第12話「歪んだ信頼」
翌日の合同訓練は、いつもより少しだけ空気が重かった。
理由は単純だ。
俺が、ほとんど喋らなかったから。
配置前の簡易打ち合わせ。
普段なら、俺は状況を整理し、選択肢を並べる。
だが今日は、最低限の情報しか出さなかった。
「地形はここが高い」
「視界が悪くなるのは、この時間帯」
それだけ。
戦術的な最適解も、リスクの細かい数値も言わない。
セリアが、ちらりとこちらを見る。
一瞬、何か言いたそうにしたが、結局、口を閉じた。
「……分かった。私が決める」
判断は、早かった。
戦闘が始まる。
動き自体は悪くない。だが、微妙なズレが出始める。
想定よりも、前に出すぎる。
詰めが甘く、防御が遅れる。
「……くっ」
軽い被弾。
致命的ではないが、確実に余計な傷だ。
俺は、歯を食いしばった。
見えている。原因も、対処も。
それでも、言わない。
これは、必要な過程だ。
戦闘は勝利で終わった。
だが、歓声はなかった。
訓練終了後、空気が張りつめる。
「……今日、きつくなかった?」
第五組の生徒が、小声で言う。
「アークが、あんまり喋らなかったせいじゃないか?」
その一言で、視線が集まる。
責める色。
戸惑い。
そして、期待。
――言い訳すれば、楽だ。
でも、それをすれば、全部が元に戻る。
「……意図的だ」
俺は、はっきり言った。
ざわめきが広がる。
「どういう意味?」
「俺がいなくても、判断できるかを見た」
誰かが、苛立った声を上げる。
「ふざけてるのか?」
「怪我人が出たんだぞ」
正しい怒りだ。
だからこそ、俺は目を逸らさなかった。
「致命傷は避けた」
「それ以上の情報は、今日はいらなかった」
空気が、冷えた。
セリアが、一歩前に出る。
「……アーク」
その声は、責めていなかった。
だが、迷いも隠していない。
「信じてたから、判断した」
その一言が、胸に刺さる。
「分かってる」
だからこそ、続ける。
「でも、信頼と依存は違う」
誰かが、鼻で笑った。
「綺麗事だな。結果が悪くなってる」
「結果は、短期ではそう見える」
俺は、静かに続けた。
「長期で見れば、考えない集団は必ず崩れる」
返事はなかった。
理解も、納得も、まだ遠い。
その日の午後、クロード教師に呼ばれた。
「……やりすぎだな」
開口一番、そう言われる。
「分かっています」
「なら、なぜ続ける?」
俺は、即答しなかった。
「……今なら、取り返しがつく」
教師は、深く息を吐いた。
「お前は、自分が嫌われる覚悟があるか?」
「はい」
「信頼を失うかもしれないぞ」
「……それでも、必要なら」
クロードは、しばらく俺を見つめてから言った。
「では、責任も引き受けろ」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
夜、寮の廊下で、セリアに呼び止められた。
「今日のこと」
彼女は、まっすぐ俺を見る。
「理解は、できる。でも……」
言葉を探しているのが分かった。
「怖かった」
正直な声だった。
俺は、ゆっくり答える。
「俺もだ」
「なら、どうして?」
「それでも、先に進む必要があるから」
セリアは、目を伏せ、やがて言った。
「……次は、ちゃんと説明して」
「約束する」
完全な和解じゃない。
むしろ、溝は残ったままだ。
だが、それでいい。
信頼は、試されてこそ形になる。
歪んだままなら、いつか必ず折れる。
俺はその夜、記録に赤字で一文を書き足した。
――「情報不足時の判断精度:要改善」
それは、俺自身への警告でもあった。
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