11:雨の日の旅立ち
梟の声が遠くの森から聞こえて来る様な、夜深く。
フードで顔は見えないが、夜の王と見紛う程の黒と紫のもやを纏う彼に、フェリーネは喜び、安心し声をかける。
「カリオス様、来てくださったのですね」
深夜、女神が舞い降りた教会で、顔を合わせた三人。それぞれ違う感情を抱え、お互いの顔を確かめるよに、互いの顔を見つめていた。
「君が、フェリーネなのか?」
いつも顔を覆っていた。ベール程の闇の向こうから彼が聞く。
「はい。これからよろしくお願いします。この子がミリアです。お掃除の才能のない私を、今までいろいろ助けてきてくれた子です」
闇の向こう、見えないだろうな。と思いながらも、ミリアについて一生懸命説明した。
――お願い、このまま「では、案内する」と言って……!
「あの……、私、人を癒す事しかまともにできませんので、この子だけが頼りなのです」
彼の言葉を待たずして、二人で行ける様にと、縋る思いで言葉を続ける。
「お姉ちゃん、そこは威張るとこじゃないわ」
目の前の彼から、私たちの様子や、表情を探るような視線を感じる。彼が特別な目を持っていなければ、朧気にしか顔はわからないのに。
「でも……、本当の事でしょう? ミリアのいい所をどんどん知って貰わないと」
「二人とも決心はついただろうか?」
「はーい」
「はい」
「では、自己紹介は後にしよう。明日の朝、お前たちが居なくなった事に気付かれるまでに、少しでも距離を稼ぎたい」
彼の言葉を聞いて、大きな疲れと、安心をフェリーネは感じた。どうやらミリアは、初めから旅のメンバーの一人に入っていたようだ。
彼の印象は治療の後、門の前で話した時のままで、ミリアの事が少し気になったが、今日は素直に彼の言葉に従っている。
今だに、気持ちに正直な彼女のしつぽは、警戒するように、スカートにそって垂れ下がっている。
それでも、そんな気持ちはおくびにもミリアは出さない。
――知らぬ間に、大きくなったな……。
フェリーネは、そんな彼女を追いかけ手をつなぐ。
雨に濡れた髪が、纏わりつく。
指で髪を耳に掛け、彼の後をミリアとついて行く。
人生にとっては大きな分岐点は、心臓の高鳴りと、雨の不快感がある中、とても普通に日常に溶け込んでいた。
「ここだ。ここを通れば、前に馬車が停まっている。俺も最後に行くが、困る様なら御者席に座る、連れに声をかけてくれ。あいつなら喜んで手を貸すはずだ」
「わかりました」
やや緊張した声をだす。
そんなフェーリネの腰にしがみつき、ミリアも『うんうん』というように、何度も頷いている。
外と、教会を隔てる壁の穴。
何度も教会側に、修理の申請をした場所から、這うようにして外へ出た。
何度も、「申し訳ございません。アークエル様が……」と、すまなそうな声の修道女たちの様子だけが、頭の中で映像として流れた。
手には小石が食い込み、泥がべったり手を覆った。
明日になればスラックスを見て、「あーあ」と後悔するかもしれない。
幌馬車の側面、大きな車輪がついている。
やって来る物、通り過ぎる物ではない馬車は何度見ても、ワクワクとする気持ちが違う。
――この、馬車に乗って……。
馬車にそって歩く彼女は、目の前を見て止まった。
ミリアが、誰かに話しかけている。
「これに乗るの?」
「そうだよ。怖い? でも、大丈夫、あのお兄さんは怖くても、僕は怖くないよ」
「怖くない、ってそうなの? 怖くないんだ……」
そう言った彼女も、フェリーネが彼女の所へ行くと、やはりフェリーネの腰にしっかり掴まっている。
「ちょっと、そこをどいてくれないか?」
「あっ、はい」
カリオスの声、二人して身を寄せ合うようにして、道を開けてば馬車に手を掛けて、高いそこへと、スイスイと登って行く。
しかし人や荷物が乗る、キャビネットは封じられていた。
どうやら幌馬車の後方に、入り口は無かったのは、そちらもソーセージの様に、巾着袋の入口の様に、紐で固く絞られて、そうなっていた様だ。
カリオスはそこを手に持って、悪戦苦闘をしている。
濡れているため、なかなか難しいのか、ついには御者席の彼も、手を貸し結びを緩めた始めた。
そしてふたりで手を入れ、一生懸命に入口の穴を大きくしていく。
「やっとか……」
「濡れてしまっては、紐も膨張しますからね……」
体の線の細い男性は、途中で御者席へ戻り、入り口の穴が広がる間も、前方やまわりに気を配っている。
そして一周まわって確認したからなのか、彼はまたふたたび、羊飼いの青年の様なひとなっこい笑顔をこちらへと向けて来た。
「聖女様、よくぞ呼びかけに答えてくださいました」
「あの初めまして、宜しくおねがします」
「初めまして、よろしくおねがいします」
明るい声の彼に言われ、サラテートとの対立を避けるよう動こうと思っているフェリーネは、少々の罪悪感を胸に抱き、少しだけ笑顔がぎこちなくなる。
その間にも、穴は大きく広がり、ぽっかりと一人分通れる穴が開く。
「では、挨拶はそのへんにしてもらって、風邪をひく前に、キャビネットの中へと入ってもらおうか」
カリオスは振り返り、フェリーネたちを促す。
厚着と、水を弾く様加工された生地で作られた、ローブだろうと思うが、濡れるなら彼らも同じ。申し訳ない気持ちになりはしたが、この日を逃せばもう後はないかもしれない。
「そうですね。では、お早く」
そういうと、彼は後ろに寝かせるていた弓と矢筒を手に取り、端へとずらす。
そこへカリオスが入って行くと、「まずは小さなお嬢さんどうぞ」と御者台に座いる彼が、ミリアへ手を差し出した。
果敢にも尻尾が下がったままのミリアは、前へと進み出る。
そしてフェリーネも一緒に、ミリアの腰を支えた状態で、腰の高さほどのステップへと押し上げる。
「よいしょ!」
身軽なミリアはするするとステップへとあがると、席を踏むことになるので、靴を脱ぐ。
カリオスはその靴を受け取り、キャビネットへと入っていく。
待っている間、御者席の彼は「お兄さん優しく出来ない事に、後から凹むタイプだから、お兄さんの方が大丈夫じゃないかもね?」と、笑顔で言う。
「そうなの?」
「たぶんね。強がりだからわかないけど」
「へぇー……」
ミリアは不思議そういにそう言うと、「片付けたのだが、足の踏み場があまりない」と言いながら、顔をだしたカリオスに手を引かれ、キャビネットへ入って行った。
「次は聖女様の番ですよ」
彼女は自分の胸元に手を置いて、差し出された手をしばらく眺めていた。
掴んだ先の未来の重みを、感じ足が踏み出せないように。
「はい、ありがとうございます」
しかし彼女も意を決して、差し出された手に、手を乗せ、その手を掴む。
「いえいえ」
「フェリーネです。あの子はミリア、これからよろしくお願いします」
「フェリーネ」
「はい、カリオス様も改めてよろしくお願いします」
「ああ」
彼女はカリオスの手を取って、入口のハリを支えに後ろのキャビネットの方へと入っていく。
そこは多くの荷物が所狭しと、積み重なって置かれていた。
「マルティーです。マルティー ホーネス」
彼に返事をする前に、カリオスが入口を塞ぐように立った。
「もぬけの殻が発見されるまえに、距離を稼ぐ」
「はい」
「真っ暗……」
ミリアの声が不安げに響く。
帆は、遠くの誰かの家の窓からこぼれる明かりさえ遮る様で、先の見えない暗闇が広がっているようにさえ見えた。
頭の横に何かがかすめると、しはらくしてホタルほどの明かりが灯る。
目の前に、ランプを持ったカリオスが立っていた。
そのコートに、ミリアがしっかり掴まっている。
「魔法屋で買ったものだが使ってくれ、上のかさの部分を回すと明るさが調節できる」
「貸してー」
ミリアが手を伸ばすと、彼はそれを手渡す。
「戦場で使える様になっているが、振り回すなよ」
「わかったー」
「危なくないんですか?」
「ああ、魔法だからな。燃える心配もないやつだ。知らない場所へ連れて行かれるんだ。明かりくらいあった方がいい」
カリオスはそう返事をすると、ミリアを見た。
彼女は尻尾を高く上げて、手に持つランプを掲げ、キャビネット内の荷物を観察している。
独特な香り、香辛料だろうか? 雨上がりの森の様な香りが漂っていた。
「寝る時は、御者台に沿って置かれている、あの箱にの中で寝てくれ、俺の身分証を使うが、キャビネットの荷物を検分される恐れもあるからな」
「わかりました」
「わぁーぁー、中、フカフカ」
ワインを入れる木箱を、並べただけの様にも見える大きな箱。
その箱に手を突っ込み、中のクッションをかき混ぜるようにミリアは遊んでいる。
「その中で、吐くなよ。布団はもうないぞ」
「はぁーい」
「わかりました」
それだけ言うと、彼はすぐに御者席へ戻ろうとする。
彼のローブを慌てて、フェリーネは掴んだ。しかし慌てて、彼女は手を離したが、彼の顔は怒っておらず、驚いた表情だった。
「ご、ごめんなさい」
「いや、いい。用があるのだろう?」
理由はわかる。わかっているはず、けれど驚いている自分の理由を探るのは止めて、カリオスにお礼をする。
「こんなに、ありがとうございました」
「ああ、風邪を引くなよ」
そう言うと、すぐに彼はキャビネッの入口を、跨いで出ていってしまった。
その後すぐに、帆の紐が引っ張られているようで、穴が小さくなっていく。
閉ざされる世界、その向こうに興味はあるが、それを確かめるのは今じゃない。
「ミリアはこちらへ来て、頭を拭いて、濡れた服は着替えてしまいましょう」
「はいー」
そうは言っても、コートの下に入れてはいたが、修道着の鞄も何やら湿気ってしまっていた。二、三枚だして、帆のハリにひっかけ干した。
そして残った。無事なものを選び着る事にした。
「お日様の下で、乾かすのは明日ね」
他の荷物が濡れないように鞄を置く。そして体が冷えないように、早々に箱の中へと入る。
「見て、ちゃんと毛布がふたつもあるんだよ。はいどうぞ」
「ありがとう……」
毛の長い毛布が温かい……。
ベッドよりは狭いが、クッションの柔らかさが気に入ったのだろう。
人が二人なら、少し余裕がある箱の広さの中で、ミリアは寝返をうつように、ゆらゆらと揺れている。
ライストファーの領地へは、一週間程はかかる。
――大丈夫かしら。
そう思いふけっていると、柔らかな耳が顎にふれた。
小さな寝息までが聞こえて来る。
そうすれば、まぶたがどんどん重くなる。
――昨日は、寝られなかったから……。
心地よい温かさに、堪えらえらず……、暗いキャビネットで……。
パタン! という木箱の閉じられる音が響いた。
続く




