第8話(閑話)「正しさの外側」
――私は、ずっと正しい側に立ってきた。
セリア・グランツ。
貴族の家に生まれ、幼い頃から魔法を学び、魔力量も属性も申し分ない。
努力を怠った覚えはないし、結果を出してきた自負もある。
だから、王立アストリア魔法学園に入った時も、当然の場所に立っただけだと思っていた。
上位クラス。
周囲から向けられる期待。
教師の視線。
それは、私が「正しい才能」を持っている証明だった。
――少なくとも、あの日までは。
合同訓練での失敗。
結果だけを見れば、大敗ではない。だが、減点と負傷者が出た。
問題は、そこじゃない。
「誰が、あの配置を考えた?」
その問いが出た瞬間、空気が変わったのを、私ははっきりと感じた。
皆が、同じ方向を見た。
――アーク・レイン。
魔力最底辺。
実技不能。
それでも、最近やけに“口を出す”存在。
彼は、前に出なかった。
言い訳もしなかった。
ただ、静かに立っていた。
その姿が、ひどく腹立たしかった。
なぜ、黙っていられるの?
なぜ、自分を守らないの?
「彼が考えた。でも、決めたのは私よ」
そう言いかけて、私は言葉を止めた。
――それは、嘘になる。
確かに配置を決めたのは私だ。
でも、判断の材料を出したのは、彼だった。
その境界は、あまりにも曖昧だった。
教師たちは、結論を急がなかった。
様子見。
保留。
それが、余計に重かった。
訓練後、私は彼を探した。
学園の裏手、訓練場の外れで、壁に背を預けて立っているのを見つけた。
「……ねえ」
声をかけると、彼はゆっくり振り向いた。
いつも通りの顔。
悔しさも、怒りも、表に出さない。
「あなた、どうして何も言わないの?」
問いは、責めるつもりで投げたはずだった。
でも、返ってきたのは、静かな声だった。
「言う必要がない」
「……どういう意味?」
「俺は、判断してない。ただ、考えただけだ」
その言葉に、胸の奥が、きしんだ。
正しい。
理屈としては、完璧に。
でも。
「それで、全部押し付けられてもいいわけ?」
「よくはない」
即答だった。
「でも、想定してなかったわけじゃない」
その瞬間、私は理解してしまった。
彼は、最初から覚悟していた。
自分が責められる可能性を。
自分が“都合のいい存在”になることを。
だからこそ、前に出ない。
だからこそ、名前を求めない。
――そんなやり方、間違ってる。
そう思った。
でも、同時に。
私のやり方こそ、正しいと言い切れるのか?
才能がある者が、判断して、前に立つ。
それが、この学園のルールだ。
でも、そのルールの外側で、彼はずっと考えている。
誰も見ないところで。
誰も評価しないところで。
「……あなた、もう助言しないつもり?」
彼は、少しだけ目を伏せた。
「距離は取る。今のままだと、危険だから」
「それは、逃げじゃないの?」
きつい言い方になった。
でも、止められなかった。
彼は、首を振った。
「違う。設計の問題だ」
設計。
その言葉が、妙に重く響いた。
「責任が集中しすぎてる。戦場で、それは致命的だ」
――戦えない人間が、戦場を語る。
昔の私なら、鼻で笑っていただろう。
でも今は、笑えなかった。
彼の言葉は、正しい。
悔しいほどに。
私は、その場を離れた。
背中越しに、彼が何か言う気配がしたが、振り返らなかった。
寮に戻って、一人になってから、胸がざわついた。
私は、正しい側にいる。
でも、その「正しさ」は、誰かを守っているのか?
才能がある。
前に立てる。
判断できる。
それは、責任を引き受ける覚悟と、釣り合っているのか?
アーク・レイン。
彼は、戦えない。
でも、逃げてもいない。
正しさの外側で、彼はずっと、世界を支えようとしている。
――それを、私は。
切り捨てていいのか?
翌朝、訓練場へ向かう途中、私は一つだけ決めた。
彼を、庇うつもりはない。
でも、彼の役割が歪むなら、正す。
それが、前に立つ者の責任だ。
初めて、私は「才能がある側」としてではなく、
「判断する側」として、一歩を踏み出した気がしていた。




