第15話「設計思想の証明」
訓練場に残った空気は、重かった。
怪我人は担架で運ばれ、教師たちは簡単な処置と聞き取りを終えると、それ以上深く踏み込まなかった。叱責もなければ、称賛もない。ただ事実だけが処理されていく。
それが、余計に効いた。
正解が与えられないまま、結果だけが残る。
自分たちで選んだ結果として。
セリアは、解散後もしばらく動かなかった。
訓練場の中央に立ち、焼け焦げた地面を見つめている。
「……判断が、遅れた」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものでもなかった。
「分かってた。前に出たら被弾するって」
「でも、切れなかった」
俺は、彼女の隣に立つ。
一歩後ろ。
いつもの距離だ。
「切れなかった理由は?」
問いは、責めではない。
確認だ。
「守ろうとしたから」
即答だった。
「全員を」
それを聞いて、胸の奥が静かに締まる。
「……それは、悪くない」
セリアが、驚いたようにこちらを見る。
「でも」
続ける。
「戦場では、優先順位を決めないと、全部失う」
彼女は、ゆっくりと息を吐いた。
「頭では分かってる。でも……」
「だから、練習する」
セリアは、目を伏せ、やがて小さく笑った。
「嫌な役ね、本当に」
「慣れてる」
同じ言葉を、もう一度使った。
その日の夕方、クロード教師に呼ばれた。
今度は、叱責ではなかった。
「今日の件」
教師は、簡潔に言う。
「判断が遅れたのは事実だ」
「怪我人も出た」
俺は、頷く。
「だが」
クロードは、言葉を切った。
「誰も、指示待ちで止まらなかった」
その一言に、胸がわずかに熱くなる。
「お前が判断しなかったにも関わらずだ」
「……はい」
「これは、評価しづらいが――悪くない」
評価しづらい。
それで十分だった。
夜、寮の共用スペースで、班の面々が集まった。
自然発生的な集まりだ。
「今日の反省、やろう」
そう言ったのは、ノアだった。
誰も反対しない。
俺が言い出す前に、始まった。
前線の判断。
後衛の対応。
誰が、どこで迷ったか。
俺は、記録を取りながら、必要な時だけ問いを挟む。
「その時、何を見てた?」
「何を一番守ろうとした?」
答えは、ばらばらだ。
だが、それでいい。
議論が終わる頃には、全員の顔に疲労と、わずかな納得が混じっていた。
セリアが、最後に言った。
「……次は、私が早く切る」
それは、命令でも宣言でもない。
ただの、覚悟だ。
俺は、首を横に振る。
「一人で背負うな」
「え?」
「判断は共有する。今日みたいに」
「俺は、そのための材料を出す」
セリアは、少しだけ考え、頷いた。
「……分かった」
部屋を出た後、廊下で一人になる。
静けさの中で、今日の出来事を反芻する。
俺は、判断しなかった。
だが、逃げてもいない。
問いを投げ、考えさせ、選ばせた。
それが正しいかどうかは、まだ分からない。
被害も出た。
それでも。
もし今日、俺が判断していたら。
全員は助かったかもしれない。
そして次は、誰も考えなくなった。
それだけは、確信できる。
――設計思想は、間違っていない。
胸の奥で、静かにそう結論づけた。
この学園で。
この世界で。
戦えない俺が、戦場に残る意味は――
ようやく、形になり始めていた。
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