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グットボンドへ ~天才たちの闘い~  作者: オーガニック三郎
ヴィレッサム編(七章)
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88話 打ち込まれた光

 冷たい雨が強まってきた。視界がどんどん悪くなっていく。葉月は上空から琉太を探し続ける。

 地上では向日葵、功、千代子が体の冷えなど関係なく、懸命に捜索を行っていた。アーロンは船の上から、海上を中心に隅々まで見ている。

 琉太がサパコスに負けるなど、考えたくもない。でも相手は数々の猛者を破壊した軍団長だ。命をかけて立ち向かったとて、過去の実績は覆らない。どうか無事でいてほしい。それが葉月たちの総意だった。

 崖の下で一人。意識を失う寸前。琉太は少しずつ海面から離れていく。

 こんなこともあろうかと、息を長く保つ訓練はしていた。水の呪文を逆手に取られ、溺死に持ち込まれる展開も考えうるからだ。まさか、海中に沈み込むとは思わなかったが……。もう酸素が限界を迎えている。ここで踏ん張らなければ、肺に水が入り込んでいよいよ終わりだ。だが耐えるだけでも苦しいのに、抗う意味は果たしてあるのだろうか。このまま敗北を受け入れたほうが楽なのではないか。そんな疑問が脳内によぎる。

 千代子、俺はサパコスに傷をつけたんだ。あの偲だって簡単にはなし得なかった。凡才にしては、よく頑張ったほうじゃないかな。先に行くから、どうにかして生き延びてくれ。琉太のまぶたがついに閉じようとした、その時。

 甲高い銅鑼のような音が海中に響いた。耳をつんざくような轟音、琉太の意識は無理やり呼び覚まされる。

 なんの前触れもなく、琉太の体が沈むのをやめた。ありえない速度で海面が近づいてくる。ただ、その勢いはボロボロの琉太にとって強すぎた。琉太は無念の表情で、その目を閉じた。

 一方、船ではアーロンたち5人が部屋の中で濡れた全身を拭いていた。雨が強すぎるあまり、これ以上捜索をするのは健康上のリスクがあると判断したためだ。この判断を下したのは、他でもないリーダーのアーロンだ。友人の命がかかっている。当然、向日葵や千代子は強く反発した。しかし、アーロンは胸ぐらをつかむ千代子の腕を引き剥がし、こう言い放った。

「そりゃあ僕だって諦めたくはないよ!でもね、琉太がサパコスに突撃したのはなんのためだ?僕たちが逃げる時間を稼ぐためだろ。いくら葉月ちゃんが退けたとしても、いつまたチャクラムが飛んでくるか分からない。ただでさえ視界が悪い。未熟な僕たちはきっと蹂躙されるだけだ」

 アーロンの拳からは血が滲む。

「雨が止むまで待つか、一度撤退するか。みんなで決めよう」

 千代子はその場で泣き崩れた。琉太が生死の境を彷徨うことは幾度となくあった。けれど、気を失っていても、ちゃんと帰ってきてはいた。そしてそのまま元気になって……そんなことの繰り返しだった。今日ばかりは違う。どこにいるかも、生きているのかも分からない。こんな絶望……初めてだ。

「僕は琉太くんを信じてる。ホマレ荘に帰って、また探しに来ようよ」重苦しい雰囲気の中、功が口を開いた。

「琉太くんは僕の何十倍もしっかりしてる。きっとどこかで生きてるよ。なんというか、そんな感じしない?」

「功くん—たしかにそうかも」葉月が言った。

 向日葵も泣きそうになりながら頷いた。千代子はあふれる涙を拭きながら、呟く。

「そうだね……絶望の隣は希望って言うもんね……」

 アーロンは無言で千代子の肩にそっと手を置いた。

「決まりだね。これより我々は、ホマレ荘を目指して出航する。向日葵ちゃん、大急ぎで錨を上げてくれない?」

「りょーかい!」

 向日葵は部屋のドアを蹴破り、大急ぎで外に出た。その瞬間、薄暗い海の先になにかが見えた。船と同じくらい大きく、水を吹き出しながら向かってくる影のような何かが。そして、その影はいきなり潮を吹いた。向日葵は叫び声を上げる。

「どうしたの!」声に反応したアーロンたちがすぐさま甲板へと駆けつけた。

 波を起こしながら、影が船の横へと着いた。暗がりで姿が見えないが、どこか懐かしい雰囲気を感じる。

「やっと、合流できたのう」

 あぁ、忘れるはずもない。村に初めて訪れたときの、暖かな思い出。

「ヴィラージュ様……!」アーロンらが等しいタイミングでつぶやく。

 魔族の頂点、ヴィラージュが何週間かぶりに姿を現したのだ。

「お主らとの再会を喜びたいところじゃが、それはあとじゃ。琉太を、お願いしてもいいかのう?」

 ヴィラージュの背中では、琉太が力なく横たわっている。表情は青ざめ、血の気を感じない。まさか死んでいないよね―?絶望を残しつつ、葉月と功が巨大な背中に飛び乗る。

 葉月は琉太の首元に触れた。脈はあるけど、風前の灯火。呼吸はほぼなく、この濡れ具合。しかも妙にベタベタしている。戦いのさなか、海に飛び込んだんだ。多分、海水をたくさん飲んじゃってる。

「葉月ちゃん、僕に任せて」

 功は琉太を背負うと、筋肉を総動員して、ヴィラージュの背中から甲板へと飛び移る。体は小さくとも、功はプロの武術家。やっぱりパワーが有る。葉月も風の呪文で船の上に着地する。

 功が部屋に飛び込むと、千代子、アーロン、向日葵がすでに待機していた。

「今すぐ応急処置を。誰がやる?」千代子が言った。

 みんな琉太のことが好き。だから自分の手で助けたい。当たり前のように、5人全員が手を挙げる。

「こんなにいらないな。人数過多では、動きにくいだけだし」とアーロンが冷静に言い放つ。「応急処置は、千代子ちゃん、功くん、向日葵ちゃんにやってもらおう」

 アーロンは向日葵と功の方を向いて言う。「二人は小さい頃から武道に命をかけていた。その経験の最中に多くの怪我をし、対処してきたはずだ。その経験は何よりも信頼に値する。頼んだよ。もちろん、千代子ちゃんも」

 三人は頷き、琉太を別部屋へと運んでいった。入れ違いで、小さくなったヴィラージュが甲板から入ってきた。

「アーロン、しばらく見ぬ間にずいぶん成長したようじゃの」

「えっ、どういうことですか?」

「いや、なんでもない。老人のたわごとじゃ」

 アーロンは椅子を2つ運び出し、ヴィラージュは葉月の太ももに座り込んだ。

「ヴィラージュ様、村から離れていたのはなぜですか?僕けっこう案じてたんですよ」

 葉月も呼応するように首を縦に振る。

「それを話したかった。結論から言うと、この数週間、わしは魔族の街に潜伏していたんじゃ」

 思わぬ返答に、アーロンと葉月は立ち上がる。

「マジっすか!めっちゃ危険じゃないですか!」

「そうじゃな。クライゼルやゴリベアなら、敷地をまたいだ瞬間に斬殺されるじゃろう。しかし、わしの能力なら、潜入なら造作もない」

 ヴィラージュの本質的な力。それは他を寄せ付けない「水の呪文」ではなく、空間を支配する『拡大・縮小』にある。最大なら城をもしのぎ、最小ならどんな隙間にも潜入する。

「質問なんですけど、魔族の街ってどこにあるんですか?」葉月が言った。

「村から見て、直線距離で北西200キロ、海で行けば300キロといったところか。飛行の呪文ならそう時間はかからぬが、わしは往復に2日かかったぞ」

「それで……なにか得たんですか」アーロンが静かに問う。

「あぁ、連日魔族たちの雑談をひたすら盗み聞きしていた。労働者、兵士、貴族、奴隷。あらゆる会話の内容を整理したところ、確かな情報がいくつかあった」

 ヴィラージュの声が一段と低くなる。

「暗影騎団長ヴィレッサムじゃが、正式に魔神軍を抜けたそうじゃ。って、あんまり驚かないんじゃな」

「えぇまあ、偲ちゃんの口から聞いていたもので」

「そういえばそうじゃったな。忍どうしの激突、城下町でも話題になっておったぞ」

「偲ちゃんが話題に……。あとで本人に伝えたほうがいいね」葉月がつぶやく。

「ヴィレッサムの脱退に対し、ヒノカグツチは特に大きな反応を見せなかった。もともと契約を切ったのはヤツのほうじゃからな。じゃが、こんな噂もある。魔神はヴィレッサムを討たんとするとするため、兵を出していると」

「自分から追い出しといて、その仕打ち。とんだクソですね」アーロンが言った。

「ヒノカグツチはもともと慈悲に溢れたお方じゃった。道理を大切にし、他者に寄り添う。この命令は、完全に狂気に飲まれた結果と言わざるを得ないじゃろう」

「暗影騎団長のポストは空席になったんですよね。だれかが新しく就いたんですか?」

「いい質問じゃ。これが最も信憑性に欠ける。魔族の噂では……新しい軍団長はヴィレッサムの兄とされている」

 二人は絶句した。ホマレ荘を絶望の淵に落とした軍団長に、兄がいたのか。

「兄とやらがいつ動いてくるかは検討もつかん。しかし、ヴィレッサムの脱退は魔神軍に衝撃をもたらした。わしはこの脱退を経て、アシナヅチ陣営への侵攻にも変化が生じると見ている。村の外側ではなく内側.......全体に目を通すんじゃな」

 アーロンたちには、そのセリフの意味がわからなかった。

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