44:母の思い出を知る人たちと
母の故郷のローリエの城、母が聖女の家系に嫁いでから、帰る事の叶わなかったったその場所フェリーネは居た。
「ゼンタ、お前は油断も隙もないな」
「ローリエ卿……」
廊下の扉から、着ている衣装から身分の高いと思われる、老夫婦が現れる。
彼らの瞳は赤く、ローリエの民の特長を持っている。
――おじい様、おばあ様。
ガタッ、ガタッと数々の椅子が引かれる音がなった。
「ですが、もうおばあちゃんですもの、時間は限られてますからどうぞ、広い心でお許しください」
ゼンタと呼ばれた彼女は、涼しい顔をして言ってのけた。
「そんな奴は、すぐにはくたばらん」
そう言った、祖父は、フェリーネの前に立っていた。
その無遠慮な赤い瞳が、フェリーネの心を覗き込むよう。
「そうか……。よく来た。そしてよくやってくれたライストファー卿、貴公は年老いた哀れな老人夫婦の未来に光を与えてくれた」
祖父は、そう言うと、フェリーネの前から離れ、カリオスの前に立つ。
その様子を振り返り見ていたフェリーネの手を、遠慮がちに触れるかさついた手。それは祖母のものだった。フェリーネも遠慮がちに祖母の手を、両手で包み込む。
すると、すぐに祖母から涙が溢れ、フェリーネはどう言えばわからず祖母のその温か手に触れている事しかできない。
「大丈夫よ、フェリーネ。後は、私たちに任せて頂戴」
「えっ?……」
フェリーネは、状態がわからず祖母を見上げた。
だか、次は祖父が話しだしたので、彼女の視線は祖父へと移ることになる。
自分がどうなるのか? そんな疑問は彼女の中に広がりつつあった。
「そう言うわけで、ライストファー卿、孫は私たちの城で保護する事にする。陳情書と言うかたちで王に、あの忌々しいイクリオン家の女狐狩りを依頼することにするつもりだ。貴公は他に助けはいるか?」
祖父の言葉はもう、事が決まってしまったように響く。
彼女は、会ったばかりの祖父に戸惑うばかりで、カリオスと、祖父の間で視線を漂わせるばかり、そんな彼女の背中を祖母が擦ってくれる事も、また申し訳ない様に思えた。
「貴方がたは、うちの領主を孫を呼び寄せるために、いいように使ったのですか?」
マルティーが彼らの真意を確かめるため、角度を変えて問いかける。
「君は勘違いしているよ。私たちは孫を危険に近づけたくないだけだ。リスクは負う」
「だが、結局はリスクは、フェリーネに降りかかる。それなら最初から前に出て、全力を尽くした方が後悔がなくていい」
――カリオス……。
祖父に言うでもなく、過去に顔を向けて、その感想言うように彼は話す。
そしてゆっくり視線を現在へと戻すように、フェリーネをゆっくりと見た。
『お前はどうしたいのか?』そう問いかけているように。
――継母や、セイラを許せなくて旅に……?
ううん、私は、ミリアと一緒に教会から出るために、彼と共に旅った。
旅の先に、幸せがあるような気がしていた。
今も、継母とセイラを断罪してやるなんて気持ちは浮かんでこない。
ましてや、サラテート様を断罪なんて……。
◇◇
「フェリーネ」
「ごめんなさい」
名前を呼ぶ祖母に、小さな声で謝罪する。
そして手は離された。
カリオスと、祖父のもとまで彼女はやってくると、やはり二人を見つめる。
どちらの望みにも、すべて寄り添う事はできない。
「フェーリネ……」
「カリオスが危険な事をするなら、私が居なければ、そう思うのです。だって、また毒を飲むかもしれません。聖女が必要ですよね? 危険な旅ですもの」
自信を持って話さなければいけない。そうであるのに、途中で自信が無くなり視線がカリオスからそれてしまった。聖女は彼にとって必要なはずだ、
必要である者を拒んではいけない。そんな事実はどこにもない。
聖女には、聖女を有効に使うために考え抜かれた順番がる。それを曲げて、フェリーネは自分のために聖女を使おうと考える。
傲慢であることだってわかっている。
けれど、それは聖女に一般的に許される使い方だった。
でも、必要がなく、でしゃばるのは違うと思った。
聞きたかった。聖女についてだけでもいい。
必要って言われたい……。
「「フェリーネ……」」
「「フェリーネ様……」」
多くの声が、彼女の名前を呼ぶ。
でも、道は一つしか選べない。
そして彼らが手を携えるためにはフェリーネの力が必要だった。
彼女もまた、誰かの言葉が必要なように……。
しかし、彼からの言葉はまだ聞けていない。
それがなぜかだかはわからない。
「フェリーネ、お前がライストファー卿を心配するように、私たちもまた、お前が心配なのだ」
先程まで、領主として威厳に満ちた祖父が、今はただのフェリーネの祖父として寂しげな表情をしている。
「聖女というわかりやすい正義に釣られたばかりに、私たちは大事な娘を永遠に亡くしてしまった。だから孫の代わりはなろう、もう孫を危険へと決して近づけないで欲しい」
「お爺様……」
「ですが、それではフェリーネの気持ちが!」
ミリアと一緒に控えていたオリビアが、ここで声をあげた。
彼女の立場としては、祖父側に付くべきなのに……。感謝と、後悔はしたくないという気持ちが、フェリーネの中で強くなる。
「見た顔と思っていたら、ハークエルの騎士殿ではないか、それはシオン殿の意見なのか?」
「それは……」
「そうだろうな。ハークエルは抜け目ない。カリオス卿の母の故郷が解体された時、一番多くの領土を得て、ハークエルは今の地位を手に入れたのだからな」
オリビアは祖父の言葉を聞き、歯がゆい思いに、奥歯を噛み締める。
「ホークニングが解体された時、私も彼も子どもだった。現在領主のシオン様には関係ない話です……」
「何を動揺する事がある。ハークエルの騎士。なるほど、貴公は優しいのだな。騎士としてフェリーネと、この小さき娘を守るには最適なのだろう」
そう祖父は、眼光の鋭さを緩めてオリビアを見る。
しかし、それは彼女を侮ったという事で、オリビアもそれを感じ取り、歯がゆくはあるようだ。
「年寄りの話に、長く付き合わせてすまなかったね。それでは、カリオス卿もオリビア殿、マルティー殿、そしてフェリーネ、……で、こっちのお嬢さんはなんというのかな?」
祖父は付き物が落ちたかの様に、優しい表情になる。
フェリーネはミリアの所まで行き、彼女の背後に立った。
「この子はミリアです。私、ちょうと、いえ、凄く家事に対する閃きの様なものが無いようなので、このミリアにお手伝いして貰っていたのです」
ミリアは、スカートのエプロンに手をあて、恥ずかしがそうにしている。
フェリーネも真実ながら恥ずかしくあったが、ミリアと一緒に居るためなら、へでもないようだ。
「まぁ、お嬢さんえらいのね」
祖母はかがんで、ミリアに視線を合わせ、そう言った。
「うんうん、ふたりとも今まで辛かっただろう。安心のある生活の中で暮らしていけば、考えの変わる事もあるだろう。ゆっくり休むといい」
祖父はそう言ったと思ったら、「カリオス卿、今後の話は、ちゃんと私の耳の届いているよ。その事については明日、予定の時間で話そう。何か、考えが変わる事があったら、家令を通して伝えてくれ。では、邪魔したね」
次に祖父の代わりに、前に出て来たのは、祖母だった。
「三日後、中庭でお茶会をやるのよ。皆さん出てくださるわよね」
「ですが、髪やドレスが……」
「大丈夫よ。カリオス卿の領地で、その服を買ったでしょう? そこのデザイナーは商売上手でね。様々なドレスのデザインを持って、 訪ねて来たわ」
「えぇ……」
言葉を無くした彼女は、今後の予定と照らし合わせるためにカリオスを見た。
しかし彼の口は開く事なく、フェリーネの元へ向かう。
「喜んで、参加させていただきます」
片手で、フェリーネの腰を抱き宣言する、彼。
いつもでは、あり得ない近さで、彼の顔を食い入るほど見つめる。
けれど、こちらを向かれれば、声をあげてしまうかも?
「あらあら、素敵な殿方なのね。でも、婚約者ではない貴方が、孫の腰を抱くのは、ダンスの時だけにしてね。素敵な女性は早いもの勝ちよ。早く、落ち着いた生活を手に入れることね」
「おばあ様……」
そう祖母はカリオスをたしなめるが、カリオスの手は、今なおフェリーネの細い腰を抱いている。緊張のあまり、口から心臓が飛び出しそうなほど胸がバクバク言っている。
けれど彼の手について、何も言う事ができず、気付かない振りをしていた。
――カリオス、貴方はどういう気持ちなのですか?
フェリーネ自身が、自分の気持ちと向き合えないまま、カリオスの気持ち知りたく、知りたくて、どうしょうもない。
けれど、口は貝の様に閉じたまま、どんな返事が返ってくるにしても、彼女にとっては怖いことだ。
けれど、視線は弱々しくもカリオスを見つめる。カリオスがその視線に気づかない事を祈りながら。
続く




