17:森の中での遭遇 1/2
山道を行く途中の木々の隙間から、遠く向こうの、走って来た麓の町並みが見える。
森の空気は澄んでいて、煙を撒き散らす街の風景と大違いだった。
けれど……、街で元気に走りまわり、ミリアをニコニコ元気にしてくれた、人里の獣人の子どもたちもまた見る事はできない。
いろいろな村で、馬をいれ代え進むなかで、馬たちは距離とともに個性的になる。一回り小さな馬に、大きな馬、筋肉質で頑丈そうな馬とさまざまだ。
そんな事に気づくのは、旅をしているからだ。
本当に夢のよう……。
そして、そんな馬たちを、巧みに御するカリオスとマルティー。
それをただ眺めるだけの日々が続けば、思わず口から出てしまう言葉があった。
「私も……、手綱を握れる様になりますか?」
キャビネットから顔を覗かせいた、フェリーネは二人に向かって聞いてみた。とんでもないという顔のマルティーと、ただ見ているだけに見えるカリオス。
「やってみるか?」
「とんでもない!? 聖女様ですよ」
――あっ、予想通り『とんでもない』と言った。
「はい!」
フェリーネがそう言うと、カリオスは立ち上がり、剣を握ってきただろう利き手で彼女の手をとり、腰に手を添える。
街でそうされたなら、きっと頬を赤らめる事だろう。
けれど、彼と彼女が居たのは馬車の上、安全上の行為とフェリーネも認識していたし、カリオスもそう思って居たのはだろう。
道は悪く、時に水溜まりを埋める行為か必要な辺境では、通常な事となっていた。まぁ、マルティーは腰は支えないけど――。
「うわっ、怖わ」
「びっくりしました」
そう言っている二人を、カリオスは警護が必要者と認識し、見守っている様子はあるのだけれど。
そしてフェリーネは、御者席の二人の男性の間におさまった。
「僕は、ーそろそろ休憩に入ろうかな……」
その途端に、マルティーはさも思い出しましたと言うように、そう告げた。
「お前の休憩はまだだ。フェリーネに少しだけ、手綱を握らせるから、そっちからサポートしてくれ」
「ですが、彼女は子どもの頃から修道院暮らしですよ。まぁ、聖女を抜きにしても、障りがあるんですよ通常ならば」
そう、フェリーネはそういうくくりだった。
しかし、それはこの道中の間だけは、瓦礫した考えになりつつあった。この旅に出るために、切り捨てた考えだった。
「マルティー、この先に山賊のねぐらがある。それなら、覚えて貰った方がいいだろ?」
「それなら仕方ないですが、火、かけられないといいですね」
「貴族の馬車じゃあるまいし」
「幌馬車に乗っている人間は、身代金で稼げないですよね。普通は……」
カリオスの言葉は、マルティーの表情に影を落としていた。
そしてフェリーネは隣りのカリオスを見て、過去の討伐での彼を語った言葉を思い出す。
「何故、行かせたのですかあの方を?!」
「カリオス卿はこの戦いで、王に忠義を見せねばなぬ時だ」
「とうとうか……」
「後ろ楯がないなら、そうなる」
「帰って来ることは無いだろう」
いつも無口な騎士でも、騎士見習いとそう変わらない年齢のカリオスの事を気にしていた。
フェリーネはカリオスの生還の知らせてを聞く前に、ロスト・ミューへ帰ったが、今、落ちついて聞いていられるのは、ここにカリオスが居るからだ。
「山賊ですか?」
「そうです。この先で、道がローリエの領地と、私たちの住むライストファーへ続く道と別れます。その分岐点となる場所に山賊が潜んでいるらしいのです。うちも討伐隊を出すのですが、目のいい奴がいるのか、討伐隊が到着する前に、他の領地へ逃げこみ、しばらく帰って来なくなるんですよ」
彼は、そう怖じ気づくるわけでなく、戦略を語るように話している。さすがに彼も、北の辺境に住む民ってところだろうか?
「それなら、余計に操るすべを教えてください」
「ああ……」
そうカリオスは物思いにふける様に、返事をした。
「まず、だが、この馬たちは賢い。御者台に座る者たちの、馬を扱う技量を問わず、ある程度はこの山道を進む事を長年の経験からわかっているはずだ。だが、目的地と、どこの道を通るかわかっていない。それを手綱で伝えるのがお前の仕事だ」
「はい」
フェリーネは熱心に聞いていた。
ついこの前まで、教会から出られない不自由さで心を焦げつかせていた。今でも馬車の操縦の仕方を知った後でも、一人で旅する事はできないだろう。
けれど、カリオスとマルティーがいるから、ミリアと一緒に旅ができる。だから、自身も誰かにとって役に立つ人間にならなければ。
それが無理でも、邪魔にならない思われるくらいはできなくては。
父に捨てられたフェリーネにとって、そうある事はとても大切なことだった。
祖母や、サラに大切に育てられても、父と会えば、つい瞳の中の自分の姿を探してしまっていた過去は、今とは遠い。
しかし、子ども頃の思い。それはフェリーネの心の何処かに、これからも残るだろう、きっと。
◇◇
そして馬車を操る練習が始まった。
「フェリーネ、聞いているのか?」
始めると真面目に聞いてたフェリーネが、カリオスの顔を見つめ感慨にふけっている様子を見せた。
「はい、貴方は祖母と同じ教え方ですね。とても懐かしい……」
「カリオスだ」
「そこはどうでもいいでしょう。カリオス様」
しばらく、彼はマルティーを見たが、少々難しい顔をしただけだった。そしてふたたび何事もなかった様に、説明は始まる。
どうやら、馬の口にハミという道具がはめられ、そこから左右、御者の手を通り手綱は一周するしく。
長さに余裕のある手綱を持つ時の持ち方、紐を通す方向、挟む指まで、手綱を離さないよう、馬に優しい手綱の使い方について一つ一つ教えてくれた。
それがすべて決っている事に驚き、「馬に優しくあるためにも、やはりルールは必要ですか……」とため息を一つつきそうな様子で、言っていた。
「一つ一つに、知恵がちりばめらいるのですね」
「今は四つ、街の往来を進めばもっと多くの命に関わるからな」
「そう言われると、責任重大ですね……」
フェリーネは興味本位で、言い出した事に少しだけ後悔した。緊急事態になった時、馬を力ずくで言うことをきかせる事ができるだろうか?
「今、しばらくは、森を切り開いたまっすぐな道が続きます。段差もないですし、練習にはもってこいですよ」
やはりマルティーが沈む、フェリーネに助言をする。
「そうでしょうか?」
そう言った時、あり得ないものをフェリーネは見た。
森の木々の間から、馬が顔を覗かせていた。
「カリオス!?」
フェリーネが、悲鳴の様な声をあげる。
その間にも、カリオスはマントを脱いで身軽になっていく。
「俺は後ろへ回る」
「僕は、フェリーネ様にぶっけ本番の手綱捌きの実技を行います! これを持って、火をかけられるまで走ってください!」




