第30話「全員が帰る」
特別演習の翌日、学園は妙に静かだった。
騒ぎ立てる者はいない。
勝敗を誇る声も、悔しさを吐き出す声もない。
代わりに、皆が“考え込んでいる”。
それが、今回の演習の後遺症だった。
午前、全参加者が大講義室に集められた。
教師陣、学園上層、そして軍部関係者。
全員が揃う場は、久しぶりだ。
壇上に立ったのは、エリス・マクナリーだった。
「特別演習の総括を行います」
彼女は、淡々と数字を読み上げる。
到達点。
処理数。
想定敵撃破率。
軍部案は、すべての数値で上回っていた。
誰の目にも明らかだ。
「一方で」
エリスは、言葉を区切る。
「人的損耗は、軍部案に集中しました」
会場が、静まる。
「重傷者二名。軽傷者三名」
「長期離脱の可能性あり」
数字は、冷たい。
「アーク・レインの設計による演習では」
「人的損耗は、ゼロ」
ざわめきが、遅れて広がった。
エリスは、続ける。
「戦果は低い」
「評価指標としては、不利です」
それでも。
「全参加者が、最後まで判断能力を維持していました」
ヴァルターが、腕を組んだまま言った。
「兵として見れば、未熟だ」
率直な評価。
「だが」
言葉を継ぐ。
「部隊として見れば、壊れていない」
それは、彼なりの譲歩だった。
リーゼ・アルフェンが、前に出た。
「効率を選んだ結果、人が欠けた」
「私は、正しい判断をしたと思っています」
一切の迷いがない声。
「ですが」
一瞬、間が空く。
「次も同じ判断ができるかは……分かりません」
その言葉に、会場がざわついた。
完璧な効率を体現する者が、
初めて“不確定”を口にした瞬間だった。
エリスが、結論を告げる。
「学園としての判断です」
空気が、張りつめる。
「アーク・レインの設計思想は」
「現行の評価制度には、適合しません」
否定だ。
だが――
「しかし」
「教育的価値があると判断します」
視線が、俺に向く。
「よって、戦術担当という役割を」
「正式な科目として設置はしない」
当然だ。
「だが」
「特例として、演習設計への関与を認めます」
ざわめきが、大きくなる。
それは、承認ではない。
だが、排除でもない。
――居場所だ。
エリスは、最後に言った。
「この演習で、最も重要だった点は」
「どの班も、“全員が帰ってきた”という事実です」
軍部案の班からも、異論は出なかった。
解散後、廊下でヴァルターに呼び止められた。
「……勝ったつもりか?」
「いいえ」
「だろうな」
彼は、少しだけ口角を上げた。
「だが」
「君の設計は、現場では使える」
それは、最大級の評価だった。
「近いうちに」
「学園の外で、似た状況が来る」
予告。
「その時」
「君のやり方が通じるかは、分からない」
「承知しています」
それでも、逃げない。
その日の夕方、セリアと並んで学園の門を出た。
「……終わった、のよね」
「一区切りだ」
「正直、勝った気がしない」
「それでいい」
彼女は、少しだけ笑った。
「でも」
「全員、帰ってきた」
その言葉が、胸に残る。
この演習で、俺は英雄にならなかった。
学園を変えたわけでもない。
ただ。
戦えない俺のやり方が、
“間違いではない”と示された。
次は、学園の外だ。
もっと数字が重く、
もっと言い訳のきかない場所。
――それでも、帰ってくる道を探す。
そう決めて、俺は歩き出した。
戦えない戦術担当の物語は、
ここから、次の段階へ進む。
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