89話 郊外にて
神の都。神族のほとんどが住まう社会の核であり、中心部にはアシナヅチの御所がある。そこから半径5キロ圏内には住宅地や工場などが整えられている。その更に端には、稲や麦を始めとした広大な耕作地が広がっている。
つい最近まで、耕作地を管理していたのは神族の役人だった。しかし、新しい風が吹き、より知識の豊富な耕作が中心人物となった。耕作は広大な畑を4つの気候の異なるエリアに分割。季節を無視して主要な作物を栽培できる環境を整えた。収穫高はほぼ倍となり、神の都のスラム街にも食料が行き届くようになった。
ある初夏の日。今日も今日とて、耕作は畑仕事に精を出していた。小麦の収穫。なかなか手間のかかる仕事である。耕作は三度の飯より農業を愛する人間だ。一人で行う作業もなんら苦ではない。だが、どうも近場は様子が違った。
「耕作さん〜来ましたよ!」
「おぉ、いつも助かるのぉ」」
もんぺ、野良着、上っ張りに身を包み、鳶色の髪を縛り上げた茶々がやる気満々といった感じで向かってくる。茶々は起きている時間のほとんどを神道の儀式と薙刀の鍛錬、あと勉強に費やしていたが、ここ数週間、毎日というように畑を手伝いに来るようになったのだ。
「悪い、茶々。その後ろのやつはなんじゃ?」
「ありゃりゃ、バレた?」物陰から平一郎が気まずそうに笑いながら姿を見せた。
「そんだけデカいバッグを背負っとったら、嫌でも分かるわい」
耕作が呆れたという表情で言った。
「茶々か?こいつを連れてきたのは?」
「いいえ、わっちはなーんも知りません。跡をつけられていたのは気づいてましたが、日常茶飯時なので」
「平一郎は一歩間違えればストーカーだし……茶々はもっと違和感を持ったほうがいいだろうし……突っ込みどころが多いのう」
耕作はバッグの中身を整頓する平一郎の方を向いて言う。
「んで?お主仕事の準備はしてあるのか?」
「—勿論してないで!だって俺はつけてきただけや!」
清々しい返答に、耕作はもはやなんの言葉も出なかった。耕作は替えの作業着を取りに行き、平一郎に投げつけた。
「ここに来た以上、労働力にはなってもらうぞい」
小麦の収穫には大鎌を使う。互いに十分あいだを取って、リーチを活かして根こそぎ刈り取る。ある程度量が溜まってきたら、紐で結って束にする。これの繰り返しだ。アシナヅチ様の力で、神の都の近辺なら気候は自由に操作できる。しかし、機械や電気といったものはないため、手作業が中心となる。腰の疲労に耐えつつ、作業を進めた。
お昼となり、弁当を食べ終えた耕作たちは、各々休憩を取った。その最中、耕作は茶々に問いかけた。
「なんで急に畑を手伝ってくれるようになったんじゃ?」
茶々は少し考えて言った。
「わっちも……力になりたいって思ったんです」
「耕作さんや一鉄さんは持てる知識を目一杯引き出して、皆の生活を支えてる。向日葵さんや隆之介さんは腕っぷしを鍛えて、魔族の脅威を退けている。でも、わっちには知識も腕っぷしもない。だから……せめてできることをと……」
「そうか。それは立派なことじゃ。わしは今んとこ自分の好きなことしかしてないからのう。まぁ、お主ももっとリラックスしても良いのではないかの?」
「せやで!」平一郎が会話に割り込む。「茶々ちゃんといっしょにいると、俺すごく楽しいで!だから、ちゃんと村には貢献してる。自信持ってええで!」
「そ、そりゃどうも」
茶々は若干引いているようだった。
「そろそろ作業に戻るかのう〜」
耕作は背伸びをしながら立ち上がった。その時、神族の農民が2人、5メートル向こうの農道を通った。農民は耕作たちをちらりと見ると、懐に手を入れた。なにか怪しい...…。そう思った瞬間、体が自然に動いていた。
「ぐうぅぅぅぅぅ!」
平一郎と茶々を全力で押した耕作は、代償としておでこを横一文字に切り裂かれた。農民が投擲したのは苦無。おでこから滴る血が、耕作の視界を奪う。
「へぇ、あそこから反応できるんだ。すごいねぇ」
農民らは変装を解き、ナイフと太刀をそれぞれ構える。肌が紫がかっていること以外、見た目はほとんど神族や人間と変わりない。だが、この独特の刺すような雰囲気……。魔神の一味で間違いないだろう。
「耕作!」「耕作さん!」二人は叫ぶ。
「ちょっとデコを切っただけじゃ。とはいえ、この状態での戦闘は厳しい。ここは二人に任せてええかの?全速力で増援を呼んでくるわい」
二人はうなずきもせず、耕作を送り出した。
魔族は再び苦無を投擲しようとするも、平一郎はそれよりも早く、煙幕弾を地面に叩きつける。煙が晴れたころ、耕作の姿は消え、二人は戦闘態勢を整えていた。
「早着替えの術です」茶々が言った。
平一郎たちの姿があらわになっても、魔族たちは冷静だった。
「小太刀と薙刀か。僕の武器に長尺は相性が悪いから……お願いできる?」
「相わかった」
なるほど。実質的な一対一か。戦闘スタイルが互いに分からない以上、それが無難。平一郎が小太刀を構えた途端、予想外の展開が起こる。
「なんて言うと思ったかぁぁぁ!」
二人の魔族はなんと、狙いを茶々に絞って突撃した。茶々は目を見開きながらも、太刀による唐竹割りを柄で受ける。しかし二人目のナイフまでは捌けない。体を捻って避けるも、脇腹に傷が走る。
「離れてください!」
薙刀を横に振るうと、魔族たちとの距離が空く。
「汚い手で茶々に触るなや、下衆が」その隙に平一郎は拳銃を取り出し、魔族たちが並んだタイミングで引き金を引いた。それすらも皮一枚で回避される。
平一郎は一発撃っただけの拳銃を投げ捨てた。魔族の一人はずる賢かった。自身の体をかすめた拳銃という武器を高く評価した。手中に収めれば、もっと強くなれる。その一心で、捨てられた拳銃を拾いにかかる。
「そう来ると思ったでぇええ!」
平一郎が魔族との距離を一気に詰め、小太刀を上段から振るう。魔族は姿勢の悪いまま、ナイフで受ける。生み出された絶好のチャンス。だが根本的なパワーが足りなかった。至近距離はリスクがあると判断した平一郎は後ろに飛ぶ。
「茶々、大丈夫やったか!」
「このくらいなんてことないですよ……」
強がる茶々の口元から血が流れる。
平一郎は疑問を覚えた。茶々の食らった一撃はさほど深くない。足元のおぼつかない幼児が転んで生じた傷のようなものや。なぜそんなにダメージがある?
「よそ見してんじゃねぇよ!」
魔族がナイフを手に突っ込む。連撃の応酬を小太刀で防ぐ。とてつもないスピードだ。防御が間に合わない。魔族の薙ぎが平一郎の腹を掠める。
「直撃は避けるか。やるねぇ」
お返しといわんばかりに、平一郎は2つ目の拳銃を弾く。魔族はコツが分かったのか、余裕そうに回避する。
二人の距離が空いたところで、魔族がニタニタと笑い出す。
「その傷、なかなかツライだろ?」
平一郎は血がポタポタ流れる腹を押さえる。戦闘不能に陥るような傷じゃない。得体のしれないものに傷口を蝕まれるような……奇妙な感触や。心地ええもんやない。
「冥土の土産に教えてやるよ。僕は魔族の中でも数少ない『闇の魔力』の使い手なんだ。ほら、『光の魔力』ってあるだろ。神族が使うやつ。それを反転させたの」
「へぇ……エリートなんやな」
「そうそう、そういう事!でね、闇の魔力ってのは、もちろん攻撃や防御を強化できる。攻撃は今味わってもらったとおり。真骨頂は防御さ」
魔族の体がどす黒い光で包まれる。
「この光は生半可な攻撃を通さない。君は一方的に切り刻まれてジ・エンドってわけ。せいぜい最後までもがけばいいよ」
その時、魔族は違う方向を向いた。
「まぁ、あっちのほうが辛そうだけどね」
魔族の視線の先にいたのは、薙刀を支えに膝をつく茶々。その体中のあちこちが血に滲んでいる。もう一人の魔族はつまらないという目で、茶々を見下していた。




