29:聖女の訪問治療
戦争で人をもっとも殺したら、英雄となる。
勇者とは勇気をもって、強力な敵を倒すこと。
そして辺境の地の子どもたちは、自分たちの住処を守るために切っ先の鋭い剣を握る。そしてミリアとしても、同様だった。
「学校で、剣を握る事になるんですか?」
「あぁ、模造の剣だがな。小等部では普通に授業では取りいれている」
カリオスから、無料で学べる学校の話が出たが、子どもの少ない今は、小等部と、中等部が同じ校舎で勉強しているらしい。
フェリーネと、カリオスと、オリビアは川岸の道を歩いていた。
町は、川幅は広いが、膝ほどの水量の川に沿って家が建ち並んでいる。
魔物からの襲来に備えてか、交通の便が恐ろしく悪い。
だから今日も、聖女の診療の訪問も大変で、今日、二回目の坂を降りたばかりだった。
「危なくないのですか? ……やはり騎士にするために?」
「小等部では、まだ危なくないようになっている。町の戦力に育てている事に否定はしない。必要なんだ」
◇
鉄の匂い、腐臭の匂いが、フェリーネの脳裏によみがえる。
岩場にはられた多くのテント、その内の聖女のテントには命の尽きそうな者ばかり運ばれて来ていた。
テントの一番奥のベッド、腹部を押さえた若い騎士が寝かされていた。
鎧を外され、どす黒い赤に染まった下着姿の上には、清潔な布が置かれ、それは今も赤く染まっていっている様だ。
不意に、顔に血の気のない騎士は、フェリーネの手首をぎゅうっと掴む。
「あっ、……大丈夫ですか? 安心してくださって大丈夫ですよ。聖女セイラ様もいらっしゃいますよ」
修道着の袖口は、赤色に染まっていく……。
その赤い手の、力強さが怖かった。
彼は若く、力も有り余っている。
そんな方を、死なせる事になるかもしれない。
彼の命の尊さが、時に、フェリーネの恐怖に変わる。
聖女は全ての人間を死の淵から生き返らせるの女神の化身ではなく、魔法で生き返らせる手段を持っているだけの人間だという事が、聖女自身には無力さと、ともによくわかる。
だから、今ベッドの上の彼の力強さが、『俺を殺すのか?』とフェリーネの自身へ問い掛けてくるようで、とても怖い事だった。
慣れたはずの鉄の匂いが、ふたたびむせ返る様で頭の中がクラクラとした。
「聖女様、ライストファーへと援軍を出すように伝えてください。我々と一緒に来られた……、カリオスだけが、あの地を守る事になるなんて、むご過ぎる……」
その時、フェリーネのふたたび思い出す。ここに寝かされている彼は、血の通った人間で、誰かの事を思っている事を。
治療をただ待つ存在ではない事を……。
「伝える事はお約束します。けれど、症状が安定した時には、貴方の口からもお伝えください。その方がきっと上官の方々に心が伝わります。きっと」
「ああ……、ああ……、わかった」
「もうそれ以上、喋らないでください。フェリーネ、貴女もよ!」
セイラの強い言葉が飛ぶ。彼女の額に汗が浮かび、黒いもやは目に見えて減っていた。それからフェリーネ自身も治療に加わり、完治を前にして軍医に引継ぎ、次の方のもとへとむかった。
カリオス様の話は、マーク騎士団長に伝えはしたが、その後、騎士団長にあっても、カリオスについて騎士から話を聞いたかどうか、聞けないまま……。
そして今ふたたび、フェリーネはこの地に戻って来ていた。
◇
模造の剣は危ないけれど、比べるべきは王都の危険さとではないはずだ。
ましてや教会の安全さとは違うはず。
「…………、そんな剣の稽古や勉強だけでなく、給食もでる。辺境の地ばかりやってる事ではなく。貴族、騎士の家系であればそれ相応の学校へ入る事となっている」
「ああ、シオン様も、私の兄も、幼い頃から剣を握っている。そして私も負けまいと、いつしか剣を握っていた」
オリビアはうつむき加減に、思い出を懐かしむ様にかたっている。
フェリーネ自身も方向性は逆だが、ミリアの年齢くらいには修行を始めていた。
「だから、ミリアにもですか? ……彼女が望めばいいと思いますが……」
フェリーネは立ち止まり、そう言った。授業で発言するように、はっきりと。
彼女の迷いは、彼女の知らない事への不安に対してだった。
戦う事自体は、ミリアと二人で歩いていた時、魔物が出て襲ってきたとする。
そうしたらフライパンが落ちていたら、フライパンを持ち、ミリアを逃がすだろう、きっと。
ミリア一人で、逃げれない状態ならば、フライパンを手に取って欲しい。
そうしなかったら助かった結果論で、現状を最大限に把握出来てたら、なんて難しくてよくわからない。
「そうか。獣人は運動神経がいい。立派な戦士になるものも多い」
「それは、彼女の選択で選ばせます。だから、素質があっても……ヴーン……」
血統、素質、幼い頃からの修行。フェリーネはすべて選択していない。
けれど、今も聖女になった事には後悔はない。
それにカリオスは無理強いはしないだろう。今、心配そうにオリビアと一緒に、フェリーネを、緑の瞳で見つめている。少しこちらが、考えすぎてしまったかもしれない。
「未来の事です。今から心配し過ぎても仕方ありませんね。カリオス、ミリアの事よろしくお願いします」
着古したチュニックのスカートに手を置いて、彼女は頭を下げる。
「いや、こちらこそ」
そう言って、彼の剣を握るためだろう、黒い手袋がはめられた右手が、彼女の前に出される。
その手に、フェリーネとオリビアの視線が集まった。
――この右手は?
その温かな右手は、フェリーネの右手を掴み、彼は涼しい顔で少し大股な速度で歩き出す。
えっ!? と、フェリーネにだけ、少々の焦りの色が浮かぶ。
「次の教会で終わりだ。聖女の治療はまやかしのたぐいではない、町の者に今一度知らしめて欲しい」
「はい、頑張ります!」
フェリーネは元気に返事をしたが、昨日の事を考えれば大騒ぎになってもまだましな、中庭であって少しだけ安心していた。あの様子なら、地下の礼拝堂で行えば感激のあまり逆に階段を踏み外しそうに思えたからだ。
「一応、五人ほど予定している。患者には伝えてあるが、飛び込みも入る可能性はある。すまんな」
「それよりカリオス卿、何故、手をつないでいるのだ?」
「少々急いでいる。貴公の主から自警団のアドバイスを貰うのに、昼食時を予定していたのだ」
前だけを見て、カリオスは答えた。
「時間は無いのか?」
オリビアの厳しい視線が、チラチラと彼を射貫くよう。
「そんな事はないが、相手が居るもので、最終の面会は夜九時を予定しているが、現段階で四半時《30分》ほど遅れている」
「なぁ、……貴公は、ここの要である自覚が無さ過ぎる! どうせそっから、書類の処理を始めるのだろう?! 体調管理も、領主の仕事の内なのですよ」
「いや、俺はサインをするだけだから」
人々を脅かさぬようにと、鎧ではなく、家門入りの金ボタンの付けられた白の騎士の制服を身に付けたオリビアは、腹の底から出る様な低い声を出す。
「家令が居ても、内容は確認するでしょう?」
カリオスは気にもとめない顔なのだけど、フェリーネはふたりの様子に、顔を最低限しか動かさぬようにして、目でその様子を追っていた。
しかし、オリビアの細く、長い指が、フェリーネの空いた右手に触れて――。
――!?
力強く握った。
「少々急ぎましょう」
「えっ? ええ、そうですね」
「うーん、すまない、助かる。フェリーネの辛かったら、おぶって行くからな」
「そんな登場の仕方絶対、嫌です!」
「では!」
そうオリビアの声と共に二人は、早足で歩きだす。
――ひぇええぇ……。
両サイドから、引っ張ってくれるので楽には、楽……なのだが、なかなか、すぐには足が追い付かない。
そうだから、ひぇぇえええぇえ!? と、思いながら、彼女はもう走ってしまっている。
「おんぶ致しましょうか?」
「抱えて行くか?」
何度かきかれ、首を左右に振る事しか……できなーい!?
転ぶ前に、教会には着く事はできたが……。
――ちょっと、こりごりです。
続く




