36:境界線の監視基地
ミリアの歌声が聞こえてきていた。
教えて貰うかたちで、マルティーがそれに合わせて歌う。
それに合わせて、岩場の景色がガタゴトと音をたてて、後ろへと過ぎていく。
「えっ、えっ!?」
フェリーネは、ガタゴトと大きく揺れる、馬車のハリを慌てて掴む。
オリビアが慌ててやって来るが、心臓が早鐘をうち飛び出しそうだった。
「マルティー……歌うのはいいが、曲に合わせて手綱で馬を煽っているぞ……」
カリオスは呆れたような声をだす。
「あぁ……、あはは、すみません。ちょっと楽しかったので」
「駄目よ。マルティー、やっぱり私が運転してあげようか?」
フェリーネが、オリビアに手を引かれ千鳥足で、やって来た時には、御者台はそんな会話がされていた。
「いや、俺が変わろう。マルティー、監視基地で降ろす荷物の用意をしておいてくれ」
「はい、わかりました」
「カリオス様は、お歌をうたう?」
「いや、歌わない。聞いているだけでいい。歌ってくれ」
「はーい!」
そう、ミリアがまた歌い始める。
しかし彼女は、歌いながらもマルティーへついてくる様だ。
マルティーは全体的に髪が長く、わりと中性的顔立ちなので、いつもの気安さで彼についてくる。
カリオスが御者台の後ろの隙間をの上を行こうとする、ミリアの手を慌てて取って支えている。
「ミリア気をつけて」
「ありがとうおねえちゃん」
「ミリアを含め獣人は、獣の様なしなやかさで馬車の上でも、スイスイ移動できますからね。なんと、彼らの中でも戦闘職ともなれば、馬車から落ちても結構無傷だったって逸話もよく効きますよ」
「「ですが、あぶない」です」
マルティーの話を聞いて、大人、全員がマルティーを注意していた。
彼は頭を掻いて、こちらを見た。
「口がすべった様です。申し訳ない」
「いえ、ただ……、危ないものは危ないですし……、注意するにこした事はないと思いました」
そう言いなが、フェリーネは心をどぎまぎとさせていた。
同世代の友だちと、一緒に仲良く過ごすのはあまりなく、注意にしてはきつかったかしらと少しの反省をする。
しかし、彼は気にしないようで、キャビネットへ入ると、横にのびるハリにささっているチェックリストを、彼は手に取り降ろす荷物をチェックし、後ろへまとめていく。
「邪魔にならないように、ここで座って見ていてね」
「フェリーネもそこで見てて欲しい。ここで、怪我をされてしまえば、ローリエの卿とマーサ夫人に顔向けができないからね」
大人ぶってみた彼女も、オリビアからそうお願いされてしまった。
フェリーネは少し考えたのち、「はい……」と、静かにミリアの隣に座った。
そして、もうすっかり覚えてしまった。ミリアの歌を、小さな声で合わせて歌い始めた。
◇◇
フェリーネは子どもの頃は、修道院の日曜学校で学んでいた。
そこでもフェリーネは聖女の祖母を孫として、遠巻きに見られる存在だった。
彼女はいつも教師の修道女とセットで扱われ、彼女の前でみんないい子を装っていた。
もちろん乱暴な子も居たにはいたが、いつも遠く離れて座らされていた。
癒しの間に訪れた人々には、フェリーネはルールにそって注意していた。
けれど、今のこの気やすい間柄に、ふと、不安がよぎる。
――私はみんなの仲で、ちゃんと打ち解けられているかしら?
もっと誰かの役にたちたい。誰かに必要されるくらいに……。
その時、ガタッと揺れて、また、馬車が傾斜を登りあがって行く。
先程から何度か、そんな事があった。
そして馬車が少し行くと、馬の嘶きがあがり、キャビネットはガタンと揺れて止まる。
「どれ持って行きます?」
マルティーは持って来た荷物を持ち立った。
◇◇
今回の旅は幌馬車の二乗。
もう一乗の馬車には、多くの羊が乗っている。
こちら幌馬車には、ローリエで売るヤギのチーズや工芸品、家具など様々なものが縛られ置かれていた。そして人の世界と、魔物の世界の境界線、そこに建てられた監視基地への補給物資。
「そこの麻袋なのですが、持てますか?」
マルティーが指さしたのは、麻袋で作ったバックだった。肩にかける幅広の紐も付いている。
――これなら。
肩かけると、少しだけずっしりと肩に食い込む。
「じゃ、行きましょうか? ミリア」
そう言って振り向くと、彼女は一生懸命に麻の鞄を選んでいる。
――ふふふ、可愛い。
そんな事を考えていたフェリーネと、ミリアに影がふりそそく。
――うん?
「「その鞄は」」「俺が」「私が」と、二人がフェリーネの前に並んで言っていた。
カリオスなんて、ミリアが持った鞄にまでしっかり手を掛けている。
ミリアはその手を不思議そうに見て、カリオスの顔を見て、そして私の顔を見た。
「いや、あの……」
「貴方がたの分もあるので、フェリーネ様から奪うのはやめてください。そしてミリアはこれを。家族から預かった届け物をリーダーに渡すのが仕事ですよ」
チェックリストをもったマルティーが、今度はしっかり仕事に励んでいる。
「わかった」
カリオスはフェリーネに鞄を預け、マルティーからまた、別の鞄を受けと取ると、さっさとついて行ってしまおうとしている。
が、やはり、幌馬車の降りる場所にとどまりこちらを見て止まった。
「ありがとうございます。カリオス、オリビアでも、持てます」
「ああ……」
そう言って少しバツの悪そうに襟首を掻くカリオスと、「持てそうになかったら、いつでも言ってくさいね」と言うオリビア言い、フェリーネは先程より軽くなった鞄を肩にかけた。。
「オリビアも持てそうになか……、オリビアに持てないものは、私には持てない……ですね」
「私は訓練うけてますから」
「私も、少し訓練した方がいいでしょうか?」
「そうなると、魔力の訓練ですが……」
そんな事を言いながら、ひょいと三人分の鞄を持ってしまうオリビア。
「無理する事はない」
「お前、それでは俺の持って行く分がなくなる」
そう言うカリオスは真剣で声で、レディーファーストなのだろうけど……。
そんな不器用な彼を、フェリーネは親しみを込めて見つめ、口角をあげた。
けれどそれに彼は気付かない。
オリビアが、根負けして鞄を手渡すのをただ待っていた。
「カリオス様、一度行って戻って来た方が、はやいですって」
そういわれ彼か幌馬車の、後ろ側から降りていった。
◇◇◇
荷物を届けに来たフェリーネを、境界線の監視基地に駐在している彼らは心よく出迎えた。
こちらに配属されているのは全員で十二名、両手の指の数より多い人数だ。
自前の服のライストファーと、町の住人ではない揃いの制服は、王国辺境騎士団の制服だ。
「聖女様に、ふたたび会えて感激です」
「一年前の討伐の際には、ありがとうございました」
そう、深く頭を下げられる。
王国辺境騎士団の方々は、命を懸けて前線を守ってくれた。だから、救えない命も多くあった。だから、この出会いは特別で、かけがえのないもの。
――けれど。
フェリーネ、カリオスを見て、彼は静かに頷く。
彼女は荷物をすぐ、空いた場所に置くと「健康診断を行います」と、言ったのだった。
「やべぇー、この鬼ぶり久しぶり」
「ちょ、馬鹿」
「やめろ!?」
この声は、真ん中の背の低い、女性的な顔の彼には見覚えがあった……。
「リベルト様……」
……彼は『もう、俺、先が長くないかも? 優しくして?』、『君の事、鬼聖女とか言ってるけど、僕はそう思わない。だから、ベール取って?』と、散々言って来た騎士だった。
「ご無事で、何よりです……」
少しだけ、フェリーネは苛つきを隠せなかったけど。
「聖女様のおかげです。へぇー、へぇー」と、顔をじろじろ見た後、「可愛い」と、指を差された。そして彼は他の騎士に連れて行かれた。
「剣のお手合わせを、願い出て来る」と言ってカリオスも消えた。
そしてやはり珍しく、フェリーネは短い深紫の少しだけ伸びた短い髪を首を曲げてくしゃっと掴んだ。
普通に考えて、苛立っているんだろうな。というのは、周りに伝わる。
「では、ライストファーの自警団の皆さんから、健康診断いたしましょうか」
そう、フェリーネは笑顔でいい。自警団の彼らはどぎまぎしていた様に思えなくもなかった。
続く




