第14話「判断できない戦場」
異変は、唐突に起きた。
その日の訓練は、予定では通常の合同演習だった。教師が立ち会い、班長が指揮を執り、俺はいつもの位置から全体を見渡す――はずだった。
開始直前になって、クロード教師が別の教師に呼ばれ、訓練場を離れた。
代わりの監督は来ない。
時間だけが、淡々と進んでいく。
「……始めるぞ」
そう言ったのは、臨時の班長役だった上級生だ。
だが、その声には迷いがあった。
配置が、曖昧だ。
誰も明確に全体をまとめていない。
俺は、無意識に一歩前に出かけて、止まった。
――違う。
ここで俺が判断したら、今までやってきたことが全部崩れる。
戦闘が始まる。
初動は、悪くない。
だが、すぐに綻びが出た。
相手班の動きが、想定より速い。
挟撃の形になりかける。
「……どうする?」
誰かの声が飛ぶ。
その視線が、俺に向かう。
胸が、嫌な音を立てる。
見えている。
このままでは、防御が間に合わない。
被害が出る。
俺が一言言えば、流れは変わる。
たった一言で。
だが、それは――
判断を奪う行為だ。
俺は、口を開かなかった。
代わりに、問いを投げる。
「何を、守りたい?」
声は、大きくなかった。
だが、近くにいた者には届いた。
「……え?」
「前に出るなら、誰を捨てる?」
「下がるなら、何を失う?」
一瞬の沈黙。
魔法が交錯する音だけが響く。
焦りが、空気を濁す。
セリアが、歯を食いしばった。
「……全員は守れない」
その声は、震えていた。
だが、逃げていない。
「前線を切る。後衛を守る!」
判断が下った。
遅れて、防御陣が展開される。
一人、被弾した。
軽くない。
だが、致命傷ではない。
戦闘は、辛うじて持ちこたえた。
その瞬間、笛の音が鳴り響く。
「停止!」
別の教師が駆け込んでくる。
訓練は中断された。
静寂。
誰も、すぐには動かなかった。
息を整える音だけが、重く残る。
俺は、その場に立ったまま、何も言わなかった。
セリアが、こちらを見る。
責める目ではない。
問いの目だ。
「……あれで、良かったの?」
正解は、ない。
「最善ではない」
そう答えた。
「でも、判断はされた」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
後処理が始まり、教師たちが状況を確認する。
怪我人が出たことを、誰も軽く扱わない。
俺は、記録板に、いつもより多くの文字を書き込んだ。
判断までにかかった時間。
視線の動き。
迷いの発生点。
――判断できない戦場。
それは、想定していた。
だが、実際に立つと、想像以上に重い。
訓練が終わり、解散の号令が出た後。
セリアが、静かに言った。
「……次は、もっと早く決める」
それは、反省でも後悔でもない。
決意だった。
俺は、頷く。
「そのために、俺はここにいる」
前に出ない。
判断しない。
それでも、考えることをやめない。
この戦場で、それがどれほど難しく、どれほど重要か――
全員が、身をもって知り始めていた。




