第3話「役に立たない才能」
その噂は、静かに、しかし確実に広がっていた。
第七組の教室で、俺とノアが小声で話していると、周囲の空気が微妙に変わる。露骨ではない。だが、視線が一瞬こちらを向き、すぐに逸れる。その繰り返し。
「……最近、第七組で変なこと言ってるやつがいるって」
昼休み、廊下ですれ違った他クラスの声が、はっきりと耳に入った。
「魔法の流れがどうとか」
「実技もできないのに、口だけは一丁前らしい」
ノアが、気まずそうにこちらを見る。
「気にするなよ。俺は助かってるし」
「分かってる」
分かっている。
だが、慣れてもいない。
前世でもそうだった。結果を出していない人間の意見は、どれだけ理屈が通っていても「言い訳」か「負け惜しみ」に分類される。
午後の実技訓練は、クラス混合だった。
第七組だけではなく、第五組、第六組も同じ訓練場を使う。
つまり――比較の時間だ。
訓練内容は、魔力制御の基礎演習。一定距離の的に、初級魔法を安定して当てること。単純だが、実力差がはっきり出る。
第五組の生徒が、次々と成功させていく。多少のブレはあるが、全員が「形」にはしている。
それを見ながら、第七組の空気は重くなる。
「……始め」
教師の合図で、訓練が始まった。
ノアが前に出る。
水球は昨日よりも安定していた。歪みは残るが、崩れずに的へ向かう。
――惜しい。
俺には分かる。
あと少し、流れを緩めれば、中心が安定する。
「ノア」
思わず、声が出た。
彼が一瞬、こちらを見る。
「集める前に、一拍置いて。魔力、詰めすぎ」
ノアは頷き、呼吸を整え直す。
二度目の詠唱。水球は、今度はまっすぐ飛び、的の中央に当たった。
「……合格」
教師が短く告げる。
周囲がざわついた。
第七組から、合格者が出た。それも、昨日まで失敗していた生徒だ。
だが、次の瞬間、冷たい声が割って入る。
「今の、誰が指示した?」
振り返ると、第五組の生徒――セリア・グランツが立っていた。整った顔に、隠そうともしない苛立ち。
視線が、一直線に俺へ向く。
「あなた?」
逃げ場はない。
俺は一歩前に出た。
「……そうだ」
「ふうん」
セリアは腕を組み、俺を上から下まで見た。
「実技ができない人の助言で、たまたま上手くいっただけでしょ。再現性はあるの?」
正論だ。
反論できない。
「それに――」
彼女は続ける。
「あなた、自分では魔法を使えないんでしょう? そんな人の理屈、戦場じゃ意味がないわ」
周囲が静まる。
教師も、止めない。
ここは、評価の場だ。
俺は、喉の奥が乾くのを感じながら、言葉を選んだ。
「……意味があるかどうかは、使う側が決める」
一瞬、セリアの眉が動いた。
「逃げの言葉ね」
「かもしれない。でも」
俺は、訓練場を見渡した。
的に向かう魔法。歪む軌道。無駄に散る魔力。
「失敗の理由が分かれば、次は変えられる。それだけだ」
セリアは、鼻で笑った。
「理論だけなら、誰でも言えるわ」
「そうだな」
否定しなかった。
否定できなかった。
次の瞬間、教師が口を開く。
「そこまでだ。訓練を続けろ」
議論は打ち切られた。
結論は出ない。
だが、周囲の視線は変わっていた。
冷笑だけではない。困惑と、わずかな興味。
訓練の終盤、第七組の成功率は、明らかに上がっていた。
全員ではない。だが、昨日より確実に。
それでも、俺自身は一度も前に出なかった。
出ても、失敗するだけだ。
放課後、訓練場を出ると、セリアが待っていた。
「ねえ」
呼び止められ、足を止める。
「あなたの言ってること、全部が間違いとは言わない」
意外な言葉だった。
「でもね、学園は“できる人間”を評価する場所よ。できない人が、できる人に指図するのは――」
「滑稽、だろ?」
先に言うと、彼女は一瞬だけ黙った。
「……ええ」
それでいい。
それが、この世界のルールだ。
セリアは背を向け、去っていく。
俺は、その背中を見送りながら思った。
彼女は、間違っていない。
俺の才能は、この世界では“役に立たない”分類だ。
自分で戦えない。
数字で示せない。
結果を直接出せない。
それでも。
訓練場の端で、ノアが手を振っているのが見えた。
その隣で、第七組の生徒が、ぎこちなく笑っている。
少なくとも、ここには。
俺の言葉を必要とする人間がいる。
――役に立たない才能、か。
なら、その才能で。
“役に立たない”と言われ続ける限り、俺は考え続ける。
戦えない俺にできることは、それだけだ。
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