40:ローリエの癒しの間
魔物討伐の始まりを思い返せば、消毒の匂いが漂うこの部屋から始まる。
六畳ほどの室内には、蝋燭の温か炎が燃えている。
白い室内に、中央に置かれている患者の横たわるベッド。
そのベッドの両脇には、三段ボックスとテーブルが置かれている。
ネル生地のタオル、替えのシーツなどはカゴへ入れられ三段ボックスに。
対を成す反対側には、テーブルが置かれていて、カルテを書くスペース、カルテ入れ、そしてハサミなどの雑貨が置かれていた。
そして入口脇に、洗い物を入れる大きなバケツが幾つか。
「フェリーネ様、今日は助手の予備の修道着をお使いください」
「ありがとうございます」
「明日からの衣服については、仕立て屋から連絡が入っていて、今日の昼までには、全ての衣装が出来上がるそうです。試着もありますので、是非お立ち寄りくださいとの事でした」
「わざわざ聞いてくださったのですか?」
司祭様に伝言を、伝える役目をさせて申し訳ない、そう思いつつふたたび彼女は頭をさげる。
「いや、あそこのオーナーとは自治会で、よく会うのですよ。やはり、聖女様がやって来るという話を聞いて、自治会あげてパレードなどするべきかって話なども出てはいたのですが……」
「えっ……、パレードですか?」
フェリーネは王都に住んでいたので、さすがに街を練り歩くパレード自体は見たことがある。時には祝福を受けに、パレードの主役の方が教会へも訪れたこともある。
その場合、主役が馬車や、馬に乗って手を振る事が殆どで、流れた話に聞こえるが、それでも彼女は驚きを隠せはしなかった。
「それが……、ローリエ家でのお茶会の際、パレードの事をマーサ様へ伝えて貰ったところ。『事情が、事情でしょうから大事にしない方がいいわ』と丁寧に断られてしまいました」
それを聞いて、ふぅーっとやっと胸を撫でおろし、ちゃんと呼吸ができた。
「やはり、この街がこんなに活気があるのは、街に住む人々が、街を思い行動するからなのだな。素晴らしい」
そうオリビアは感心するように言うと――。
「それなら、うちの街で勉強なさいますか? カリオス様始め、手作り感覚で町の運営ができますよ」
そう雑貨など、どんな配置で置いてあるか、手に持ち確認しつつマルティーは提案をだした。
「すまない。私の知りたいのはもっと規模の大きな街についてだ。警備の合間に出来ることがあれば、世話になっている手間断る事がしない。どんどん言って言って欲しい」
「それは、ありがたい話ですが、宿屋代やその他もろもろ前金で、払って貰っている手前それは言い難いですね……」
「私が言ってる事は、マルティー殿の求めていた返事とそうかわらないと思うが?」
そうオリビアは腑に落ちない。という顔をする。
「それでも、やはり今は立場の違いを気にします。シオン卿の心象を良くするに越した事はありませんし」
そんな話のすぐ横で、フェリーネは久しぶりの修道着をかぶり着ていた。
そしてかぶり終えた頃に、レディーファーストだろう。後ろを向いていたレリオット司祭は振り返り、一枚の紙をフェリーネへと差し出して来た。
その紙を手を取って見てみる。
「この詳細のメモは今回、セオラ中央教会から発行されたものですが、しかし何年も前のものと内容が変わっていなかったですが、他に何か必要なものがありせんか?」
「大丈夫です。聖女の治療自体はいにしえの昔の治療と変わってませんから。傷口を見えるようにして、清潔な水で流していただければ治療を出来ます」
フェリーネはそれに目を通し、そう言う間に、文字自体に見覚えがある事に気付く。
サラも文字だと気づいた事により、お別れも言えず別れた彼女に、ここで元気にしている。その事が伝わったように思えてくる。
サラはどんな顔をしたのかしら? と考えれば想像の中の彼女も優しげで、自然に胸の奥があったかくなってくる。
「それは心強い」
「けれども、誰でも行う事は出来ませんし、根本の原因を見つける事はできない。魔力も尽きればそこまで。最近の医術の方が、私は信頼が出来る様な気さえもするのです……」
「それぞれのいい所を見て行けばいい……と、いうわけにいかないのでしょうね。聖女様ともなると」
「どうでしょう? 私なのはまだまだですし。……あのレリオット司祭様、この詳細の紙を後でお借りしても構いませんか?」
「どうぞ、持ってお帰りください。先程いいましたように、何年も前の詳細の変わらないメモが残っておりますから」
「ありがとうございます」
そう言うと、フェリーネは今日の成果をふたたび眺めつつ、口角をあげて微笑んだ。
――何故か、聖女の力が必要ない事で誰かの役にたてると思う時、素直な嬉しさが胸に宿る。
その事を不思議にも思うけれど。
それより手渡した時の反応の方が気になった。
きっとカリオスは『ああ、わかった』としか言わないだろう。
ふふふ、変な人だ。
トントンと、部屋の扉がノックされる。
「どうぞ」
そう言って迎えに向かう司祭様。
しかし扉まで、行こうとする、彼を押しとどめたのはオリビアだった。
そして彼女が代わりに扉を開ける前に、「俺だ」そう、カリオスの声が聞こえた。
その時、レリオット司祭様の苦笑が漏れる。
きっと、聖女に対する厳戒態勢についつい、笑いが漏れたのだろう。
一年前の私は、その扉をずかずかといった感じで、出入りし、時として王国辺境騎士団のマーク団長にたしなめられた事もあったほどだったからだ。
◇◇
「聖女の、セリファスの血筋の方が不用心に、人通りのある場所を出入れするものではありませんよ」
そうお髭が、お爺さんの様にもっさり生えた彼に言われた。
「聖女はもう一人いますし、祖父の領地のローリエにそんな危険があると思いません。はい、クッキーです食べて」
「あぁ……、って貴女は、またこんなものを昼食としているのか?」
「それは、マーク団長の分ですよ。私はちゃんと食べました。マーク団長と違ってね。では」
「あぁっそれは、サンキュ」
そう、扉を閉める間際、彼はクッキーを持つ手を上にあげ、言ったのだった。
◇◇
――そうやって、誤魔化した事もありましたっけ……。
そしてカリオスが入ってくる。
カリオスは入って来るなり、やはり周りを見回し、必要な物の再確認をしているようだ。とても彼も勤勉だ。そうでなければ、町など起こせない。
「カリオス、これ、レリオット司祭様にいただきました。治療に必要なもののリストです」
フェリーネは両手で持ってそれを渡すと、彼は片手で受け取り、丁寧に見ていく。
それを彼女は誇らしげに、手を後ろに結び見ている。
その後ろ姿が楽し気で、心待ち気であった。
それを知ってか、知らずか。カリオスはそれらに目を通すと彼は、フェリーネに向かって右手を差し出して来た。
…………。
しばらくフェリーネは、ぽかんと見つめると、『あぁ!』そう言いたげに、慌てて背中に結ばれていた手が解かれる。
彼女も右手を差し出し……、カリオスへと戸惑いを隠して握手をした。
カリオスに認められた。そう思う事と彼女は、すぐに誇らしげな顔になってくる。ふたりは固く握手したままで。
剣術の訓練で豆がができ、そして潰れていったのだろう皮のかたい手のひら、そして温かな手はとても大きく頼もしい。
フェリーネは、子どもの様に無邪気に握手をしているが、真面目に握手を求めるカリオスがおかしく――。
そしてその様子を、オリビアが見て目をそらした事を、フェリーネも気付いていた。
「ミリア、もうすぐ患者が来る。ここを出ようか」
そう、まわりを一生懸命見ていたミリアに、オリビアは言った。
「私もおねえちゃんが治療をしている所を見たいわ。先生はこう言うのよ。『夢は何ですか?』って、おねえちゃんのお世話をするために、メイドさんになりたいと思ってたけど、冒険者にも、騎士にも、聖女様の助手もしたくて、したくて、選べない。だから見ていたいの」
そう彼女は、猫と同じ金色の瞳をしなから言うのだ。
あんな小さかったミリアが……。
胸にジンジン染み入るような気持ち、これは感動な気持ちなのかもしれないけど……。ミリアの言った事は、フェリーネにとっても大問題だった。
「それらの職業ってどうやってなるのでしょう……。けど、助手はライストファーでは、人不足だからいつでもなれるわ」
――ここで、ミリアの夢を叶えたい。そして今ならその夢を叶えられるだろう。
そう、フェリーネ言った。
それを聞いて、カリオスと、マルティーは息を吞んだ。
「フェリーネ様、それはそうですけど……」
そう、納得いかない風に話し始めたマルティー。
「……ミリアは早く大きくなるといいですね。本職としてではなくとも助かります」
「頑張ります!」
彼女は学校で覚えたのか、胸に手をやり敬礼をしている。
「それと、ミリアの面倒は僕がみますよ。初回は女性が多い方がいいだろうし」
「わぁーい、マルティーおにいちゃん、お外行きたい」
「……いやですよ、ミリアは欲しいものがると『欲しいわね……』って言って来るし」
そう、不安な事をいいマルティーは、部屋から出て行ったのだった。
続く




