第28話「問い返される側」
翌日。
演習場に向かう足取りは、昨日までとは明らかに違っていた。
重いわけではない。
だが、軽くもない。
誰もが、考えている。
自分が、どちら側に立つのかを。
集合の合図がかかると、教師陣と軍部関係者が前に並んだ。
その中央に、ヴァルターが立つ。
「本日の演習は、形式を変更する」
ざわめきが走る。
「これまでの比較は、十分だ」
「今日からは、“選択”を評価する」
視線が、俺に向けられる。
意図は、はっきりしていた。
――今度は、俺が試される。
ヴァルターが続ける。
「両陣営に、同一条件を与える」
「途中で、必ず“分岐点”を設ける」
「分岐点?」
誰かが呟く。
「前進すれば、高い戦果が見込める」
「だが、損耗の可能性が高い」
「撤退すれば、安全だが、成果は乏しい」
単純だ。
そして、残酷だ。
「どちらを選んだか」
「その理由を、後で説明してもらう」
評価されるのは、結果だけではない。
思考だ。
開始前、リーゼがこちらに近づいてきた。
「今日は、逃げられないわね」
「最初から、逃げてない」
彼女は、わずかに口角を上げた。
「あなたの設計」
「今日は、数字で殺される」
「かもしれない」
否定はしない。
「でも、あなたも選ばされる」
リーゼは、答えず、踵を返した。
演習開始。
俺たちの班は、慎重に進んだ。
魔力反応は、昨日までと似ている。
「……来るわ」
セリアが、低く言う。
前方に、明確な分岐点。
右は、敵反応が濃い。
左は、薄い。
「右に行けば、到達点は高い」
「左なら、安全」
ノアが、状況を整理する。
全員の視線が、セリアに集まる。
指揮官。
判断者。
俺は、何も言わない。
言えない。
セリアは、目を閉じ、短く息を吐いた。
「……左」
安全策。
班が、動く。
数分後、無事に結界外へ戻る。
損耗は、なし。
だが、成果も、最低限。
一方、軍部案の班。
迷いなく、右へ。
深部へ踏み込み、高い到達点を記録する。
だが――
やはり、負傷者が出た。
演習終了。
全体が、集められる。
「理由を述べろ」
ヴァルターの声が、響く。
まず、軍部案の代表が前に出る。
リーゼだ。
「高い成果が見込めた」
「損耗は、許容範囲」
「全体としては、成功です」
論理は、完璧だ。
誰も、反論できない。
次に、俺たちの番。
セリアが、一歩前に出た。
「安全を優先しました」
短い。
「理由は?」
「……戻ることを、最優先に設計しているからです」
ヴァルターが、視線を俺に向ける。
「君は?」
問い返される側になった。
俺は、静かに答える。
「成果を捨てる選択肢を」
「常に残しておきたかった」
「なぜ?」
「判断を続けるためです」
ざわめき。
「一度、成果を最優先にすると」
「次も、その次も」
「切り捨てが、前提になる」
ヴァルターは、しばらく黙っていた。
「……理屈だな」
「はい」
認める。
「ですが、今日」
「誰が“考え続けられた”かは、明確です」
沈黙。
教師の一人が、低く言った。
「……問いを投げ返されたな」
その言葉が、すべてだった。
この日、評価は出なかった。
勝敗も、優劣も。
だが、一つだけ、立場が変わった。
俺は、問いを投げる側から、
問い返される側に立った。
そして、それに答えた。
設計思想は、まだ折れていない。
だが――
世界は、より厳しい問いを投げ始めている。
次は、逃げ道のない局面になる。
それでも、進むしかない。
判断を放棄しない限り。
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