14:聖女様の変装
国道の道を、馬車は北へと進んでいる。
その道のまわりには、収獲間近の小麦の畑が広がり、見渡す限りの緑色の中、点々と人々の住まいを見ることができた。
そして風が、緑の葉の匂いを連れてキャビネットを訪れる。
拍子抜けするほどの平和な旅を、フェリーネたちは続けて来た。
どこの関所でも、カリオスの身分証でキャビネットの中を検分されず、進む事が出来た。しかし、逆に考えると彼への行為が特別だった場合は、フェリーネたちの捜索を容易にしてしまうのでは?
そういった心配もあるにはあったが、世間的にはセリファス家に所属していても、治療のできないフェリーネの身分は、父、ライネアと同じ一般人だと思う。
だから、今まで特別な優遇も無ければ、ある程度の年齢になれば自己責任。そんな建前になっていた。
そしてフェリーネの存在を疎ましく思っていた、セリファス家からしたらフェリーネが行方不明になった事は、願ってもない事かもしれない。
人々の治療に関して考えなければ――だが。
そんな事を考えつつ、旅も首都ロスト・ミューから遠く離れた四日目となると、フェリーネのたちも随分気兼ねなく、キャビネットから顔をだし、カリオスたちに声をかけるようになって来ていた。
そしてそんな時、カリオスから提案されたのは、紐でウエストを絞るタイプの女性用のスラックスを着用する事。
そしてベストと、ローブを羽織る事をお願いされる。
彼から出された衣装を、ふたりの真ん中に置き、言い難そうにフェリーネに話しを持ち掛けるカリオス。
身分を誤魔化す事と、女性であると危険であると、彼は言い難いからなのか、真剣だからなのか、怖い顔をして語った。
「……そうかもしれませんね。教会でも、修道女が怒鳴られて、仲裁に男性が入ると、途端にぺこぺこと頭を下げる人を見たりしましたから」
そう言うと、カリオスは少し考えこむ。
「聖女様、悲しい話ですが、そう言う事は少なからずあります。若い男性でもそういう時はありますが、女性よりはまだましです」
「あぁ……」
カリオスが返事に考えあぐねている中、その横でパンを食べていたマルティーがすらすらと説明していった。
「では、着替えて来ます」
「新しい物ではないですが、洗ってきましたから、そこは安心してお着換えください」
「あぁ、よろしく頼む」
「はい、わかりました」
マルティーが口数の少ない、彼の言葉を補うように、補足していく。
「マルティーお兄ちゃん、私のピーマンあげる」
ミリアはピーマンの残ったお皿ごと、彼に差し出していた。
「ミリア、ピーマン食べてくれると嬉しいわ。 あー美味しい」
自分の皿からスプーンを取り、彼女の皿から半分ほどすくって食べた。
「えぇー……」
そう言ってミリアはお皿とにらめっこをし、彼女はスプーンを自分の皿に置き、幌馬車まで来ると、御者台へ荷物を置くとスイスイと上がって行く。
そして台に置いた荷物を取ろうとした時、道に立つカリオスと目があった。
「あっ……、登れるようになったのだな」
「えっと、頑張りました」
手に取った、衣装で顔を隠すように、顔を覆う。
けれど、頬がほんのり赤いのは彼には見えいるのかもしれない。
「では、行ってきます」
「あぁ……」
彼は照れたように、髪をかきあげる。
新しく作って貰った、布を引っ掛けるだけのカーテンをの裾を下に落した。
そして、すぐにフェリーネは座りこみ、誰にも聞こえない様な小さな声で「あぁ……」と、悲鳴をあげる。頬に少しごわついたスラックスの生地が触れていた。
ミリアが「よいしょ!」と、頑張ってあがって居るのは微笑ましいけれど、フェリーネだと想像すると全然そうだと思えない。
――これからは、後ろも確認するわ。
そう心に勢いをつけて、持って来た荷物を確認する。
生地は麻なのだろうけどゴワつきはなく、木で作られたボタンはとても可愛らしい。
スラックスはバザーで余りを貰った事がり穿いた事がある。シャツは少し大きいかな? 程度で持っているものとそう変わらなかった。
ただ……ベストの生地だけが、随分厚く補強してある。
そして……、まずスラックスを手に取り、着替えていく。
「胸が……」
ベストのボタンを留める時、厚い布は胸を押しつぶすような、圧迫する着心地になっていた。幸か不幸か、十分な食事のとれなかった日が多かった、瘦せっぽちフェリーネは少々気になる程度といった着心地だった。
彼女はボタン全て止めると、修道着で作った鞄の中を漁る。
内ポケットにある、小型のナイフを取り出し、結わえた髪を持ちあげて、髪の束にナイフを入れた。
しかし髪の束の厚みと、背中をそらす事で起こる不安定さで、ナイフは髪の束の半分も刃が入っていかない内に止まってしまった。
――結った髪を解いても、切る際に髪は逃げてしまうだけね。
しばらく考えたのち、彼女は結った髪から手を離し、ナイフをおろしケースへとしまい、膝の上に置く。
◇◇
「カリオス様……」
平民の服を着て、何故かしょげた声を出す、フェリーネをカリオスは見守った。
そして……彼女は御者台の上から、カリオスを見下ろし止まった。
いつもは、降りると時は、荷台に掴まって降りる彼女だけど、ローブ越しだが、男性にお尻を向けて降りていいのだろうか?
単純に恥ずかしい光景、そして不敬にもなりかねない……かもしれない。
幌馬車から出て来た彼女を、カリオスは黙って見ていた。
「おぉ聖女様、とてもお似合いですよ。ねっ、カリオス様」
そうカリオスに話を振るが、彼はフェリーネを見つめ「あぁ……」と、心もとない返事のみだった。
そして彼の手が、彼女の両脇に入る。
御者席の足場の場所から、脇に手を入れらて地上へと、彼が体をひねって降ろしてくれる。
――よくありません!! そんな男性が、女性にことわりも無しに触れるなんてもぉーー!?
「……ありがとうございます」
暫く、彼女の様子を伺うカリオスとフェリーネだったが、結局、彼女が折れた。
「私もやって!!」
驚き見ていたミリアも、本物の猫の様にすいーっとカリオス達の横をぬって現らわれ、そう言うっておねだりをし始める。
ちょっとジャンプなんてしちゃったりなんかして、可愛い、そして元気ね。
公園で子どもたちを眺めるお姉ちゃん、そんな様子で彼女は見ている。
地上から御者席の足の踏み場を、何故か、彼は二周くらいしていた。
そして見てた。フェリーネも、そしてマルティーも、彼も『女性に不用意に触れては……』って言っていたので、同じ気持ちになのだろうと思った。
――女性に、不用意に触れてはいけません。学んでください!
しかし……三回目の『もう一回!』とミリアが言った時、フェリーネは流石に止めた。
しかし、マルティーは「えっ?」と止める事に驚き、そして「あ? ああ……、そうだな」とカリオスは言ったので、学んでいただけななかったかもしれない?
――残念だが仕方ない。髪を切る事に先に終わらせましょう。
「これで、髪を切ってくれませんか?」
彼女は両手に、先ほどのナイフを置き見せている。
「と、とんでもない!? 修道女じゃあるまいし!?」
慌て、おののくマルティーを、みんなして見つめる。
だが、カリオスは、すぐにフェリーネに向き直る。
「一応、聖女は彼女たちのまとめる立場ですよ?」
「しかし!?」
――凄く、驚いている。そんなに大変な事なのでしょうか?
そう思案に暮れる彼女に、カリオスとミリアが声をかける。
「切るのか?」
「切るのー?」
思慮深いカリオスと、まん丸おめめのミリアの二人のコントラストを、彼女は見つめて目を細め、微笑む。
「はい、切りますよ。やはり男性とは、体格が違いますからねー。切って、より青年ぽさを出せたらと……」
「……そこまで、なさらなくとも……、ライストファーの領土には1週間ほどで着くのですよ……」
「マルティーさん大丈夫ですよ。髪など、すぐに伸びます。お願いします!」
「了解した……」
「あああぁぁぁ――――ぁ――!?」
「うるさーい!」
カリストはが後ろにまわったと思ったら、髪に触れた感触と共に、頭のかかる重さが軽くなった。手にはナイフが残っている。
「あっ……」
「ああ、できたぞ」
「凄い!? 早いですねー」
頭の後ろを触っても、今まであった髪がなく、首にかからない位で切られていた。
――なんて凄い、刃物の切れ味なの……。
「すごいねー」
「何やってんですか!? あんた! 聖女様と言えば王位第一継承の、結婚相手筆頭ですよ!?」
「髪はすぐに伸びる、一々叫ぶな……」
「カリオス様……」
ミリアは魔法のように、あっさりと短くなったフェリーネの髪を興味深げにふれようとしていた。
けれど身長が足りなかった様なので、フェリーネが彼女の前に屈むと、ミリアは軽くなった襟足に触れている。
そんな彼女たちの横で、切った髪を地面に置き、カリオスは手から出す魔法の炎で、一瞬で灰と化す。
そのカリオスになおも、くってかかるマルティーと、なんだかてんやわんやな風景になってしまった。
「あの……マルティーさん、どうですか男性に見えますか?」
彼女は、彼とマルティーに花咲く様に微笑みかける。
そんな彼女と彼の間を、カリオスの背中が遮る。
「……微笑む顔に、女性らしさがでている様だから、キリリとした顔を心がけた方がいい」
彼は難しい学問を語るように、視線を落とし、腕を組み合わせそう言う。
「なんで、僕が言われたんですよ?」
「そうだっただろうか?」
こそこそ話している二人。そんな二人の前で彼女は練習に余念がない。
――キリリとした顔、キリリと……。
フェリーネの中で思い浮かぶのは、聖女の仕事で他の教会へ行った際、『治療が遅い』と言われた際の対応だった。『なんとかしてくれ』と言われないよう。『態度が悪い』と言われぬよう。
ギリギリのラインの、言い方を思い浮かべ演じてみる。
――カリオス様、申し訳ありませんが、治療の速度はこれが精一杯です。
「カリオス様、これでいいですか?」
「俺の事は、カリオスでいい」
「じゃ……」
何か言おうとしたマルティーに、カリオスが厳しい顔向ける。
「……カリオス様……、何故、睨むのですか!?」
「他意はない、そろそろ出発するか。……、フェリーネその衣装は、町などで着てくれ、でも無理はしないでくれ。マルティーが言うように一週間もすれば着くのだからな。
「わかりました」
そう彼女は答え、フェリーネとミリアは顔を合わせうふふと笑った。
続く




