第29話「選ばされる現場」
演習の最終日。
朝の訓練場は、これまで以上に静かだった。
ざわめきはない。噂話も聞こえない。
代わりにあるのは、張りつめた沈黙だ。
今日が、比較の終わりだと、誰もが理解している。
ヴァルターが、全体を見渡して告げた。
「本日の演習は、自由選択とする」
一瞬、意味が分からず、ざわめきが遅れて広がる。
「これまで提示した二つの設計」
「どちらに参加するかは、各自が決めろ」
選択権が、現場に投げ返された。
「教師や軍部は、介入しない」
「結果と理由のみを評価する」
それは、命令よりも重い。
俺の側に、視線が集まる。
だが、俺は何も言わない。
言えない。
これは、俺の思想を証明する場であって、
押し付ける場ではない。
生徒たちは、ゆっくりと動き始めた。
軍部案の区画へ向かう者。
俺の設計の区画へ向かう者。
その間で、立ち止まる者。
人数差は、歴然だった。
効率。
成果。
評価。
魅力的な言葉が、軍部案には揃っている。
俺の側に集まったのは、
セリア、ノア、そして数人。
少数だ。
「……少ないわね」
セリアが、ぽつりと言う。
「十分だ」
それ以上は、言わない。
演習開始。
俺たちは、いつも通り、慎重に進む。
だが、今日は違う。
誰もが、自分で選んでここに立っている。
「……正直、怖い」
後方の一人が、呟いた。
「でも、戻れると思えるのは……助かる」
それが、この設計の正体だ。
分岐点に差しかかる。
これまでで、最も深い。
敵反応は、濃い。
成果は、大きい。
「……行く?」
ノアが、セリアを見る。
セリアは、俺を見ない。
前だけを見る。
「……三分だけ」
短い判断。
「無理なら、切る」
進軍。
魔力の乱流。
詠唱の遅れ。
緊張が、走る。
「……限界!」
前線から声が上がる。
「切る!」
即断。
全員が、戻る。
誰一人、遅れない。
結界外に戻った瞬間、誰かが笑った。
「……戻れた」
それでいい。
一方、軍部案の区画。
深部まで踏み込み、高い戦果を記録する。
だが――
やはり、負傷者が出た。
演習終了。
全体集合。
ヴァルターが、静かに言う。
「どちらが正しいか」
「答えは、出ない」
教師陣が、頷く。
「だが」
言葉を継ぐ。
「今日、どちらを選んだか」
「それは、各自の責任だ」
生徒たちの表情が、変わる。
誰も、他人のせいにできない。
エリス・マクナリーが、一歩前に出る。
「学園としての結論を伝える」
空気が、張りつめる。
「――特別演習は、成功と判断する」
ざわめき。
「双方の設計を、今後の教育課程に反映する」
完全な勝利ではない。
だが、否定でもない。
視線が、俺に集まる。
「アーク・レイン」
呼ばれる。
「君の設計は」
「学園の“例外”として、記録に残す」
例外。
それで十分だった。
解散後、セリアが言った。
「……選ばされたわね」
「そうだな」
「でも」
彼女は、少しだけ笑う。
「私は、自分で選んだ」
それが、何よりの成果だ。
軍部案の区画から戻ってきた生徒の一人が、
こちらを見て、小さく頭を下げた。
後悔か。
納得か。
どちらでもいい。
この演習で、はっきりしたことがある。
俺は、正解を与えなかった。
勝利も、保証しなかった。
それでも。
判断を、現場に返した。
それが、学園に残るかどうかは分からない。
だが――
少なくとも、誰かの中には残った。
それで、この学園編は、終わりに近づいている。
次は、もっと残酷な場所だ。
――実戦という名の、現実が待っている。
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