15:そろそろ日常になった日々
幌馬車の旅も六日ほど過ぎと、色々わかる事が出てくる。
その中でも一番、フェリーネの頭を悩ます事は、自身の世間を知らずだという事だった。
まず食事なのだが、彼女は長い間、忙しい祖母やミリアと一緒に暮らしていく中で、修道院で作られる食事を食べて過ごした。
そして祖母が亡くなると、まず始めに家を取り上げられた。
それが新しい教会に建て替えられ、治療で貴族を相手に働く仕事が増えていく、変化が起こるたび、彼女のまわりから人が一人、また一人と、他の場所へ移動されていく。
最後には古い教会に、フェリーネと、ミリアだけ取り残された。
けれど、聖女としての修行や、その振る舞い方のみ勉強してきたフェリーネは、ぴかぴかに床は磨けるのだけど、皿の片付けが曖昧だったり、洗濯も見よう見まねで行う日々を過ごしていた。
しかし、日に日に、くたびれた恰好になってくるフェリーネに、セイラは貴族からの評判を恐れ、家庭教師、仕事中にミリアを預かっていた修道女たちも二人の様子を見てこのままではまずいと、危機感をつのらせていった。
そしてそれぞれの人間が思いつめた顔で、アークエルの前に現れ、恐々と、だが切々と「お願いです。フェリーネ様のお側に、誰か一人でも付けていただけませんか?」訴えていく日々が続いた。
そしてアークエルの妥協点として、「そこまで言うのなら、ミリアをメイドとして育てあげればいいでしょう?」と修道女たちに返答を返したようだ。
アークエル自身が自分の手柄の様に、フェリーネにそう語った事がある。
それからは、ミリアに仕事を教えつつ、その手順を詳細にノートに書いて寄越してくれたので、少しずつ二人の様子はましになっていった。
しかしそれでも教会にいた。今までは、聖女としてほぼ孤立した生活を送ってきたフェリーネには、いまだに、世間を把握できていなかった。
旅の間、目だたぬように人通りの多い街に、立ち寄る事が多くなり、ふたたびそれが目立ちはじめたようだ。
ギルドのレストランでは、メニューそれを見て……。
「このメニューから、何でも選べるのですか?」
そう、カリオス達に聞いたのを、田舎の村から出て来たのだろうと思ったのか、ウェートレスの女の子はすぐに元気に答えてくれた。
「はい! 懐の具合に寄りますが、どの料理もお安くなってます♪」
「お金ですか……」
そう、フェリーネはメニューを見ても呟いた。
お金は教会から貰った給料を貯めていたが、これから何があるかわらない。
しかし節約しようにも、高いのか、安いのか。果ては持っている全財産の袋、一つ分あるお金について、いくらあるかわからない始末だった。
「好きなものは何だ?」
「オムライスー!」
「わ、私もオムライスが……」
そう言ったが、むしろ、ミリアがどこでオムライスというものを食べたのかさえ不思議だった。
教会の料理は野菜料理が多く、レストランのメニューを見ても知っている料理は少ない。
初めて食べたオムライスは、トマトの酸味と、久しぶりに食べた肉の味がほろりとして美味しい。そして久しぶりにお腹いっぱいになった。
そして食べたお皿の前で、初めてお金を払う事に、ドキドキ、ワクワクしていた。
「ありがとうございましたー♪」
レジスターのウェートレスの声のした方へ眼を向けると、ローブを来たカリオスが立っていた。
「帰るぞ」
そう言ったと思ったら、扉を開けて彼は出て行く。
「カリオス様……、じゃー僕らも行きましょうか」
「はーい」
「お金については、いいのでしょうか?」
――いいわけないのですが。
扉を出てから、彼女は、ミリアを間に、マルティーに並びそう問いかけた。
「お金、持ってるのですか?」
「はい」
そう言うと彼は少し考えて、「使った事は?」と聞いてくる。
どうやら先程の様子で、そう思ったのだろう。
「ないです……」
「では、使い方から学びましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
それからマルティー時間を見て、一通りお金の使い方について学ぶ事ができた。
けれど結局、カリオスはいろいろば場面で、フェリーネの代わりにお金を払ってくれる。『毎日の治療費だ』と言って受け取ってはくれなかった。
そして持っていたお金は、五か月ほどの給料分だそうだ。
二年分の衣食住が揃っていた状態で、治療の仕事に見合う給料なのかわからないままだ。
◇◇◇
「ローリエ、手、手」
母方の苗字を名乗っているフェリーネは、マルティーに注意を受ける。
見た事のない野菜の並ぶお店の前でつい、胸元に手を置いてしまう癖が出てしまった様だ。短い髪だけで全てが、誤魔化せるわけではないだろう。
――ちゃんとしなくちゃ……。
彼女は、キリッ、と目に力を入れてさり気なく腕組みをする。
そしてうなずく。
その様子は少し離れて立つ、カリオスそのままの姿だった。
一度、マルティーを見本にした事があるが、彼はすぐに気付いてしまう。
「どうしました ローリエ?」
「いえ、なんでも……」
だから、もしかしたら、気付いているかもしれないけれど、寛容なカリオスの真似する様になっていた。
そして今も真似しているカリオスは、何を買うか決めたようだ。
「これを頼む」
カリオス選び、竹のザルに入れたものは、じゃがいも、キャベツ、オレンジなど、そのまま煮つめるか、そのまま食べられるものを彼は好んで買っていた。
「じゃ、おまけフルーツを一つね」
そう言って店の主は、オレンジの様に分けられる果実をおまけでくれた。
「ローリエ待って!」
その声に呼び止められて、フェリーネが振り返ると、子ども二人が走って行った。
「また、違いましたね」
「もうすぐローリエ領だからな」
修道院で聞いた話では、フェリーネの祖父の領地は、祖父の苗字を持つローリエの一族が支配しているのに間違いない。
しかし本当の所、働きものローリエの一族が、領土を持っただけのようだ。
けれど、他国にも結構、ローリエの一族の○○○さんが多く住んでいるらしい。そんなローリエさん達は、結構温厚で働きも者なので、現状は迫害される事なく平和に住んでいるという話だった。。
だから、フェリーネがローリエの苗字であったとして浮く事がない。
「ライストファー領の南東にある、ローリエの領地に行く事は出来るでしょうか?」
「それは難しいだろうな」
そう言ってカリオスの深い緑の瞳が、壁に貼られている張り紙を見た。
『聖女セイラ セリファス様、腹違いの姉フェリーネに連れ去られる!』と、手書きで書かれた紙の隣に、フェリーネだろう似顔絵が貼られていた。
――誰?
ローリエの特長の赤い瞳、黒い髪が書かれているが、フェリーネとは似ても似つかない。絵の中の人物は、なんか怖い凄みのある顔をしている。
「ねぇーなんて書いてあるの? あの人、誰? 悪い人?」
「え……っと、それは……」
ミリアが隣りに並ぶ、マルティーに指さして聞いている。
それほど顔が似てない。
首都ロスト・ミューでは珍しい、特徴的な赤い瞳もローリエの親戚たちのおかげで、人々の中に埋もれてしまっていた。
「ローリエの領地へ行き、面会の場を整える内に他のローリエの親族たちに、総出でもてなされては煩わしくてかなわない。一度、ライストファー領へ行き、場を整えよう」
――人混みが苦手なのかしら?
フェリーネは彼の顎のラインを見つめ、そんな事を思う。
「行くぞ!」
彼はそんなフェリーネの腕を掴み、どんどん先へと進んで行く。
――甘い匂い。
市場のまわりに建つ、カラフルなお店たち。
その中の一つ。
くすんだピンクと白の縞々の布の屋根の上に、色あせたドーナツが乗っている。
その上に、屋号の描かれた看板がのっている。
そしてカリオスと並ぶ、フェリーネの目の前。
硝子のショーウインドウの中には、木製の台の上に、綺麗に並らべられたドーナツには、初雪の様な砂糖がふられていてとても美味しそう。
「ミリア、……」
彼女に向けた笑顔は、誰も居ない場所に向けられ、彼女の表情が氷ついた。
「カリオス、ミリアが居ません。探しましょう」
「大丈夫、マルティーがついているんだ。あいつは、ああ見えてしっかりしているんだ。信用してやってくれ。で、どれくらい食べるんだ?」
「えっ……チョコと、ドーナツの生地が食べたいです。後、カラフルな小さなチョコのふりかかっているのもいいですか?」
彼女は指さし選んでいく。
「全部で、六つか?」
「えっ? 全部で、三つです」
「そうなのか……」
「食べた事がありませんから」
「あら、そうなの? 北部に生まれてこのドーナツ食べないなんて、損していたわね……」
そう言って、黒いワンピースに、白いエプロン姿の、店の奥さんが顔を出して来た。
「あぁ、今から食べれば十分だろう?」
「じゃーいっぱい食べなきゃね」
「チョコとー、プレーンと、チョコチップね」
「後、プレーン二つ」
「じゃーおまけに、ストロベリー味ね」
奥さんは、白い紙の小さな袋に一つ一つ入れて、最後に大きな白い 紙袋に入れてくれ、いつも通りカリオスがお金を払ってくれる。
「はい、お嬢さんはこっち、恋人のお兄さんはこっちね」
――こっ、恋人……。
「あっ、ありがとうございます」
二人で荷物持って歩き出すと、カリオスが「女だってばれてるなぁ……」と、女性である事にばれた事に、注意が行ったようだ。
そこへ、マルティーがミリアの手を引き現れた。
「あっ、ドーナツ!」
「もう、買ったぞ」
「選びたかったー」
「買った中から、お姉ちゃんと一緒に選ばせてやる」
カリオスがそう言うと、「ネェーネェーどんなドーナツ買ったか見せてー?」と二人の前に立ち手を出す。
「落とすとダメだから後でな」
そう言ってミリアの横を通り過ぎるカリオスと、その後ろを歩いて行くミリア。
そうするとミリアの横に並んでいた、マルティーが「持ちますよ」と言うと、「私も持つ」と笑顔でミリアが振り返る。
結局、念のため持って来ていたリックに入れて、ミリアが運ぶ事になった。
「それにしても出掛け先で、甘いものがあれば多く買い込み、ふるままおうとする癖は、今だ抜けない様ですね……」
「甘いものだけではないがな、お前はいらないのか?」
「いただきますよ。それにしてもミリアは凄いですね……。保存食の購入も難なくこなしてくれました」
「修道院で、お手伝いしてたもん」
そうミリアは腰に手を当てて、自慢げに話す。
「私もできます。カリオス?」
「ローリエは駄目だ」
「そんな……、いえ、何でもありません」
彼女は胸にチクリと刺さる棘が刺さったよう。
歩いて行くと、カリオスの歩く速度が遅くなり、彼女の様子を眺めているようだ。
――「何でもありません」とは、カリオスに告げたわ。大丈夫です? 気にしないで?
後ろからは、ミリアと空気を察したマルティーの楽し気な話声が聞こえる。ミリアの方が外の世界の空気に溶け込んでいっているのがわかる。
――私が、ミリアの面倒を見るはずなのに、このままではダメだわ。まずはカリオスの方へ向いて……。
「あの……だいぶ健康になられて良かったですね。このままいくと後、2回くらいで終われますよ」
「あぁ、そうなのか……」
結局は、セイラの補佐をしていた時のような事務的なことしか、口から出て来なかった。言えないよりは、ましかなと思ったが……。
「見つかると、ダメだ。と言う意味だ。そう拗ねるな」
そう言って頭をくしゃくしゃと撫でた。
――ひゃー。
「俺の分のどうなつも食べるか?」
そう、頭を撫で後、照れ隠しだろうか? 向こうを向いてしまった彼は言った。
「食べません。一緒にたべましょうか?……その方が美味しいので」
そう自分の心から出た言葉を、カリオスが悪く思いませんようにと、調節しながら話した。
続く




