34:終わりのある夢
季節は、夏へと進んで行く。
町に住む人々の治療も、ひと段落つこうとしていた。
この地に出来た、新たな癒しの間。
カリオスの屋敷の地下の礼拝堂の設備も、街の人々の協力で家具が揃ってきていた。
フェリーネは午前は往診、午後は礼拝堂での治療。
ミリアは学校へ行って、気が付けば宿屋の入口で本を読んでいたり、勉強を家令のグリムや、マルティーに見て貰ったりしているようだ。
レストランで、マルルさんと料理を作っていたこともある。
そして夜、話を聞けば――。
「親戚がいたの……、一緒にこちに来たけど、うちのお父さんと、お母さんは王都へ、行ってしまったらしいけど……」
「剣や弓の武器を使う練習を始めるか、攻撃魔法か、どっちかを詳しく学ぶか選択しなくちゃだめなんだって、先生の家が西と東に離れてて、どっちともあまり近くないから通うのは大変なの」
そう楽しそうに話している。
フェリーネは「そうなの?」「で、どっちにするの?」と、聞いているが、時々はどちらかが先に寝てしまう事もある。
そうやって……ここ、ライストファーの生活は日常となっていく。
でも、終わりのある日常は、本当の日常ではないのかもしれない。
儚い夢。
それはカリオスを基本として成り立ち、彼女の心の中を万華鏡のように色づけていく。
でも、それは終わりのある夢?
◇◇
目が開く。ようにクローゼットは開かれて、その中の礼服に光が当たる。
「これは?」
「カリオスからだ。以前来たお針子。彼女たちが、彼に『礼服も用意した方がいい』と帰りまぎわに焚きつけて、『それなら』と言って購入したらしい。グリムに『カリオス様の事もできたら、注意して見ていてくださいますか?』と言われてしまった……」
オリビアはそう話しながら、剣を腰から外す。
そしてそれをサブで置かれている机の上に、真横に置いて、その前に座った。
彼女は、ミリアも一緒に大部屋に泊まっているので、部屋の中で帯刀して歩くのはよろしくない。
そう思ってくれているのか、室内では、剣を腰から外す。しかししばらくの間そうやって、不意の出来事に警戒しているようだった。
そしてフェリーネはふたたび、黒い礼服へと視線を戻す。
それは教会へ行ったり、お葬式に、結婚式にも、頑張れば行けるかもしれない。
「やはり、セオラ女神教団の修道女の制服では、駄目なのでしょうね」
「さ、どうだろう? カリオスの心など私にはわからない。わかりたくない」
オリビアは少しだけ、黒い瞳を動かしフェリーネの反応を伺う。
運が悪い事に、フェリーネが礼服を体に当て、オリビアに向かって口を開こうとしていた時で、彼女たちはお互いの視線を認識してしまった。
彼女は瞳を戻し、思わずふぅ―……とため息を漏らす。
誠実なオリビアだから、思わずこぼれたのかもしれない。
気まずい空気が部屋に流れる。
オリビアは、シオンの願いで、フェリーネとカリオスの心の距離を気にする必要があった。それをフェリーネも知っている。
しかしオリビアが彼女の騎士道にかけて、不粋な行為や、嘘は、本当に、本当にわずかだろう。
フェリーネを大切に思っているから、オリビアはまだ揺れ動くカリオスを思う気持ちに触れてくるこはない。シオンを好ましい男性だと、言って来ることも少ない。
だから、オリビアの思いでの中のシオンの話が、彼女の口にのぼるのは貴重なものとなっていた。
しかしフェリーネは違う。
彼女は辛辣な状況の中に居たという思いがある。
だから、シオンの話も知るべき事だった。
公言したくはないだろうが、カリオスの計画の中にあるのなら、助力を願う必要がある。何としても……。
だからフェリーネも、オリビアから目をそらし、姿見へと歩いて行く。
硝子の中の礼服は、華美ではないが、シルエットが美しくうっとりする。
美しいシルエット、柔らかな光沢のある生地に、そして黒いボタンさえ艶が、落とされ輝きを失っているが機能的なデザインだと思う。
そして今いるのは安全で、温かなカリオスの屋敷。
オリビアの、心の中の棘に触れるのは怖った。
彼女は鏡の前で、目を瞑る。
――今ある物を失うのが怖い。美しく、優しいもの中で過ごす生活の中で、頼りになるオリビア。その彼女の小さな棘に、触れる事もためらわれるほど……。
それほどまでにこの生活を大切にしているなら、このシャボン玉のような儚い夢が散ってしまうのなら……。
自分は何を思うだろう?
危険な瞬間、魔が差す時、祖母との別れの時、そこから道は狂った。
彼女は、礼服のかかっている木製の分厚いハンガーを握りしめる。
指はピリピリと痛みを訴える。
ハッ、と気づき、目の前の鏡を見れば、オリビアは再びこちらを見ていた。
彼女はクローゼットへ礼服を戻すと、オリビアの前に歩いて行き。
椅子を持ち運び、彼女の前に座る。
「綺麗な鞘の飾りですね……」
オリビアは、少しだけ驚く。
「この剣は、成人になった際にシオン様から貰ったものなんだ」
――そう彼女は言った。思い出を語る彼女の優しい顔。
卑怯になれるかわからない。腹の探り合いは得意じゃない。
だから、彼女が秘密にすべき事、それを解き明かす事もきっとできはしない。
それでも、彼女が守ってくれる。彼女と話す事はできる。
けれど、きっと、それは普通の事。
でも、下手なのだからこそ、そこから進めるしかないように思う。
あぁ、ミリアが居てくれればもっと楽な事なのでしょうね。
そう思いながら、彼女は話す。
夢の終わりはすぐそこ……?
そんな事、知らないわ。
◇◇◇
フェリーネが町にやって来て、どれほど経っただろうか?
時間は、止まる事なく進んでいた。
辺境の地、ライストファーに現れた第二の聖女の噂は思いのほか広がっているようで、王都近辺の町の教会からも、フェリーネに直接手紙が届くようになっていた。
王都にあるセオラ中央教会本部が、フェリーネをどう捉えているのかは、それらの手紙には書かかれてはいない。
フェリーネに対して真摯なお願いの手紙と、王都の治療希望者の人数の半分である三名の優先順位の高い患者についてと、病状深刻さを表すアルファベットが書かれているリストが入っているだけ。
さすがに、素性のわからない聖女に、治療して貰おうとしている貴族も、裕福な商人も居ないようで、命を懸けてやってくるような貧しい人々がリストを連ねるようになってきた。
しかし、その逆に辺境周辺では、貴族と裕福な商人が名前を連ねている。
それで、どこまで、正確に聖女であるフェリーネの偉業が届いているのか、推測する事が出来るようになった。
そこに、新しい問題も起きるようになった。
予約のない人々が、少なからずこの町へ押しかけるようになったのだ。
中には騙されて、有り金を巻き上げられてしまった者いる。
山賊のでるような辺境の地から、王都を目指せる者は金持ちだけ。
「やっと、聖女様の治療を受けられるようになったのに……」
そう考えただろう者たちと、町とのトラブルも増えてきていた。
だから、カリオスは門を造り、町を閉ざした。
それでも増える人の多さに、自警団も手を焼くようになった頃、フェリーネたちのローリエ行きが決まった。
そして新たなミッションも掲げられた。
ミッションとは――。
結界による魔物封鎖だった。
セオラ・ノーブルの最北は、魔物も拒む断崖絶壁になっている。
しかし一点、北の大地レスタードから侵入を許す場所があり、そのに第二の結界を張る事になる。
その第二の結界を張るのが、フェリーネ。
第一の結界は、一年目の国を挙げての魔物の討伐の終了後、王家の血を引く者が張っている。
それがカリオス ライストファーであり、彼がこの地へ縛り付けられる理由にもなっている。
それが終われば、やっと新たな道から、ローリエへと向かうことができる。
そしてフェリーネの祖父母と親族、そして教会で選ばれているだろう患者一同と会う事になる。
それが大きな目標だが……。
・フェリーネの噂が広がる中、進展の見えてこない、妹の誘拐犯についてどうなったか。
・各教会の動きはどうなったか? 聖女の資格について。
・そして王室については知る事は難しいだろうが、王国辺境騎士団との接触は控えている。
きっと大きな街ローリエで活動すれば、フェリーネが聖女の力の真実は今以上に人に伝わるだろう。決戦は今すぐ、なのかもしれない。
続く
※54話ほどまで書きためがありますが、添削する度にストーリが増えるので、全然もうすぐじゃないです。




