第4話「数字にならない価値」
その日の夕方、学園内の掲示板が一枚、静かに張り替えられた。
内容は、次週に行われる「合同模擬戦」の告知。
クラス混合、四人一組。評価は個人ではなく、班単位。
「……班評価?」
第七組の教室が、ざわついた。
今までの評価は、ほぼすべて個人だった。魔力量、属性、実技成功率。どれも数字で測れるものばかりだ。だから第七組は、常に不利だった。
だが今回は違う。
「勝敗と連携を見る、って書いてある……」
「連携?」
ノアが紙を覗き込みながら呟く。
「これ、ワンチャンあるんじゃないか?」
俺は、その一文を何度も読み返していた。
――班単位評価。
つまり、誰か一人が突出していればいいわけじゃない。
全体が機能しているかどうかを見る試験だ。
そして、それは――数字にならない部分が、初めて評価される場でもあった。
だが、期待より先に、現実が来る。
「班分けは、こちらで指定する」
翌日の朝、クロードが淡々と言った。
黒板に、班構成が書かれていく。
第七組の名前は、ばらばらに分散されていた。
意図は明白だ。
第七組同士を組ませない。
底上げではなく、吸収。
そして、俺の名前が呼ばれる。
「アーク・レイン。第五組班に合流」
教室が、一瞬だけ静まった。
第五組。
エリート寄りの中堅クラス。
そして――
「……あら」
振り向くと、そこにセリア・グランツがいた。
彼女と、同じ班。
嫌がらせか、試験か。
どちらにせよ、居心地が悪い。
模擬戦までの準備期間は、三日。
班ごとの戦術打ち合わせが許可されている。
第五組の打ち合わせ室に入った瞬間、空気が冷えた。
「で、何しに来たの?」
セリアが、はっきり言った。
他の二人――火属性の男子と、風属性の女子は、居心地悪そうに視線を逸らす。
「……班員だからだ」
「魔法も使えないのに?」
即答だった。
俺は、反論しなかった。
反論できる材料が、まだない。
代わりに、机の上に簡単な図を描いた。
「模擬戦のフィールド、ここが起伏になってる。風が乱れる。正面突破は不利だ」
セリアが、ちらりと見る。
「それくらい、分かってるわ」
「でも、あんたの火属性、ここだと拡散しやすい。威力が落ちる」
ぴたり、と空気が止まった。
「……何が言いたいの?」
「配置を変えた方がいい。正面は風に任せて、火は側面から回した方が――」
「ちょっと」
遮るように、風属性の女子が口を開いた。
「それ、どういう理屈?」
俺は、言葉を選びながら説明した。
魔力の流れ。
風の層。
火が拡散する条件。
話し終えると、沈黙が落ちる。
火属性の男子が、ぽつりと言った。
「……確かに、前の模擬戦で似たことあったな」
セリアは、腕を組んだまま黙っている。
眉間に、かすかな皺。
「……試す価値はある、か」
絞り出すような声だった。
三日後。
模擬戦当日。
俺は、開始前から戦場の端に立っていた。
戦えない。
出番はない。
だが、目は忙しかった。
相手班の配置。
魔力の揺れ。
開始直前の癖。
「……右、先に来る」
俺が言うと、セリアが一瞬だけ頷く。
それだけで十分だった。
戦闘が始まる。
風が正面を押さえ、火が側面から回る。
読み通り、相手は混乱した。
結果は、勝利。
大差ではない。
だが、確実に。
終了後、教師が評価を読み上げる。
「第五組班、連携良好。戦術理解が高い」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、静かに震えた。
数字は、呼ばれない。
俺の名前も、評価には出ない。
それでも。
打ち合わせ室を出る時、セリアが小さく言った。
「……今回の勝因、あなたよね」
俺は、首を振った。
「俺一人じゃ、何もできない」
「それでも」
彼女は、少しだけ視線を逸らしながら続けた。
「……数字にならない価値も、あるのかもしれないわね」
その言葉は、謝罪でも賞賛でもない。
ただの事実確認。
でも、俺には十分だった。
魔力十七。
最下位。
役に立たない才能。
それでも、確かに今。
俺は、戦場の一部だった。
数字にはならない。
だが、ゼロでもない。
その実感を胸に、俺は次の模擬戦の配置図を、もう一度頭の中で描き始めていた。




