90話 破れ!
傷だらけとなった茶々の口から、血が垂れる。魔族はとどめの太刀を振り上げるも、茶々は既のところで後ろに飛んで躱す。
「ほう、驚いた。まだ体力が残っていたとは」
「ゲフッ。このくらい余裕のヨッチャンですよ」
茶々は魔族から視線を切らさずに叫ぶ。
「平一郎さん、わっちは大丈夫です!目の前の敵にご集中を!」
決死の呼びかけを受け取った平一郎は2本目の小太刀を抜く。
「おおきに。そうさせてもらうわ……」
「へぇ、二刀流かぁ。でも、僕のナイフ術を前に、結果は変わらないよ」
魔族は一瞬で距離を詰め、平一郎に連撃を繰り出す。2本の武器で受け流す平一郎。手数は単純に倍。誰が相手だろうが、そうやすやすとは崩れない。
「ここや」
魔族の攻撃をかいくぐり、小太刀を突き出す。魔族はナイフでそれを弾き、距離を取った。
当たっても闇の魔力によってノーダメージのはずなのに、わざわざ防いだやと……?いったいぜんたいどういうこっちゃ?
こっちの番と言わんばかりに、今度は平一郎が突っ込む。多彩な角度から放たれる攻撃を、魔族は一つ一つ叩き落としていく。
「スピードが落ちてるじゃーん。もしかして、体力ない系?」
小太刀による斬撃の合間を縫って、魔族がぬるりと懐に入る。そのままナイフが平一郎の腹に突き刺さった。
ナイフが全然入っていかない……?
「これ、チャンスやろ」
平一郎は小太刀を短く持ち、魔族の首元めがけて一気に押し出す。しかし、それより早く、魔族は超至近距離での頭突きで平一郎を引っ剥がした。
「今の傷、もしかしてぜんぜん致命じゃない感じ?」
「ごもっともや。何があってもいいよう、ちゃんと腹に布巻いとるねん」
今ので確信した。闇の魔力はあらゆる攻撃を防ぐ。でも防げる回数、あるいは威力に限界がある。どちらにせよ、攻撃をくらい続けるのはまずいってわけや。
それならやりようはある!平一郎は頭の痛みを無視して距離を詰める。
斬撃を浴びせるように見せかけ、いきなり突きを繰り出す。魔族は不意を突かれたのか、後ろに転がりながら回避した。ここで平一郎が抜いたのは拳銃。照準を合わせ、片手で弾丸を放つ。体勢を崩した魔族は完璧に躱すことはできない。弾丸が太ももに食らいつく。
攻撃が……通った!鍵となるのは「威力」か!
「何してくれちゃてんの!」
「やっと消えたな、そのヘラヘラ顔!」
怒髪天を衝いた魔族がナイフで何十という斬撃を繰り出す。2本の小太刀で必死に防ぐ平一郎。このまま切り刻んでやる……。物言わぬ骸とかすまで。魔族の顔がニヤけた。
平一郎が徐々に押し込まれていく。しかし、平一郎はここで負けず劣らず、笑ってみせた。
「おおきに!これが最大出力や!」
平一郎の小太刀が突如、加速した。目にも止まらぬスピードで、無限にも見える手数の突きを放ったのだ。
まさかこんな技を隠していたなんて……。魔族は攻撃を防げない。闇の魔力がどんどん失力していく。
見えた—ここや!平一郎が思いっきり右手の小太刀を振り上げた。次の瞬間、魔族の胸が深く切り上げられた。
威力と回数。この2つを持ってすれば、闇の魔力は破れる。だが、まだ命には至っていない。平一郎は拳銃で離れた魔族を牽制しつつ、こっそりと煙玉を出し、地面に叩きつける。
「なぁっ!どこに行った!」
間抜けな面でキョロキョロする魔族。平一郎はすでに背後を取っていた。
「これでチェックメイトや」
背中に拳銃を突きつけ、引き金を引く。体の中心を貫通された魔族は、前のめりに倒れた。
魔族は優秀だった。散り際にナイフで平一郎の肋骨あたりを突き刺していたのだ。これはかなり深かった。平一郎もその場で膝をつく。茶々がまだ戦っているのに……!
茶々は魔族の剣撃に対し、防戦一方となっていた。茶々の得物は薙刀。間合いの理はこちらにあるはずだが、刃先を薙いでも、薙刀を翻して石突を出しても、魔族はすべて躱してくる。
「諦める他ないのだ」
長尺に意味がないのならば……発想を変える!
茶々はリーチを活かし、遠方から強烈な刺突を繰り出す。魔族は太刀で軌道をずらし、距離を詰める。でもね、それは読んでいるんですよ。
持ち手を滑らせ、刃元を持った茶々は、首めがけて刃先を押し出す。魔族は目を見開くも、首を捻ってギリギリのところで回避した。魔族の頬から、青色の血が滴る。
「驚いた。薙刀を短刀のように扱うとは」
「発想の転換ですよ」
その時、茶々には魔族の影が大きくなったように見えた。
「だが、もうまぐれはない。この一刀で散るがいい」
魔族は太刀を構え、深く沈み込んだ。闇の魔力を太刀に集中させた……?後手に回ったらやられる—先制攻撃しかない。
間合いを侵してくる魔族に対し、足切りの薙ぎを放った茶々。魔族は渾身の唐竹割りで、薙刀を叩き落とした。がら空きになった上半身に、闇を纏った太刀が襲いかかる。
「当たるかぁぁぁ!」
茶々は必死に狙いをずらすも、刃先が左肩を激しく切り裂いた。
勝負あった!魔族はそう確信する。だがしかし、ここで異変が起きた。なんと、茶々は薙刀を捨て、魔族の腕を掴んでいたのだ。
「離せ!醜女が!」
「これでやっと当てれます」
空いた片手に、茶々は光を纏った魔力を溜め込む。まさか……これは!魔族が息を呑んだ。次の瞬間、茶々の拳が魔族の土手っ腹にクリーンヒットした。
たまらず魔族は後退する。激しく血を吐きながら。くらったのは幼い少女の非力な拳。だがそれはとてつもなく効いた—異常なほどに。
「はぁ……はぁ……。貴様、もしや!」
「闇の魔力でしたっけ?自分たちの専売特許だと思ったら、大間違いですよ」
茶々の全身と刀身は黄色を帯びた光に包まれる。闇の魔力の対となる存在、光の魔力。茶々は早い段階で、それを習得していた。
「馬鹿なっ!光の魔力の発現には、この世を丸ごと包容するほどの思いやりと愛が必要だ。齢15の少女がおいそれと会得できるものではないっ!貴様、一体どんな人生を歩んできた!」
「わっちは神道の家に生まれ、八百万の神に感謝しながら育ってきました。その信仰心が、この世界にきて覚醒し、力を授かった。わっちはアシナヅチ様をはじめとした神々を深く敬愛しています」茶々は胸に手を当て、微笑んだ。
「わっちにもあなたにも余力がない。次の一撃で決めましょう」
魔族は太刀を手にし、正眼に構える。そして、地面を蹴り破った。腹に力が入っていない分、遅い!上段からの振り下ろしを、薙刀の尖端で受け止める。そのまま魔族は無理やり押し込もうとする。
「この勝負、もらいました……」
前に踏み込みながら、薙刀をひっくり返す。魔族は自然の力のままに、逆袈裟に切り裂かれた。
「見事だ……!」
魔族の体から急速に力が抜けていく。光の魔力をまともに食らったのです。即死でしょう。わっちにも余裕がない。特に肩の傷が深いです。
「茶々ちゃん!」
脇腹に止血布を巻いた平一郎は、茶々の元に駆け寄った。「じっとするんや、今止血したるわ」
茶々は黙ったまま、大人しく左肩を差し出した。そして、布を巻いている途中に冗談交じりに尋ねた。
「なんで助けてくれなかったんですか。いつもなら嫌でも来てくれるのに」
平一郎は答えなかった。別に責めるつもりはなかったのに、平一郎は申し訳なさそうな表情をしていた。
止血がほぼ完了したころ、口を開く。「俺かて助太刀したかったわ。せやけど、そうは問屋が卸さなんだんや。だって、俺は魔族の止血をしとったから。やつはすやすや眠っておるが、死んではおらん」
わざわざ相手を救命したってこと……?予想外の返答に、茶々は声を荒げる。
「どうしてそんなことを!こいつらは神族の敵です。とっとと殺せばいいんですよ!」
「まぁ落ち着くんや。この辺りは離れているといえど、アシナヅチ様の領内や。茶々ちゃんは知りとうないか?光の扉すら使わず、こいつらがどうやって侵入してきたのか?」
「た、確かに……」
「俺とて、そう甘くはない。神の都にこいつの身柄を引き渡し、根掘り葉掘り聞いてもらうんや。そのほうが色々有益やろ」
この頭の回転の早さ。さすが平一郎さんと言わざるを得なかった。
「とりあえず、ちょっと歩くか。立てへん?茶々」
この人、いきなり呼び捨てしてきたんですけど。ちょっと引っかかったが、ややこしくなりそうだったので、口には出さなかった。
「非力なわっちで……すみません」
「かまへんよ。茶々を助けることが俺の望みや」
こんなベタでキザなセリフ、初めて言われた。でも、悪い気はしなかった。
数十分歩くと、神の都の方から走ってくる人物らがいた。耕作と神族の兵士、そして農民だ。神族の農民は開口一番、平一郎と茶々に謝罪した。二人を助ける素振りも見せず、腰が引けたまま逃げてしまったからだ。だが、二人は問題無いという顔をした。
「それより、聞いてほしいことがあります」
平一郎と茶々は手分けして、事の顛末を詳しく話した。役人はその内容を一言一句逃さずまとめる。最後に魔族の身柄の話をし、回収しにいく約束をかわすと、平一郎が追加で言った。
「魔族は農民に化けていました。それも精巧に。信じたくありませんが、神の都に魔神軍の密偵が潜んでいる可能性が高いです」
この発言が、ホマレ荘を巻き込む大事件を引き起こすことになる。




