第31話「学園の外へ」
学園の門を出るのは、これが初めてじゃない。
だが、今回ばかりは意味が違った。
馬車の荷台に揺られながら、俺は無言で外の景色を見ていた。
舗装の甘い街道。
魔法で補強されていない木柵。
遠くに見える、低い城壁。
――守る前提で作られていない場所。
「……思ってたより、普通ね」
セリアが、小さく言った。
「学園の外って、もっと荒れてるのかと思ってた」
「平時は、こんなものだ」
クロード教師が、前方から答える。
「だが」
「一度、綻びが出れば、脆い」
今回の派遣先は、辺境都市リューデン。
学園から三日ほどの距離にある、防衛拠点だ。
名目は、実地研修。
実態は――人手不足の穴埋め。
それは、誰も口にしないが、全員が理解していた。
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
学園特有の、管理された魔力の流れがない。
代わりにあるのは、人の気配と生活の匂いだ。
「……人、多いわね」
セリアが周囲を見る。
「避難してきてる」
クロードが、短く言う。
「最近、魔獣の動きが活発でな」
「周辺の村から、人が流れ込んでいる」
視線の先。
城壁の内側に、簡易テントが並んでいる。
老人。
子ども。
疲れ切った大人たち。
学園では、見なかった光景だ。
「アーク」
ノアが、声を潜めて言う。
「……これ、演習じゃないよな」
「そうだ」
即答する。
「失敗したら、誰かが死ぬ」
誰も、言い返さなかった。
防衛拠点の詰所に通される。
中は、慌ただしかった。
地図。
補給表。
負傷者の名簿。
そこに、一人の男が立っていた。
傷だらけの鎧。
疲労の抜けきらない目。
「……学園生か」
低い声。
「俺は、カイン・ローディア」
「この街の防衛隊長だ」
視線が、俺に向く。
「聞いている」
「戦えない戦術担当、だな」
遠慮のない言い方だった。
「はい」
否定しない。
「正直に言う」
カインは、腕を組んだ。
「現場に、余裕はない」
「甘い設計なら、即切る」
脅しではない。
事実だ。
「理解しています」
「なら、聞く」
彼は、地図を指した。
「今夜、北側で動きがある」
「少数の魔獣だが、住民が近い」
セリアが、息を呑む。
「住民避難は?」
「間に合わん」
即答。
カインは、俺を見る。
「どうする?」
問いが、投げられた。
――早い。
学園より、ずっと。
俺は、地図を見つめる。
撤退線。
避難路。
戦闘区域。
学園の設計は、ここでは通じない。
だが、捨てるわけにもいかない。
「……確認させてください」
まず、問いを置く。
「防衛隊は、何人動かせますか」
「二十」
「だが、疲労が溜まっている」
「学園生は?」
「十数名」
「実戦経験は、ほぼゼロ」
数字は、厳しい。
俺は、ゆっくり息を吐く。
「正面迎撃は、危険です」
カインが、眉をひそめる。
「他に?」
「引き込んで、切ります」
短く答える。
「住民側に、二重の退路を作る」
「戦果は、捨てる」
セリアが、俺を見る。
ノアも。
――もう、戻れない。
カインは、しばらく黙っていた。
やがて、低く言う。
「……損は?」
「出ます」
正直に言う。
「ただし」
「守る対象は、限定できます」
沈黙。
詰所の外で、子どもの泣き声が聞こえた。
カインは、歯を食いしばり、言った。
「……分かった」
「やってみろ」
責任を、現場に返す判断だった。
俺は、頷く。
「判断は、現場で行います」
「俺は、設計だけです」
「それでいい」
彼は、そう言った。
夜が、近づいている。
学園の外。
本物の現場。
ここでは、
「全員が帰る」は保証されない。
それでも。
俺は、線を引く。
――戻れる可能性が、ゼロにならないように。
戦えない戦術担当のやり方が、
実戦で通じるかどうか。
本当の試験は、
今、始まろうとしていた。
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