第22話「逆提案」
特別演習の実施が告知されてから、学園の空気は二つに割れた。
参加する者。
様子を見る者。
そして、参加しないと決めた者。
どれが正しいかは、誰にも分からない。
だが一つだけ確かなのは――
選ばされている、という事実だった。
俺は、訓練場ではなく、空き教室にいた。
黒板に、簡単な図を描く。
前線。
後衛。
判断点。
撤退線。
派手さはない。
だが、線はすべて「戻れる」ように引いてある。
「……それ、演習?」
声をかけてきたのは、エリス・マクナリーだった。
学園上層の調整役。
感情を見せないことで有名な教師だ。
「設計です」
「軍部の?」
「俺の」
彼女は、黒板を見つめ、しばらく黙った。
「随分、回りくどい」
「安全です」
「効率は?」
「悪い」
即答だった。
エリスは、小さく息を吐いた。
「正直ね」
「その方が、話が早い」
彼女は、こちらを見た。
「逆提案をするつもり?」
「はい」
「通らない可能性が高いわよ」
「承知しています」
だからこそ、準備は怠らない。
その日の午後、会議室に再び集められた。
軍部、学園上層、クロード教師。
そして、俺。
ヴァルターが、腕を組んで言う。
「拒否したはずだが」
「しました」
否定しない。
「ですが、代替案があります」
黒板に、先ほどの設計図を写す。
「特別演習を、実戦に近づける」
「ただし、判断はすべて学生が行う」
「俺は、設計と検証のみ」
学園上層の一人が、即座に言った。
「それでは、責任の所在が曖昧だ」
「いいえ」
俺は、首を振る。
「判断した学生が、責任を負う」
「ただし、致命的な結果に至らない構造にする」
ヴァルターが、目を細める。
「……つまり、失敗を前提にする、と」
「はい」
「軍は、失敗を嫌う」
「学園は、死を嫌う」
一瞬、空気が止まった。
エリスが、静かに口を開く。
「続けて」
俺は、図の一部を指した。
「ここで、必ず撤退判断を挟む」
「前線が無理だと感じた時点で、戻れる」
「戻った後、検証を行い、次に活かす」
「戦果は?」
「二の次です」
はっきり言う。
「まず、“帰ってくる”ことを学ばせる」
ヴァルターが、低く笑った。
「……甘いな」
「そう見えるでしょう」
それでも、続ける。
「ですが、長期的には」
「判断できる人間の数が増える」
沈黙。
学園上層は、明らかに悩んでいた。
数字が出にくい。
評価しづらい。
だが、排除する理由もない。
ヴァルターが、口を開く。
「条件を付けよう」
視線が、鋭くなる。
「この設計で演習を行う」
「だが、同時に軍部案の演習も実施する」
「……比較する、ということですか」
「そうだ」
正面からの対決。
思想の。
「結果が出なければ」
「君の案は、ここで終わる」
俺は、頷いた。
「構いません」
会議は、それで終わった。
廊下に出ると、セリアが待っていた。
「……通った?」
「半分だけ」
「半分?」
「比較される」
彼女は、苦笑した。
「一番、面倒な形ね」
「いつもそうだ」
夕方、参加者が正式に発表された。
俺の案に参加する生徒は、少数だった。
不安。
不信。
それでも、手を挙げた者たち。
ノア。
セリア。
そして、数人の下位クラスの生徒。
人数は少ない。
だが、十分だ。
俺は、彼らを前に言った。
「勝たなくていい」
「上手くやらなくていい」
ざわめきが起きる。
「考えて、選んで、戻ってこい」
それだけだ。
派手な言葉は、いらない。
これは、証明の場だ。
俺のためじゃない。
――この世界に、別のやり方があることを示すための。
戦えない俺が、
戦場の“入口”を設計する話は、
ここから本当の試験に入っていく。
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