28:聖女の治療の下準備
行儀よく、具だくさんのトマトベースのスープを飲んでいたカリオス。
彼はスップーンを持つ手を止めて、フェリーネを眺めた。
赤いトマトの少しの酸味が、玉ねぎの甘みの溶け込むスープに時々あらわれる。
――温かくて、美味しい……。カリオスとは同じ鍋で煮込んだ料理食べて、一緒に治療を終えた人々を見送った。教会では考えられないなかった日々が、これから始まることがフェリーネには不思議で、尊い。そう思える。
マルティーはカリオスと、フェリーネの話を聞いて「雨の日は、中庭では困りますね」とそう呟く。
「けれど……、それだけではないのです……」
「そう言うと?」
「俺たちが治療が終わり教会の敷地から出ると、想定以上の村人が集まっていたらしく、自警団の連中が交通整理が行っていた」
「教会では予約とルールで厳重に決められていたのですが……。多くの寄付をしてくださった方の寄付金で、セオラ中央教会の活動費と、お金を出せない方の治療や孤児院の募金に回されていました……」
「お金については……」
カリオスが、パンを取ろうとしていた手を止め、静かに顔をあげる。
「そういうわけにはいきません。この地に新しい騎士団を発足しなければなりません。 たぶんうちが出来た以上、ローリエの騎士団へ資金が減らされ、彼らが他の地域にばらける事になるはずです。なら、こちらで受け入れた方が絶対いいですって」
聖剣であり、義を重んじるカリオスに、マルティー強い口調で現状を訴える。
「貰えるものは、貰った方がいいですよ」
たぶんいつもの様に、フェリーネの保護者としての言葉だっただろうが、マルティーとフェリーネにあっさり覆されてしまい、彼は呆然としていた。
――いつもきびきびしているのに、こういう時に戸惑うのは……、少々可愛らしいと、思えてしまう。うーん、変ですね。
「それからル―ルについては、聖女の治療は大きな怪我の方、財産の多い方と相性がいいんですよね。黒いもやとして見える体の破損、紫のもやとして毒や風邪のばい菌を視覚で見てるだけですから、初期症状を見落とす可能性が高いのです……」
「へぇー、そんな風み見えるんですね。妹さんもそうかなのかな?」
「どうでしょう? セイラ様は祖母の治癒の為の稽古へは来ませんでしたから。過去の聖女の研究をしている方が居るらしく。そちらで練習をされたかもしれせん」
「では、君が彼女の稽古をつければ、彼女の力は増す可能があるのだろうか?」
「かもしれません」
シオンは少し酔っているのか、フェリーネに絡むようにセイラの事を聞いてくる。
フェリーネはその事を聞かれるのは嫌ではないが、半分血を分けた姉妹でも、二人の心の立ち位置は遠く別れ、ミリアと比べると全く相手を知らないと言っていい。
それが自然で、残念と思う事もない。
しかし、その心の奥はフェリーネの心の傷に近すぎて、見ることさえ疲れてしまう。
無力さで、自分の皮膚に爪をたててしまいそうなほどに……。
「ですので、見る目と言ったら、いろいろな検査方法をお持ちのお医者さまにはかないません。出来たら皆さんに、ボランティのお医者様に病状の検査をお勧めします。一日の内に、病状が悪化する症状だったりすると、相性が悪く大変な事になるでしょう……」
「へぇーそうなんですね。女神の血筋は万能であるかと」
そうシオンが優雅に、ワインをもってそう言った。
――いつの間にワインを?
「私もそう思います。もしかしたら失われた治療方法があるのかも? そうだったらと思いますが、たぶん私では見つけられないでしょうね」
そう思いながら、刻まれたキャベツときゅうり、そしてサラダを眺める。
スープのトマトとサラダのトマトでは味が違う。治療についても、他の素材、他の治療の仕方など、別の力を引き出す引き金の効果が必要なんでしょうね……。
「ルールについては、教会から配布された物を持っている。しばらくはそれを基準よしよう」
「はい。私も住民の方々については、できるだけ体調を見ておこうと思います。それで、年一回は、日頃会えない方とも会っておくべきと考えますが、方法はありませんか?」
「わかった。税金の支払い時期は、一緒にご同行願おうか」
――税金の時期、硬貨で出す場所や、農作物で出す場所の横で、椅子に座り住民の名簿を片手に病状を見ていくのですか?
……無くはないですが……。
「それでは普段の治療場所は、宿屋側の地下の礼拝堂を使おうと思っている。地下にあるため、立て籠もられたらと想定すると、やや危険な場所であるが」
パンをちぎるカリオスは、事件の対応を考えているように、少し上の空でパンを口に入れた。
「ホールでは、不特定多数の人間が入り乱れますからね……」
カリオスも、オリビアも腕を組み頭を捻って、考え込んでいる。
「魔法を仕込んでおくか」
「ですが、女神の力と、黒魔魔術の力、反発しあい、力が軽減される恐れはないでしょうか?」
オリビアがスープを食べる手を止めて、質問した。
「それは幸い無いと思います。この地で起こった魔物の討伐の際では、黒魔術師の方の描いた魔法陣で、治療をしてたりしましたから」
「では、魔法陣をひいておくとしよう」
辺境の英雄と、シオンとフェリーネの護衛である彼女は、どんどん警備について決めていく。
彼女は口には出さないが、フェリーネ自身を教会から連れ出したカリオスがとても真剣で、そういうとこらが少々面白い。そう考えてしまう。
――教会が、厳重な警備でなくて良かった。
そう思うと、やはり食べている料理がより美味しくなってくる。
「タオルと、ひざ掛け程度のものと、後、人が寝る台が欲しいのですが、高さはセオラ教会本部にあったやつと同じ高さほどの物が必要です。人に触れるわけではないので、あまり高かったり、低かったりすると……腰が……痛くなってしまって」
そう言う彼女は、恥ずかしさを誤魔化す様にスープを口に運び、上目遣いで、カリオスを眺めた。
「わかった。用意しよう」
「わかりました。カリオス様もしばらく忙しくなるだろうし、僕が確認しておきます」
「ありがとうございます。治療の用意も、治療させてくださる事も。今日、久しぶりに治療にしまして、人々が完治を喜ぶ姿や、風景に感動しました。改めて誇らしいと思えました」
そう言ったカリオスの手が、フェリーネの頭に伸びて来る。
オリビアの黒い瞳がキラリと光り、その手首をガシッっと掴んだ。
「カリオス殿……」
「何だ? オリビア」
「女性の頭は、そんなに気軽にいいものではありません!」
「そうなのか? 聖女に対し、『よくやった』と言うのは違うだろう『ありがとう』でも、ない。褒めるならどうすればいいのだ。甘いものは……」
――断りました……。
「そう思うのなら、騎士としてフェリーネに尽くせばいい」
鎧を今は脱ぎ、白いシャツとブラックのスラックス姿のオリビアは、ほぼカリオスと同じ姿だった。胸の上で、手を大きく開き、忠誠心を表している。
「俺は騎士ではないが?」
「「…………」」
一同は黙った。フェリーネも正解はわからない。
「ミリアは、デザートがあればいいよ。喜ぶよ」
彼女は、机の上の腕の上に顎を乗せている。
カリオスは静かに、腕を上げようとしたので、フェリーネが静かにその手を降ろす。
「先程、ケーキ頂いたので、カリオス、お菓子ばかり与えてはだめです」
「だめか?」
「だめです」
そんな事をふたりは言い合うのだった。
続く




