94話 確執
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マンダリーンに出向してから早1ヶ月。秋は深まり、真っ昼間でも冷ややかでくすぐったい風が吹くようになった。
バッファルとの訓練が休みのある日、悠玄は喫茶店でコーヒーを嗜んでいた。
4人用の席の反対側には、ツインテールの美猫が座っている。
美猫の味蕾はまだまだおこちゃまなので、飲み物はメロンソーダ、おやつにドーナツときていた。
「お前、この時期にひんやりソーダって……寒くねーの?」
「それが美味しいんじゃーん。体が冷えたら変身すればいいし」
「店の中では勘弁してくれ」
その時、入口の鈴がなった。
店員は何名かと問いかけ、新しい客を案内する。
客は悠玄たちから一番遠いところに着席した。
客が次々と注文する声が、悠玄の耳に入ってくる。
客はこそこそと密談をする。
「あいつ、気づいてないわね」
「コーヒーに夢中になってんじゃない?」
料理が来る直前、客は立ち上がって、悠玄の背後まで近づいた。
よほどコーヒーが美味しかったのか、悠玄に感づいた素振りは見られない。
客の一人が悠玄の肩をつんつんする。
悠玄は分かりやすく目を見開いた。
「お前ら、なんでここに?」
「ドッキリ大成功!」
なんと客はコルチ、ひまり、創という見覚えのある3人だったのだ。
席の向かい側で、美猫が何食わぬ顔をしているが、笑みがこぼれている。
「図ったな—」
「なんのことかなー」
美猫はそっぽを向いて、かすれかすれの口笛を吹いた。
ひまりが悠玄側、コルチと創が美猫側に座る。
ひまりは内心、勝手に席を移動しちゃってよかったのかなとドキドキしていたが、料理を運んできた店員に、変化は見られなかった。
料理と飲み物を口にしたコルチらが舌鼓を打つ。
「ん、美味しい」ひまりは細々という。
「ちょっと、それじゃ伝わらないわよ。もっとはっきりと言わないと。ほら、練習よ」
コルチがフォークの先をひまりに向ける。
「その辺りにしとけよ。まさか、ホマレ荘でもダル絡みしてるんじゃねぇだろうな」
コルチは口を開かぬまま固まった。
「なんか言えよ」
「でも悠玄、私ひさしぶりにあの人たちと喋れたよ」
「そりゃよかったな。誰と喋ったんだ?」
「琴音ちゃんだよ。好きな音楽について聞かれたの。といっても、会話の9割はあの子のものだったけど……」
琴音が曲の趣味を一方的に喋り、コミュ障のひまりが慌てふためく様子が容易に想像できる。
「まぁ、あいつはそういう奴だ」
「下手なこと言わない方がいいよ、悠玄」
創がたしなめるように呟いた。
「二人の稽古は順調なの?」
コルチが聞いた。
「まずまずだな。上達してるんだろうけど、隆之介にはかなわねぇよ」
「ボクは変身が進化したよ。早く見せたいなぁ」
「前から思ってたんだけどさ、『変身』ってけっこう安直だよね」
創はスムージーを飲みながら言った。
「分かりやすくて良くない?ねぇ悠玄くん、考えてみてよ」
「そうだな……『遺伝子発現』とかどうだ?」
コルチたちは一斉に微妙そうな顔をした。
ただ一人、ひまりだけは愛想笑いを浮かべた。
「なっ、何だよ」
「い、いいんじゃない?僕は素敵だと思うよ!」創が言う。
「お前、目ぇ合わせろよ」
「まぁそれでいいや。遺伝子ってついてるのはセンスあると思うし」
創の隣で、美猫はため息を付く。
「っていうかどうやってここまで来たんだよ。まぁまぁ距離あったぜ」
「クライゼルさんにお願いしたのよ。飛行の呪文なら、20分で着けるわ」
コルチがさも当たり前のように言う。
「なるほどな。クライゼルさんはどこにいんだよ」
「それがね……城壁の外で待っているの」
「なんだと?」
ひまりの発言に、悠玄は眉毛を吊り上げた。
「それは、クライゼルさんが神族の街に入れなかったという認識でいいか」
「うん。間違ってないと思う」創が言う。
「引き止めたりしなかったの?」
美猫は疑問を呈する。
「勿論一回は聞いたわよ。でも、クライゼルさんったら、ピクリとも笑わずに『私は歓迎されていないらしいので』って。あんな面持ちされたら、これ以上ゴタゴタ言えないわよ」
「……俺もマンダリーンに入ってから、気になっていたことがあってな。俺と隆之介がお世話になっているバッファルというお方がいる。マンダリーン軍の司令部長を務めている立派なお方なのだが、普段の発言から、魔族という存在を『野蛮』などと罵ったりしている」
「なにそれ、なんか嫌だ」
創は苦い顔をする。
「俺達が相手にしている魔神軍は魔族によって構成されている。フレルを殺し、偲を瀕死まで追い込んだヴィレッサムだって魔族だ。しかし一方で、クライゼルさんやヴィラージュ様のような、人格者の魔族も存在する。そんな方々を無下にして、敵と一緒くたにするのは—どうだろう?」
悠玄は残った紅茶を一気に飲み干す。
「魔族と神族……。互いを憎み合い、滅ぼさんとする確執。俺達が想像している以上に、複雑なのかもしれないな」
次の日の昼。休憩時間に、向日葵たちは集まってご飯を食べていた。
隣ではバッファルも弁当をむさぼり食っていた。
バッファルの食事量は凄まじく、向日葵に負けず劣らない。
特に米の体積が異常だ。
「向日葵はよく食べるな!」
「早く大きくなりたんだもん」
「オレは感動したぞ!唐揚げをやろう!」
十分食べているはずなのに、向日葵は拳ほどもある唐揚げを、なんと2口で食べた。
もう成長期終わってるくね……?
隆之介はその様子を真顔で見ていた。
昼ごはんを食べ終え、片付けを始めようとする。
その時、下のフロアからけたたましい声が鳴り響く。
「バッファル様ーーーーーー!」
「バカモノ!今すぐ止まるんだ!」
階段を駆け上がって現れたのは、初老の女性。
その後ろを、息を切らした見張りの兵士が追いかける。
「どうされましたかな?」バッファルの声色が柔らかくなる。
「バッファル様、お願いです。私の孫を助けてください!」
バッファルは兵士たちに椅子とテーブルを用意させ、茶を差し出す。
「どうぞ。落ち着きますよ」
女性は勢いよく会釈しながら、茶を一口飲む。
「それでご要件は?」
「私には一人娘がおりました。娘はすくすくと育って結婚し、やがて子どもを授かりました。しかし、娘は出産に耐えきれずに命を落とし、娘壻も事故で亡くなりました。もともと夫も早くに亡くしている私に、生きる希望を与えてくれたのが、たった一人の孫です」
バッファルは話を聞きながらところどころで頷いている。
「ですが、一昨日から姿が見えないのです。もともとわんぱくな子ですから、ふっといなくなるのはいつものことでしたが……流石に不安になりました。再三お頼みしますが、バッファルさん。あなたの手で私の孫を探してはもらえないでしょうか!」
「そうは言っても、これだけ広い街をどうやって……」
「悠玄、いい」
バッファルは女性の手を取る。
「このバッファル、お孫さんを見つけ出すため、全力を注ぎましょう」
女性の涙腺が決壊する。「ありがとう……ございます……!」
バッファルの言葉を信頼したのか、落ち着きを取り戻した女性は帰っていった。
兵士がバッファルに話しかける。
「この件、私どもで対応に当たります」
「いいや。わざわざ乗り込んでまで、オレに頼み込んできてくれたんだ。ここは任せてもらおう」
兵士らは反論の一つもせず、承知しましたと、会釈をした。
「バッファルさん、そのことなんですが、私もご一緒してもよろしいですか?」
司令部長を見据える一人の少女。彼女の名は、服部偲。




