第26話「効率の化身」
四日目。
演習場に入った瞬間、空気が一段、冷たくなった。
軍部案の区画に、新しい班が加わっている。
編成は、整いすぎていた。
魔力出力、射程、詠唱速度。
役割分担が、最初から完成している。
「……あれ、別格ね」
セリアが、低く言った。
「軍部が用意した“見本”だ」
俺は、視線を向けたまま答える。
中央に立つのは、一人の生徒。
上位クラス。
年齢は、俺たちと大きく変わらない。
だが、立ち姿が違う。
迷いがない。
いや――迷う必要がない、と言った方が近い。
「リーゼ・アルフェン」
クロード教師が、名を告げた。
「今回の演習における、特別参加者だ」
ざわめきが走る。
名は、知れ渡っていた。
他学園の主席。
理論と実践を、完全に一致させる天才。
リーゼは、こちらを一瞥し、すぐに視線を外した。
興味がない。
それが、はっきり伝わってくる。
開始前。
彼女の班は、打ち合わせを一分で終えた。
「……早い」
ノアが、思わず呟く。
「無駄がない」
それだけだ。
演習開始。
リーゼの班は、躊躇なく踏み込んだ。
前線が開き、後衛が支え、即座に詠唱が重なる。
判断は、中央の一人に集約されている。
彼女だ。
「前進」
「二秒遅れ」
「左、切る」
短い指示。
全員が、迷いなく従う。
結果は、圧倒的だった。
到達点。
処理速度。
安定性。
すべてが、これまでの最高値を更新していく。
教師たちの視線が、完全にそちらへ集まる。
「……これが、効率」
エリス・マクナリーが、淡々と呟いた。
一方、俺たちは――
深追いしなかった。
「今日は、行かない」
セリアの判断だ。
「理由は?」
「比較対象が、明確すぎる」
「無理に張り合う必要はない」
賢明だ。
結界の外から、リーゼの動きを観察する。
美しい。
無駄がない。
だが。
「……前線、固すぎない?」
ノアが、眉をひそめる。
「崩れた時、戻れない配置だ」
俺は、頷いた。
その懸念は、現実になった。
深部での、想定外の魔力干渉。
詠唱が、一瞬だけ遅れる。
「……遅延、許容範囲」
リーゼの声が響く。
「続行」
判断は、正しい。
理論上は。
だが、次の瞬間。
「――っ!」
前線の一人が、膝をついた。
魔力枯渇。
「カバー」
即座に指示が飛ぶ。
だが、配置が詰まりすぎている。
戻れない。
魔力が、暴れる。
結界が、揺れる。
教師が、即座に介入した。
「中断!」
担架が、走る。
静まり返る演習場。
リーゼは、その場に立ったまま、動かなかった。
表情は、変わらない。
彼女は、正しい判断をした。
それは、誰の目にも明らかだ。
それでも。
人が、倒れた。
その光景を、セリアは黙って見ていた。
拳を、強く握りしめて。
「……完璧だったのに」
小さな声。
「そうだな」
否定しない。
「完璧な効率だった」
リーゼが、こちらを見た。
初めて、真正面から。
「あなたが、アーク・レイン?」
「そうだ」
「無駄な設計ね」
率直だった。
「効率を捨てて、安心を取る」
「それは、戦場では通用しない」
俺は、静かに答える。
「承知しています」
「なら、なぜ続ける?」
「戦場を、戦場のままにしないためです」
一瞬だけ、彼女の目が揺れた。
「……甘い」
「そうでしょう」
それでも、続ける。
「でも、あなたの設計も」
「誰かが欠ける前提で成り立っている」
沈黙。
リーゼは、視線を逸らした。
「……欠けない戦場は、存在しない」
「だから、作るんです」
「欠けにくい構造を」
彼女は、答えなかった。
その背中は、孤独だった。
効率の中心に立つ者の孤独。
ヴァルターが、俺の隣に立つ。
「……どちらが正しいと思う?」
問いは、珍しかった。
「分かりません」
正直に答える。
「ただ、一つだけ言えるのは」
視線を、担架の去った方向へ向ける。
「戻れなかった、という事実です」
ヴァルターは、黙り込んだ。
この日、誰も勝者ではなかった。
だが、思想の差は、はっきりと刻まれた。
効率の化身。
そして、非効率の設計。
どちらが未来に残るのか――
答えは、まだ出ていない。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




