第11話「慣れという毒」
訓練が、予定通りに進むようになった。
それは一見、良い兆候だった。
隊列は乱れず、魔法の連携も安定している。誰かが突出して失敗することもなく、全体の被害も少ない。
――うまく回っている。
少なくとも、外から見れば。
俺は訓練場の端で、いつものように全体を眺めていた。視線は前線、生徒たちの足運び、魔力の揺れ、詠唱の間。記録板には、簡単なメモだけを書き込む。
問題はない。
致命的な欠陥もない。
それなのに。
「……次、どうする?」
誰かが、セリアではなく、俺の方を見る。
ほんの一瞬のことだ。
だが、その一瞬が、胸の奥に引っかかった。
俺は答えない。
代わりに、配置図を指でなぞる。
「選択肢は三つある」
淡々と、可能性を並べる。
利点と欠点。
被害想定。
それを聞いたセリアが、判断を下す。
班が動く。
結果、問題なし。
訓練はそのまま終わった。
休憩時間。
ノアが隣に腰を下ろし、水筒を差し出してくる。
「最近、楽だな」
「……何が?」
「考えることが減った」
悪気のない声だった。
むしろ、安心した調子。
俺は、水筒を受け取りながら、ほんの一瞬だけ考えた。
「それ、良いことか?」
「え?」
ノアはきょとんとした顔をする。
「だって、アークがいるだろ。選択肢も出るし、判断もしやすい」
その言葉は、信頼だった。
だが同時に――危うさでもあった。
俺は、水を一口飲み、返した。
「俺がいなかったら?」
ノアは、少し考えてから答える。
「……その時は、その時じゃないか?」
軽い。
あまりにも。
午後の訓練でも、同じ感覚が続いた。
生徒たちは、動けている。
だが、自分から状況を見ようとはしていない。
視線が、俺に集まる。
問いかけが、増える。
――これは、依存だ。
俺が一番避けたかった形。
訓練後、セリアが声をかけてきた。
「今日、安定してたわね」
「そうだな」
「何か問題?」
鋭い。
さすがだと思う。
俺は、少しだけ言葉を選んだ。
「慣れてきた」
「それの何が悪いの?」
正論だ。
訓練は、慣れを作るためにある。
だが。
「考えなくなってる」
セリアは、黙った。
「判断する前に、“俺を見る”癖がつき始めてる」
空気が、少しだけ張り詰める。
「……それは、私の責任?」
「違う」
即座に否定する。
「設計の問題だ。俺の」
セリアは、腕を組んだ。
「解決策は?」
その問いに、俺はすぐ答えられなかった。
頭の中では、いくつもの選択肢が浮かぶ。
制限をかける。
距離を取る。
情報を絞る。
どれも、正しくて、どれも危険だ。
「……試すしかない」
「何を?」
「俺がいなくても、回るかどうか」
セリアは、俺を見つめた。
その目には、不安と理解が混じっている。
「わざと、情報を減らすってこと?」
「ああ」
「それで失敗したら?」
「失敗する」
言い切ると、彼女は小さく息を吸った。
「……嫌な役ね」
「慣れてる」
それは、強がりじゃない。
事実だ。
その日の夜、俺は寮の部屋で、これまでの記録を見返していた。
成功例。
失敗例。
改善点。
どの場面でも、俺がいた。
俺が考え、俺が整理していた。
それが悪いとは思わない。
だが、それが“前提”になった瞬間、この仕組みは壊れる。
戦場に、絶対はない。
人は、必ず欠ける。
もし、その欠けた一人が俺だったら?
答えは、明白だ。
――全員、止まる。
それだけは、許されない。
灯りを落とし、ベッドに横になる。
天井を見上げながら、静かに決めた。
次は、痛みが出る。
たぶん、責められる。
それでも。
この慣れは、毒だ。
今、抜かなければ、もっと深く回る。
俺は目を閉じ、明日の訓練を思い描いた。
少しだけ、不完全な形を。




