96話 バッファルの決意
その次の日から、マンダリーン軍と向日葵らの合同訓練は休止となった。
バッファルやミターは向日葵たちに顔を見せなくなり、向日葵たちはホテル周辺での自主練を強制された。
ずるずると時が流れていき、満月まであと数日となった。
隆之介は買い出しに行こうと、フロントに赴いた。
偲が茶をすすっているところだった。
「よぉ、偲」
「……どうも」
そっけない態度の偲。
隆之介は隣の一人用ソファに腰を下ろす。
「せっかくの訓練がなくなったからって、そんな怒んなくもいいじゃないか?」
「そんなんじゃありません」
隆之介はポットから茶を注ぎ、フーフーしながら飲む。
「なぁ、うるさい奴らもいないことだ。ちょっと相談に乗ってくれないか?」
「——いいですけど」
湯呑みごと偲の正面の席に座り直す隆之介。
「正直な話、バッファルさんは人質を出すと思うか?」
偲は黙ってぬるい茶をすする。
「手紙に書いてあった日付まで残りわずか。早く今後の動きを決めてくれないと、こっちも反応しようがない。人質を出すとなったら、俺達が軍団長をぶっ倒すまで。ただし、簡単にはいかない。バッファルさんはこの街を愛している。準備が不十分のまま、無理くり決断する可能性もある」
その時、茶を飲みきった偲がうつむいたまま言った。
「私はバッファルさんと少しの間行動をともにしましたが、あの方の愛は本物です。しかし、あの方が味方を見捨てるようなことをするとは、私には思えません」
「根拠はあるのか?」
「バッファルさんは行く先々で、マンダリーンのみんなから歓迎されてました。それはひとえに、バッファルさんが街だけでなく、そこに住まう一人一人を愛しているから。ある目的のために何かを犠牲にしようと考えつく人なら、絶対どこかで反対派が蠢いているはずです。でもバッファルさんにはなかった。これが根拠ですかね、私なりの」
隆之介はアツアツの茶を一気に飲み干す。
「なるほどな。まぁ俺達にできるのは待つことのみだ」
その時、隆之介と同じく買い物袋を引っ提げた悠玄がフロントへ降りてきた。隆之介の正面で、偲がわかりやすく「ゲッ」とこぼした。
「では、私はこれで」
偲は軽く会釈し、忍者刀片手にホテルをあとにした。
素振りなら部屋でやればいいのに……。
「こんだけはっきりと示されると、さすがの俺も傷つくぜ」
悠玄はやれやれと首をひねる。
「偲って寡黙なやつかと思ってたけど、案外感情的だよな。お前に対しても」
悠玄はせっかくのお茶をスルーし、そのまま買い出しへと赴いた。
**********
翌日、向日葵たちは5人まとめて、バッファルたちのもとに呼び出された。城壁内へと向かう道中、向日葵は内心ワクワクしていた。
ニンマリする向日葵に、隆之介はお気楽なやつ……とため息を付いた。
城壁内に通されると、早速バッファルと対面することとなった。
場所は和やかな出会いを果たしたあの司令室。
しかし、その空気は息が詰まるほどに重い。
兵士たちは向日葵たちを囲み、司令部長の到着を待っている。
「あっ、来たようです」
ミターがつぶやいたと同時に、鎧を身にまとったバッファルが入室する。
バッファルは足を肩幅程度に開いて、堂々と向日葵たちの真正面に座る。
「久しぶりだね、みんな。元気にやってたかい?」
「えぇ、お陰様で」
偲にはバッファルが無理やり表情を作っているように見えた。
「最近は秋が深まって寒暖差が激しくなってきた。マンダリーンでも風邪が流行っているらしい。君らは大丈夫か?」
「まぁ一応……」隆之介が言った。
何だこの違和感は。バッファル様がこんな気遣いを見せることあるか?
「社交辞令はやめて、さっさと本題に入りましょう」
それまで黙っていた悠玄は口を開く。
「満月まで残りわずか。結局、人質を出せという要望に対し、バッファル様ひいてはマンダリーン軍はどんな対応を取るのですか?」
バッファルは、答えない。ただ顎を引いて悠玄たちを見つめている。
「バッファル様。どんな結論を出そうと、俺らは一旦受け入れます。ただ、この中には軍団長に殺されかけたやつが3人もいる。軍団長の恐ろしさは重々承知しています。だからこそ、期日が訪れるまで話し合いましょう」
悠玄はハキハキと言葉を連ねる。
「まさか40億年生きた俺が、お前に説教されるとは思わなかったよ」
「ご無礼をお許しください」
悠玄は会釈する。
「渋っていたが、話さねばなるまい。マンダリーン軍の対応としては……魔神軍の要求を受け入れる方針だ」
偲は思わず立ち上がり、机に拳を叩きつけた。
「それは……私たちを見捨てるということでよろしいので?」
向日葵と美猫はあたふたしながら、偲の袖を下に引っ張る。
「偲ちゃん、怒っちゃだめだよ……」
「そう結論を急ぐもんじゃない。なにか策があるのでしょう?」
隆之介が聞いた。
「勿論だ。人質を受け取る日時と場所はもう決まっている。場所はすぐそこだ。つまり、軍団長らを嵌める罠を仕掛けることも可能ということ」
「なるほど……!」
「この作戦を持って、軍団長の討伐及び光の宝玉奪還の狼煙とする……」
バッファルは鋭い眼光でそう言い放った。
「しかし、いくらこちらに利があっても、軍団長に対して正面切るのはちょっと……」
偲は呟いた。
「オレは脳筋だが、馬鹿じゃない。アイディアはある。奴らの油断を誘うため、1000人あまりの兵士を受け渡しの現場に潜伏させる」
「不可能です……マンダリーンの周囲は遮蔽物の一つもない草原ですよ!」
「だからこそ、魔法を使う。透明化の呪文、トランスペアレント。これを兵士全員にかける。オレも透明になって隠れる」
なんだかいけそうな気がしてきた……!隆之介の気運が高まる。
「この作戦がうまくいけば光の宝玉を、一部だけだがアシナヅチ様に献上できる。そうすれば、君らも元の世界への帰還に一歩近づけるんだ。——協力してくれるね?」
**********
そこから向日葵たちは綿密に計画を練った。
そして、満月の夜が訪れる。
マンダリーンの入口付近で、視認不可能となった兵士たちが陣形を展開する。
陣の最前列で、向日葵たち五人が草原を見晴らして横並びとなる。
最高戦力のバッファルは、感づかれることの無いよう、兵士衆にまぎれて息を潜めている。
準備は万端!いつでもこい!
その時、向日葵たちの視線の先で、一人の男が草原に降り立った。
シルクハットを深く被り、赤いベストの上に真っ黒の外套を纏っている。
ズボンまで真っ黒だ。
顔はよく分からない。
男はあくまでゆっくりと歩みを進める。
美猫と悠玄は決戦を前に、緊張感を持ってその場に佇む。
だが向日葵と隆之介、偲は違った。
このおぞましくて重苦しい雰囲気。
対峙するだけで内蔵がひっくり返りそうになる。
間違いない、この男が軍団長……!
男が向日葵たちの眼前で止まる。シルクハットを被り直すと、ついにその顔が姿を現す。
「なんだコイツ……」
男に……表情はなかった。
自身の顔を平たい仮面で覆っていたのだ。
仮面には、ほうれい線をなぞったような不気味な線が走っている。
「ホマレ荘の少年少女諸君ですね。お目にかかれて光栄です。魔道化軍団のトップ、エピロットと申します。以後、お見知りおきを」
エピロットは周囲を見渡す。
「僕の手紙、読んでいただけましたかな?それであれば話が早いのですが……」
「読みはした」
隆之介が堂々と言い放つ。
「さすがですっ!では、誰が魔神のプレゼントとなります?」
エピロットは腕を伸ばす。対し、隆之介は日本刀を突きつける。
「さっきから歯が浮くセリフを次々と。人質など出すはずがない。あんたをぶっ倒して、ホマレ荘に凱旋する。それがこちら側の姿勢だ」
エピロットは飄々とした声で言う。
「ふむふむ。大体予想通りですね。道理で、これほどの人数で歓迎してくれてるわけだ。ターマネイト、強制終了!」
エピロットは突然指を鳴らす。
なんと兵士たちの姿が一斉にあらわとなる。
ヤケとなった兵士の一部が、向日葵たちを飛び越え、エピロットに襲いかかる。
次の瞬間、串刺しにするようにカード状の何かが、兵士たちの横っ腹を貫いた。
兵士たちは金色の血を吐き、その場で倒れる。
こいつ、何かを投げた?いやしかし、そんな素振りは一切……。
「こんなお粗末な透明化の呪文で、僕の魔力感知は欺けない」
「みんな、逃げろ!」
後ろからバッファルが叫ぶ。
「おっと、もう遅いよ」
向日葵たちの周辺がわずかに揺れ始める。
隆之介は野生の勘で、悠玄を引っ張りながら向日葵たちと距離を取る。
次の瞬間、悠玄のいた地点を両断するように、透明の壁が生えた。
「あら、なかなかするどい」
なんと向日葵たちを囲うように、いくつもの壁から上に伸びていく。
「マジックニウムを練り込んだ檻を生成する、監獄の呪文。半端な威力じゃ破れないよ」
エピロットが軽く説明を挟んだときには、向日葵たちは正方形の檻に、完全に閉じ込められていた。
ちょうど真ん中が透明な壁で区切られ、男子2人と女子3人に分かれた。
だが、軍団長と何回も対峙してきた偲は気づいていた。
天井が空いている。
理由はわからないが、利用させてもらおう。
「ちなみに、この天井からは脱出できないよ。僕の魔法によって、魔神軍の人たちしか行き来できなくなっている。だから援軍なんてものは来ない」
こいつ、私の考えを読んだ?
エピロットはわざとらしく天井を見上げる。
「まぁ、僕らは別だけど」
その時、上空で星がキラリと光った。
と思うと、星がどんどん近づいていき、巨大な影となって檻の縁に降り立った。
赤い独眼が不気味に隆之介たちを上から覗き込み、勢いよく着地する。
「クックック……今宵はタノシメそうだ」




