな頬、明るい笑顔を表す口もとに少しだけ、かげりを感じるように見えた。


「では、ミリア、中の掃除お願いできますか? 集めたごみを、捨てておいてください」

「うん、いいわよ」

「ミリア、ありがとう助かったわ」


 そんなミリアの頭を、フェリーネが撫でれば、猫のフサフサのお耳が満足そうに動いた。


「おやつが出たら持って帰るから、期待しないで待っててくださいね」


 黒のメイド服を着たミリアの、金色のキャッアイがキラキラ輝きだす。


「絶対よ!」

「それは無理ですよ」


 フェリーネはニヤリと笑い、ベールでふたたび顔を隠すと、手を振り門から出る。


「仲がいいのですね」

「はい、仲がいいですし、助けられてもいます」

 彼女の声に、喜びが満ちる。


「フェリーネ様……安心いたしましたわ」

 今はもう顔も見ることも叶わない、修道女の彼女に、「ありがとう」とフェリーネは言葉を返した。


 壁と柵に囲まれた細い道を、東へと向かい歩いて行く。

 その道はとうの昔に男子禁制が解かれ、今では中央本部側の敷地になっている。


 鉄製の薔薇をかたどった柵の向こうに、貴族を思わせる屋敷の庭に、ガーデニングテーブルのセットが置かれ、何人もの貴婦人が揃って噂話に花を咲かせているようだ。


「あら、もしかして……フェリーネ?」


 声の方へ顔を向ければ、美しい衣装で着飾った継母方の大おばが柵の向こうでフェリーネを見つめたていた。


 彼女とフェリーネを隔てる柵には、咲き誇る大輪の赤い薔薇が柵の隅々まで蔓を伸ばしていた。


 どうやら、その薔薇を見ていて、その向こうで歩く、修道着姿の二人を見かけて声を掛けたようだった。


 彼女は若くして王のもとへ嫁ぐが、子をもうける前に王は亡くなり、王の弟が兄の後を継いだため、籍は実家である公爵の地位となっている。


 イクリオン家へと戻ってはいるが、王家とはもともと親戚筋で、その権力は衰えることはないようで今日も貴婦人の中心に居て、見下ろすような視線をフェリーネへと向けていた。


 そんな彼女は、大輪の薔薇の様に、気高く、美しい様にフェリーネには思えた。


 そして……その棘に決して、刺されたくはない。


「サラテート様、久方ぶりの再開ですが、ベールをかぶったままであることお許しください。お元気そうで何よりでございます」


 威厳のある視線を向けられ、心が騒めき、フェリーネは頭を低くして挨拶していた。


「誰ですの?」

「セイラ様の姉君ですわ」

「あぁ……聖女様の血筋の……」


 サラテートの後ろで、貴婦人たちが囁きあう。


 継母の顔を貴婦人の中に見かけるが、アークエルにとっても、伯母のサラテートは頭が上がらない人物のようで、こちらを睨み付けながらも会話に口を挟むことはない。


「まあ、やっぱり……、貴女なのね。私には相性がいいか、悪いか見ただけでわかるの。だから、貴女じゃないかと思ったわ。邪魔したわね。行っていいわ」


 彼女はそう優雅に言ってのけ、こちらへ背を向け、輪の中心として貴婦人を引き連れてガーデニングテーブルの方へと帰って行った。


 美しい背中には贅肉はなく、継母より若いはずだ、彼女はいつでも魔性の微笑みをたたえている。という印象は今回も揺らぐことはなかった。


「「失礼いたします」」


 ――指先を赤く染める程の棘の痛みを感じたが、牽制だ。まだ痛くない。


 そう頭をさげながら、考え、かたく目をつぶる。

 そうしてふと、思い浮かぶ、不幸な未来をやり過ごす。 


 フェリーネたちは無事切り抜けた事を安堵し進むが、今度は自宅の玄関から出てきた継母が、道を立ちふさがる。


 目を三角にして、こちらを睨み付けている顔を見て、彼女たちの歩調は遅くなる。


「いつまで、ゆっくりと歩いてあるつもり?」

「お義母様……」


 継母は先程まで、貴婦人たちと一緒に居たはず、そう思い二人は戸惑い、言葉を失う。


 だか、修道女の彼女が、先に我に帰ったようだ。


「申し訳ございません!」


 そう言うと彼女は、こちらへ向き直りベールで見えないはずなのに、その気迫に押し出される様に、実際に背中をぐいぐいと押されつつ――。


「申し訳ありませんでした。それでは失礼……」

 そう言い終わない内に、継母の前を横切り進んでいた。


 進むと左手に、煉瓦でつくられた中央本部事務所の裏口側出入り口がある。そこに早足で逃げ込んだ。


 ――もしかして、まだ、お義母様はこちらを見ているのかしら?


 そう心によぎったが、覗き見るなんて、決してそんな怖いことはできなかった。


 心を落ち着けながら、螺旋階段を上がっていく。


 続く


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