第20話「条件付き協力」
翌朝、呼び出しは唐突だった。
訓練開始の鐘が鳴る直前、クロード教師が俺の前に立つ。
表情は、いつもより硬い。
「来い」
それだけ言って、歩き出す。
理由は聞かなかった。聞かなくても、分かっている。
向かった先は、学園本棟の奥。
普段、生徒が立ち入らない会議室だった。
扉を開けた瞬間、空気が変わる。
長机の向こうに、三人。
学園上層の教師が二人。
そして――昨日、訓練場で視線を交わした軍服の男。
「座れ」
短い命令。
俺は従った。
軍服の男が、名乗る。
「ヴァルター・クロイツ」
「軍部戦術監査官だ」
声は低く、感情がない。
だが、無関心ではない目。
「本題に入ろう」
彼は、机の上に数枚の資料を置いた。
「君のやり方に、軍部が興味を持った」
「学園内での“実戦想定演習”を設計してほしい」
設計。
その言葉に、わずかに胸がざわつく。
「条件がある」
ヴァルターは、淡々と続けた。
「成果が出なければ、即終了」
「以降、学園内での活動制限を検討する」
――切り札扱いだ。
学園上層の一人が、補足する。
「これは“協力要請”だが、拒否権は事実上ない」
事実上。
便利な言葉だ。
俺は、すぐには答えなかった。
資料に目を通す。
内容は、効率重視。
達成率、時間、損耗率。
すべてが数字で並んでいる。
――人が、抜けている。
「質問があります」
俺は、顔を上げた。
「この演習で、脱落者は想定していますか?」
室内が、静まる。
ヴァルターが答えた。
「当然だ」
即答だった。
「実戦では、脱落は避けられない」
「学園でそれを経験させない方が、よほど危険だ」
正論だ。
だが――
「学生です」
短く返す。
「兵士ではない」
軍服の男の目が、細くなる。
「いずれ、なる」
「その前提で設計するなら、俺は不要です」
一瞬、空気が張りつめた。
「……どういう意味だ」
「判断を外注する設計は、長く持ちません」
「考える前に従う癖がつく」
学園上層の教師が、眉をひそめる。
「君は、軍部のやり方を否定するのか?」
「否定しません」
否定はしない。
だが――
「これは、俺のやり方ではない」
ヴァルターが、わずかに口角を上げた。
「つまり、拒否か?」
問いは、直球だった。
俺は、息を吸い、吐く。
「はい」
即答だった。
室内に、重い沈黙が落ちる。
学園上層の一人が、苛立ちを隠さず言った。
「分かっているのか?」
「これは、君にとって――」
「分かっています」
遮る。
「ここで従えば、楽です」
「評価も、居場所も、保証される」
それでも。
「それは、俺がここまでやってきた理由と矛盾します」
ヴァルターは、俺をじっと見つめた。
怒りでも、失望でもない。
計算の目だ。
「……面倒な人間だ」
「よく言われます」
小さく息を吐く音。
「では、交渉は決裂だな」
そう言って、立ち上がる。
その背中に、俺は言った。
「一つだけ」
ヴァルターが、足を止める。
「もし、学生を消耗品にしない形での設計なら」
「話は、別です」
数秒の沈黙。
やがて、男は振り返った。
「……続けろ」
「判断は、必ず学生が行う」
「俺は、設計と検証だけ」
「失敗前提で、死なない構造を作る」
学園上層が、顔を見合わせる。
「そんなもの、非効率だ」
「承知しています」
それでも、言う。
「それが、俺の条件です」
ヴァルターは、しばらく考え込み――
そして、低く笑った。
「条件付き協力、というわけか」
視線が、鋭くなる。
「成果が出なければ、切る」
「そこは変えない」
「構いません」
譲る気はない。
それは、向こうも同じだ。
「……いいだろう」
ヴァルターは、そう言った。
「君の“非効率”を、見せてもらう」
会議室を出た時、背中に汗を感じた。
廊下で待っていたセリアが、駆け寄る。
「……どうだった?」
「最悪ではない」
「それ、最悪じゃない?」
「もっと悪い展開もあった」
彼女は、呆れたように息を吐いた。
「敵に回した?」
「まだ」
まだ、だ。
学園は、俺を切らなかった。
軍部は、俺を試すことを選んだ。
どちらも、好意ではない。
それでも。
条件は、引き出した。
――次は、設計で応える番だ。
戦えない俺が、
世界の“正解”と交渉する局面は、
確実に、次の段階へ進んでいた。
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