第19話「線を引く者たち」
噂は、静かに広がる。
誰かが声高に叫ぶわけでも、掲示板に貼り出されるわけでもない。
それでも、確実に学園の空気を変えていった。
「最近、あの班……変じゃない?」
「戦術担当、だっけ」
「戦えないくせに、ってやつ?」
言葉の端々に、警戒と苛立ちが混じる。
賞賛ではない。だが、無視でもない。
それが一番、厄介だった。
訓練場に向かう途中、セリアが足を止めた。
「……呼ばれてる」
視線の先には、上位クラスの生徒たちがいる。
以前なら、自然に輪の中にいたはずの場所だ。
「行ってくる」
短く言って、彼女は歩き出した。
その背中を、俺は追わなかった。
――これは、彼女自身の問題だ。
俺は、いつもの位置に立つ。
端。
全体が見えるが、中心ではない場所。
ノアが、落ち着かない様子で近づいてきた。
「なあ……」
「分かってる」
言われなくても、分かる。
視線の数が、昨日より増えている。
「俺たち、どっち側なんだろうな」
ノアの問いは、軽いようで重かった。
「どっち側?」
「その……アークのやり方を支持する側か、そうじゃない側か」
俺は、少し考えてから答えた。
「まだ、分かれてない」
「え?」
「分かれ始めてるだけだ」
それは、事実だった。
学園は、均質を好む。
評価基準は明確で、比較しやすく、再現性がある。
俺の存在は、そのどれにも当てはまらない。
だから――
分断は、必然だ。
午前の訓練が始まる。
今日は、編成が露骨だった。
俺たちの班は、意図的にばらされている。
セリアはいない。
ノアも別。
初顔合わせの生徒ばかりだ。
――選別。
俺は、何も言わず、状況だけを見る。
開始前、誰かが小声で言った。
「……あいつ、今日もいるのか」
聞こえないふりをした。
今さらだ。
訓練は、可もなく不可もなく終わった。
勝ちも負けもない。
だが、噛み合わない。
判断が遅れ、連携が乱れる。
誰も致命的な失敗はしないが、効率も悪い。
終了後、班の一人が苛立ちを隠さず言った。
「正直、やりにくい」
「何を考えてるか分からない」
俺は、否定しなかった。
「そうだと思う」
「……は?」
「俺も、今日は何も設計してない」
空気が、凍る。
「それじゃ、何のためにいるんだ?」
正直な疑問だ。
だから、正直に答える。
「観察だ」
「どういう状況で、誰が止まるかを見るため」
何人かが、露骨に顔をしかめた。
「実験台かよ」
「そう見えても仕方ない」
それ以上、言葉は続かなかった。
続ける必要もない。
昼休み。
学園の一室で、別の会合が開かれていた。
――教師たちの非公式な集まり。
「このまま放置するのは危険だ」
「いや、結果は出ている」
「数字にできない結果だ」
意見は、三つに割れていた。
排除派。
利用派。
保留派。
共通しているのは、一点だけ。
――アーク・レインは、想定外だ。
午後、セリアが戻ってきた。
表情は、硬い。
「……聞かれた」
「何を?」
「あなたと、距離を置く気はあるか、って」
俺は、少しだけ目を細めた。
「どう答えた?」
「答えなかった」
それだけで、十分だった。
「正解はない質問だ」
「分かってる」
セリアは、息を吐く。
「上位は、あなたを危険だと思ってる」
「下は、期待してる」
「教師は……判断がついてない」
俺は、静かに頷いた。
「典型的だな」
「他人事みたいに言わないで」
少し、強い声だった。
「あなたの話よ、これは」
「だからだ」
彼女が、眉をひそめる。
「線を引くのは、俺じゃない」
「……どういう意味?」
「誰を支持するか、誰を切るか」
「それを決めるのは、現場と制度だ」
俺は、前に出ない。
決めない。
だからこそ――
「選ばされる」
セリアは、黙り込んだ。
夕方。
訓練場の外れで、見慣れない男が俺を見ていた。
軍服。
鋭い視線。
俺と、目が合う。
男は、何も言わず、ただ一度だけ頷いた。
――観察は、もう始まっている。
学園は、今、線を引こうとしている。
安全な内側と、危険な外側に。
俺は、どちらにも属さない。
その事実だけが、静かに、しかし確実に、
次の衝突を呼び寄せていた。
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