33:ローリエから訪れたお針子たち
シオン侯爵は、辺境の町を旅立った。
それから幾日か過ぎたある日、ローリエからお針子がやって来た。
準備を始める彼女たち、そのふとした仕草で花の香りが微かに流れ、部屋まで華やぐようだった。
「本日は、聖女様の衣裳を作るのための、測定にまいりました」
セイラの着ていたような、聖女の衣裳を作る。
彼女と並び立つために……。
言葉に表す事のできない、複雑な思いが沸き上がる。
そして彼女はお針子に言われるまま、下着の上から、あらゆる体の寸法を測られ始める。
こそばゆく、恥ずかしく、ときには顔を赤くして、フェリーネはうつむいてしまったりした。
「フェリーネ様は、聖女の衣装をどのように考えてらっしゃいますか? 全ての場面で使える便利な服でしょうか? 式典用と仕事着とで使い分けてらっしゃいますか?」
お針の彼女は肩の端から肩の端へ、メジャーをあてながら聞いてくる。
――新しく修道着を作るなら、数が必要だわ。
今のところ血に触れることはなかったが、辺境の地ではこれからはどうなるかわからない。
「今、とにかく枚数が必要です。ですから仕事着をお願いします」
メジャーを片手に、彼女は机に置かれた用紙に数字を記入していく。ペンが、紙の上を走る音が心地いい。
「はい。では、スカートどうなさいます? 可動域は狭まりますが、昔ながらの、くるぶしまでの裾の長いもの? 魔法使いの流行を取り入れて、ミニのスカートとローブを合わせたものもオススメですよ。 もしくは侍女や、メイドのようにひざ下ほどの丈で、エプロンを合わせて、汚れを防ぐ感じのものになさいますか?」
――ミニ!? ……セイラは、昔ながらのものだったけど……。
「それなら、ひざ丈のメイド服をお願いします」
「はい。承知しました。お披露目用に、上からかぶせるタイプの巻きスカートや、豪華なローブで着飾ることもできますよ」
そう言うと、別のお針子の女性が、デザインを取り出しテーブルへと並べて行く。
そして、目の前の彼女は、フェリーネの顔を見ながら説明していく。
デザインをかがげるお針子を見ながらも、フェリーネは目の回るような思いだった。
侍女のデザインはどれも美しい絵画のように色づけられ、一体どれほどのお金がかかるのかと、想像してしまう。
しかしフェリーネはそれを聞き終えると、数多くの美しい白い生地が並べられ始める。
しかしそれをゆったりと眺めている暇などなく、ふたたび計測され始めた。
測られ飽きれば、美しいデザインを見せられ、うっとり眺める。知識欲、購買意欲を誘う。貴族の遊びも兼ねているよう……。
そして……。
庶民の感覚しか持ち合わせていない、フェリーネに焦りが出てくる。
「では、生地と、その補強をする芯。そして乙女の夢のふくらむレース、そこへ通す事のできるリボンについも説明させていただきますね」
そう彼女が言ってくる。ふたたび計測が止まったようだ。
そして二人のお針子が、それぞれ手の中に布を広げ始める。
営業スマイルのニコニコとした笑顔を向けられながら、フェリーネの焦りはましていく。どれほどのお金が使われて、しまうのか考えるだけで恐ろしい。
オリビアの方を見るが、彼女は警戒を解かず警備している。
――こう言う事は、私一人で決められる事ではないはず。
彼女は、こぶしを強く握りしめた。
「あの……こういうことは、大勢の方に見ていただきませんと、カリオスに相談してまいります」と、肌着のシャツとドロワーズ姿で、部屋を出て行こうとする。
「その恰好では……」
そしてオリビアに止められる事となった。
「では、下着の生地はいかがなさいますか?」
お針子の二人は、やはり白い生地を持っている。
「えっと……」
フェリーネは、手に持ったチュニックを、そのままをかぶる。
そして、彼女たちのもとへ向かおうとしたが……。
「カリオス様にも、見ていただきますか?」
そう、やや言いにくそうに彼女はいった。
「「見ていただきません!?」」
彼女と、その後ろに控えていたオリビアは、一斉にそう否定した。
◇◇
彼の用意した場所で、後日、教会へ申請すればある程度お金は返金されるが、彼のお金が少なからず使われる。
それならば、彼の許可を取る必要があるはず。
というわけで、やはりカリオスは召喚された。
その際に、レストランで働いている、小さな種族のマルルさんとともに、お針子とカリオスは部屋の扉を開けるて入ってきた。
そして下着や、コルセットの打ち合わせを終えた。
もう一人のお針子は、生地をテーブルの上へ広げ始め、デザインの書かれた用紙を二人の前に差しだした。
じっくりとそれを見て、説明を聞いたマルルさんは立ち上がり、生地の置かれた机の前にやってくる。
「普通のメイド服と同じ生地がおすすめよ 一番使われてるものを見せて貰いましょう。いいわよね、カリオス様」
「ああ、フェリーネがいいなら。デザインもそのままでいい」
「あ……ッ、そうですね。そうしましょう」
――慌てていて、そんな事もわからなかったなんて…
…。
けれど、やっと決まった達成感と、じんわりとした疲労感を体に感じていた。その間に、「ああ、これにしょうか」と、カリオスの声。
あっさり終わり、彼に申し訳なくさえ思えもした。
しかし作業は終わったはず。その事に感動さえおぼえているフェリーネ。
そんな彼女の前に、淡いブルーのイブニングドレス手に、お針子は立った。
ビクッ!
彼女は驚きで、体が勝手に跳ねた。
――終わりがない!? 終わりがありません……。
「最後に、カリオス様、ご予約の品はこちらになります」
彼女が持つ淡い青のドレスには、しつけ糸がついている。
どうやら仮縫いの状態のようだ。
それにしても、首回りと、背中の部分に生地が使われていない様に見えるが……。
フェリーネは、驚きの感情を表さないようにしていたが、口は少しだけひらいてしまっていたかもしれない。目を丸くしていたのかも?
「生地の少なさを、心配に思ってらっしゃいますか?」
「えっ……、あっ、そうですね。職業柄気になります」
「うんうん、そのお気持ちわかりますわ。ですが……。今では、これくらいの露出が普通になっていて……。今まで『肌を見せるな』って常識から脱却した今だかこそ、今度は逆に首元をつめた衣装を身に付けると、少々無粋と言われてしまいますの。しばらくすれば、収まる考えだと思われますが。デザインとともに、そうカリオス様に手紙でしたため、露出を最大限に抑えたこのデザインで、OKをいただきました」
そう言ってドレスのシルエットのについて説明し、雇い主のカリオスのフォローもお針子は忘れない。
「どうだろうか?」
そう、珍しく不安な顔で彼は、フェリーネに問い掛けた。
「既製品のパターンを使用してますが、フェリーネ様の髪の色、目の色に似合う、ドレスの色と素材を選んでおります」
――無粋なものになってしまう……。ここで誰かに悪く思われるのは得策じゃない。味方を作らなきゃ。
それに……。
「着てみたいです。色がとても素敵ですし、きっと着てみればシルエットもきっと綺麗なのでしょうね」
触れれば生地はとてもやわらく、窓からら入り込む日の光でキラキラと光っている様でさえある。
そんなうっとりする様に、渡されたドレスを眺める。
「では、領主様には部屋から、でていいただきましょうか。やはり男性の方には、お嬢様の中途半端な姿は見せられません。社交の場で美しいお嬢様をお見せしますわ」
そう、お針子は言った。
握った手のひらを逆の肩へ、顔を隠すようにやっているカリオスへ。
「それは……、あぁ、わかったよろしく頼む」
フェリーネの事を見ていた彼は、すぐに背を向け逃げる様に、部屋から出ていった。
「「うふふ」」
マルルとお針子二人は顔を見合わせて、笑っている。
フェリーネは、不思議に思う様に三人を見た。
そしてオリビアを見たが、彼女は考え込むように立っていた。
そして手の中のドレスを見た。
やはりそれはきらきらと美しく、フェリーネを魅了している。
続く




