92話 現場入り
あっという間に季節が過ぎ、夜が肌寒くなってきた頃、向日葵たちがマンダリーンへ旅立つ日がやってきた。数ヶ月というそこそこ長い期間のお別れとなる。ホマレ荘に残る功たちは、クラス総出で見送ることにした。
着替え等を詰め込んだリュックサックを背負い、向日葵たちはホマレ荘の前で静かに時を待った。アシナヅチいわく、神の都から1000名ほどの兵士を同時に送るため、合流してから徒歩で向かってほしいとのことだった。
そして、ヌーラスがやってきた。ヌーラスは言った。
兵士が沿岸部で待機しているので、そろそろ出発したいと。
3ヶ月……ホームシックにならないかな。そんな不安を抱きつつ、向日葵は功の目を正面から見る。
「功っ!向日葵、もっとたくましくなって帰ってくるから!」
「うん。期待してるねっ。隆之介も気をつけていってきてね」
隆之介は鼻を鳴らしながら頷き、問いを投げかける。
「なぁ、撫子はどこいったんだ?さよならぐらいは言っときたいんだが」
「体調が良くないんだってさ。僕も詳しいことはよくわかんない」
向日葵たちの横では、悠玄と美猫に対し、ひまりが寂しそうな表情を見せていた。
そんなひまりを創とコルチが取り囲む。
「あんまり無理はしないでね。私、心配になっちゃうから……」
「ダイジョーブ!ボク、タフだから。ほら、アルマジロにだって変身できるんだから!」
美猫は一瞬で変身してみせる。気丈な性格は昔から相変わらずだ。
「あーら、なかなか会えなくて無理しちゃうのはひまりの方じゃないの?」
コルチがひまりの肩に腕を回し、いたずらな口調で言った。ひまりの顔が徐々に赤く染まっていく。
「悠玄、ひまりのことは任せなさい。せめて私らとは詰まらず喋れるようにするわ」
「それはいいが、あまりいじめるんじゃないぞ……?」
ひまりはコルチの腕を無言で振り払い、非力な腕でコルチをポテポテ叩く。一見怒っているようだが、二人からは笑みがこぼれていた。
こんなくだらない光景もしばらく見納めかぁ……。そう思うと悠玄はほんのちょっと淋しくなった。
出向組で唯一、仲間と交えない影があった。偲はすでにヌーラスの隣におり、ヌーラスとともにクラスの様子を無表情で眺めていた。
「偲さん。なんでもう準備万端なんです?かるく挨拶しただけでお別れするとか、冷たいじゃないですか」
そう威勢よく告げるのは、アーロンを引き連れたエリーだった。
「こればっかりは姉ちゃんの言う通りだぜ。いつも頑張ってくれてるんだから、もっと自分の気持ちを出していいと思うよ。ほら、ちょっと心配な気持ちとかあるでしょ」
「アーロンさん、私はそこまで感情豊かな人間では……」偲が表情を変えずに言う。
「あと、笑顔とか大事さ。かわいいんだから」
自信満々に話すアーロンの横で、エリーは顔をひきつらせる。
「あんた、最後の一言余計だわよ」
エリーに耳を引っ張られるアーロン。その時、偲がクスリと笑った。
「ありがとうございます。ちょっと元気が出ました」
その後、向日葵たちはヌーラスとともに海沿いへと赴き、神族の兵隊と合流した。
兵隊の数はヴィラージュら魔族を優に越す、1000人余り。これだけの兵を動かすとは……アシナヅチがいかにヴィレッサムの件を重く捉えているかがわかった。
兵が多くなればなるほど、素早く動かすのは難しくなる。誰かはぐれていないか把握しなければならないし、何より道中の補給にだって時間を要する。
約100キロの道のりを、向日葵たちは5日かけて歩き抜いた。
そして迎えた6日目の昼。なだらかな丘を登っていくと、平野を横断する城壁が現れた。巨大な門の前では、神族の兵士が見張りを行っていた。
「ほえー、噂には聞いてたけどめっちゃデカいな」悠玄が言った。
「えっ、なになに?向日葵も見たい!」
向日葵はぴょんぴょんと飛び跳ねるも、長身の兵士らに囲まれていた。
「仕方ねぇな。ほらよっ」
隆之介は向日葵の体をひょいと持ち上げ、肩に乗せた。
「うわぁ、すごいすごい!神の都よりも大きいんじゃない?」
向日葵は初めてペンギンを見た小学生のように、隆之介の肩の上で飛び跳ねる。
「暴れるなって。お前、ただでさえ重いんだから—」
次の瞬間、隆之介の頭頂部にするどい手刀が刺さった。そのまま、向日葵は軽々と地面に着地する。隆之介はたんこぶができて、フラフラだった。
「乙女に『重い』だなんて、失礼しちゃう!」
「向日葵さん、なんか始まりましたよ」
偲の指さす先で、ヌーラスが歩を進めていた。
悠玄は心のなかで思案する。ついさっきまで大群の一部に過ぎない感じだったが、今はアシナヅチの代行者という感じがした。
ヌーラスは陣営のナンバー2であり、神の都の年長者である。
幼き主君を支え続ける。その責務を背負っていた。
ヌーラスが見張りの兵士と会話を交わすと、城壁の門が重厚な音を立てて開いた。
門の先は大通りとなっており、住民たちが道の端に列に長い列を作っていた。
住民たちは兵士たちに水や軽食を準備していて、受け入れ態勢OKといったところだった。
街に入ったのも束の間、初老の男性が向日葵たちに話しかけた。
「お初にお目にかかります。本日から皆様をお世話いたします、ミターと申します」
軽い自己紹介を交わし、ミターについていくと、3階建ての宿場に到着した。
宿場には2つの部屋が用意されていた。
向日葵たちは男女に分かれ、使用するベッドを決め、荷物を整理した。
女子の部屋はもともと2人部屋だったようで、布団が1人分、床に敷かれていた。
向日葵と美猫はジャンケンをしようとしたが、偲は自分が布団で寝ると言った。
二人はもちろん反対した。偲は意外と頑固なところがあるため、多少揉めはしたが、一日ごとにベッドを入れ替えるという結論で終結した。
女子3人がロビーに向かうと、シャワーを浴びてキレイになった隆之介と悠玄が待っていた。
「ミターさんがレストランに連れてってくれるんだってさ」隆之介が言った。
その時、男子トイレからズボンのチャックを開けながら、ミターが出た。
「いやはや、お待たせしました。これからお昼ご飯を食べるわけですが……好みのものはありますか?」
長旅を経て、食べたいものなどいくらでもあった。
しかし、いざ聞かれてみると一つに絞るのは容易ではない。向日葵たちが頭を悩ませていると、悠玄が口を開いた。
「向日葵。以前の遠征でマンダリーンに立ち寄ったんだろ。そこで何か食べなかったのか?」
「えっ、えっと……」
天真爛漫な向日葵だが、ピーマンなど苦手なものもある。その一つが悠玄だ。
理由は単純で、普段ほとんど関わらないことと、雰囲気が怖いからだ。
「刺身とか食べた気がする……」
「ほうっ!なかなかセンスがよい。マンダリーン沖では暖流と寒流がぶつかるので、脂の乗った美味しい魚が年中取れるんですよ」
ミターが興奮気味に言った。
「決まりですね」
宿場から大通りを横断し、レトロな雰囲気のレストラン街へと入る。お昼時ということもあって、神族の、特に兵士や職人で賑わっていた。
向日葵たちは入口に暖簾がかかった、趣のある店へ入店した。
座敷に案内され、メニューを開く。
写真は添付されていなかったが、想像するとよだれが垂れてしまいそうだった。
「そういえば、私たちお金持ってないんですよね……」
偲がハッとした。
「ご心配なく。代金はマンダリーンの軍部が負担します。せっかくですので、たくさん食べてください」
隆之介がメニューに釘付けになっている向日葵を見る。
「だってさ。お前も、遠慮せずに頼んだら?」
少しすると、注文した料理が運ばれてきた。
海鮮丼に刺身定食、焼き魚と、海の幸がこれでもかと使われていた。
一品ずつ頼んでいたはずが、向日葵だけ三人前だった。
「向日葵ちゃん、よく食べるね。フシギ〜」美猫が言った。
「だってお腹空いたんだもん」
向日葵は美猫らの3倍のスピードで食べ進め、ほぼ同時に完食した。
レストラン街をあとにし、部屋に戻った5人は、各自休息をとった。
部屋が坂の上にあったので、広大な海に反射した夕日が芸術的で絶景だった。
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