第23話「擬似実戦の始まり」
特別演習の初日。
朝の訓練場は、異様な静けさに包まれていた。
いつもの掛け声も、軽口もない。
代わりにあるのは、張りつめた呼吸と、視線の交錯。
フィールドは二つに分けられていた。
一方は、軍部案による演習区画。
もう一方は――俺の設計による区画。
境界線は、一本の簡易結界だけ。
だが、その向こう側は、思想が違う。
俺の側に集まった生徒は、少数だった。
ノア、セリア、下位クラスの数名。
顔には、不安と覚悟が入り混じっている。
「人数、少ないわね」
セリアが、小声で言う。
「想定内だ」
数は、問題じゃない。
判断できるかどうかが、すべてだ。
開始前、俺は全員を集めた。
「確認する」
声は、静かだった。
「この演習に、正解はない」
「勝敗も、順位も、二の次だ」
ざわつきが起きる。
「目的は三つ」
指を立てる。
「一つ。状況を把握する」
「二つ。自分で判断する」
「三つ。必ず戻る」
誰かが、戸惑い混じりに聞いた。
「……それで、評価は?」
正直な疑問だ。
「分からない」
はっきり答えた。
「だから、他人の評価を基準にしない」
沈黙。
だが、誰も離れなかった。
開始の合図が鳴る。
フィールドに足を踏み入れた瞬間、魔力の密度が変わる。
結界の中は、視界が悪く、地形も複雑だ。
「……想定より、魔力が濃い」
ノアが呟く。
「いい気づきだ」
即座に返す。
「どうする?」
問いを投げる。
セリアが、少し考えてから言った。
「深入りしない。まず、周囲を確認」
判断が下る。
全員が、それに従う。
だが、従い方が違う。
“考えた上で”だ。
進むごとに、小さなトラブルが起きる。
魔力の乱流。
足場の崩れ。
詠唱の遅れ。
「戻る?」
俺が聞く。
「……まだ行ける」
セリアが答える。
数分後、前線の一人が息を切らした。
「……限界かも」
迷いが走る。
俺は、言わない。
代わりに、問いを返す。
「今、何を一番守りたい?」
沈黙。
「……全員だ」
短い答え。
「なら?」
「……下がる」
判断が下された。
撤退は、敗北ではない。
設計上、そうなっている。
結界の外に戻った瞬間、全員が深く息を吐いた。
「……戻ってこれた」
誰かが、呟く。
「それでいい」
俺は、記録板に時刻と状況を書き込む。
ふと、隣のフィールドが目に入った。
軍部案の演習区画。
動きは、速い。
洗練されている。
だが――
一人、担架で運ばれていくのが見えた。
セリアも、同じ光景を見ていた。
「……あっちは」
「効率はいい」
事実だけを言う。
「その代わり、戻れない時がある」
彼女は、唇を噛んだ。
演習は、まだ始まったばかりだ。
結果が出るのは、ずっと先。
だが、この時点で一つだけ確かなことがあった。
――俺たちは、判断して戻った。
それは、数字にならない。
評価表にも載らない。
それでも。
この擬似実戦は、
確実に“考える力”を削らずに進んでいる。
戦えない俺の設計は、
ようやく、現実の中で歩き始めていた。
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