86話 エンカウンター
「わっ、雨」
アーロンと琉太は最初の島を探索し終わり、橋をわたって、次の島に着手しようとしていた。街は予想以上に崩れ、ほとんどの書物が焼失していた。半日使えば、もれなく探索できた。このまま夕方まで時間を持て余すのはもったいないので、二人は別の島に移動した。
「雨嫌いなんだよね。サラサラヘアーの色が抜けちゃうからさ」
アーロンは自慢の金髪を手で覆う。
「えっ、それ地毛じゃないのか。初耳なんだが」
「冗談だよ。僕とエリーの髪は100パーセント地毛さ。お父さんは黒髪だけどね」
その島には橋が今にも崩壊しそうな一本しかかかっておらず、橋の前後には開閉式の門の跡があった。繁華街とは打って変わって、木の板にトタンなどでできた簡素な住宅が何千と並んでいる。道は荒れ放題で、生活環境の悪さが伝わってくる。神の都にもこんな地区があった。場所が変わろうが、貧困街というのはどの街にも存在するのだろう。
住民らがまともな教育を受けられなかったせいか、戦闘記録はおろか、書物は全くと言っていいほど残されていなかった。
風雨が強まってきた。アーロンは上着を脱ぎ、袖を縛って無理やり頭髪を保護した。見てくれは気になるが、若くしてハゲるよりかは遥かにマシだ。
「しっかしまぁ景気の悪いこと。花に満ちた生活ばっか想像してたけど、それだけじゃなかったみたいだね。平一郎が見たらどう思うか」
アーロンは瓦礫の山を漁りながら言った。そこは大きな物置の中。
「もうこの辺には何もないな。ほら、行くぞアーロン」
「りょーかい」
雨に濡れる琉太の声にアーロンはゆるく返事をした。
その時、物置がミシミシと軋んだ音を上げた。これ絶対まずいやつじゃん!瓦礫の山を蹴破って飛び降りようとするも、濡れているせいでもたついてしまう。天井が少しずつ近づいてくる。アーロンは反射的に目を瞑った。
「ウィンド、風よ立ち昇れ!」
体が持ち上げられたかと思うと、へその後ろを急激に引っ張られ、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。腰のあたりをさするアーロンに、琉太は手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
先ほどまで存在していたはずの物置は、ものの見事に崩れ去っていた。あの下にいたら……考えただけで寒気がする。
「琉太—。ごめん、油断したよ」
「風の呪文は制御が難しい。もっと繊細なコントロールができるようにならねば」
これがエリーだったら我が物顔で感謝を求めてくるだろう。しかし、琉太は何に対してもストイックだった。
貧困街の調査を終えたときには、夕刻まで2時間ほど残されていた。新しい島の調査をすることは難しいが、かといって休憩するには長い。アーロンはアシナヅチからもらった群島の見取り図を開く。ここから島2つを経由してぐるっと回り、繁華街を抜けることで、ちょうど船の辺りにつく。明日以降の調査の見通しを持つため、二人は出発した。
橋をいくつかわたると、西の方角に群島で一番の巨島が現れた。住宅の跡はなく、太い橋の先には急斜面に作られた田畑、頂上付近には木が生い茂っている。
「棚田ってやつか。こんなに規模が大きいのは初めてかも」アーロンはあくびをしながらつぶやく。
「ふむ、耕作にも見せてやりたかった」
頂上からの景色を楽しんだような気分で、琉太はその場を去ろうとした。
その時、森の間から金髪の神族が出現した。筋骨隆々のボディの腰にはナイフとチャクラム。この世のすべてを舐め腐っているような態度。隆之介、偲、エリーを死の淵に追いやったその姿。忘れるはずがない。隣のアーロンもサーベルを抜いている。
「どうする?あいつは気づいていないようだけど」とアーロンは言った。
「……お前は先に逃げろ」
この発言を、アーロンはある程度予測していた。自分を蔑ろにして、いつもボロボロになる。琉太はそういう傾向がある。
「逃げるための時間を稼ぎたいんだろ。なら体を張るのは僕だ。貸しは作りたくないんでね」
「現実を見据えろ、アーロン」琉太は震えながらに言う。「全員を確実に避難させるためには船を動かす必要がある。それができるのは、だれだ?」
「っ!お前が『ワープ』して回収すればいいだろ!」
「現状、向日葵たちがどこまで行ったのか見当がつかない。なら、彼女らに自主的に逃げてもらうのが手っ取り早い」
「そんなの……どうやって知らせるの?」
「俺に考えがある。お前は出航の準備をするんだ!」
「一緒にここから逃げるって手は?」
「ないな。もう気づかれてる」
敵は豆粒のようだが、アーロンははっきり捉えていた。チャクラムが複雑な軌道を描きながら、数百メートルという距離を詰めてくる。どうしよう?回避する?でも回避後の動きまで読まれていたら……。
「プロテクト!硬化!」
薄緑色の膜に包まれた琉太が、死を運ぶチャクラムを正確に弾く。
「あいつの相手ができるのは俺だけだ。これで分かったろう!さぁ早く!」
アーロンはまだなにか言いたげだったが、すぐさま振り向き、全力ダッシュでその場をあとにした。そうだ、それでいい。これは俺のリベンジでもあるんだから。
琉太は飛行の呪文で一気に接近し、残り数十メートルといったところで、牽制の炎を出す。もちろんひらりと避けられるが、アーロンはチャクラムの範囲外となった。純粋な一対一だ。
琉太は目の前の男に話しかける。「久しぶりだな、サパコス」
「うーん、どっかで見たことあるような……あっ分かった!お前、琉太だな!手紙を送りつけたやつだ。あのとき殺しそこねたからさぁ、とどめを刺したかったんだぜ」
サパコスは嬉々としてナイフを構える。この男は暴力と殺しを生きがいとする、ただのクソ野郎だ。故に遠慮はいらないし、油断もできない。
「お前の弱点は知ってる。この一撃で死んでよ!」
サパコスの体が傾いたかと思うと、もうすでに制空圏に潜っている。やっぱり、多少動体視力を鍛えたところでどうにもならないか……。サパコスは地面を踏み抜き、強烈な発剄を繰り出した。腹を打ち抜かれ、吹き飛ばされる琉太。そのままうつ伏せに倒れ込む。
「所詮は凡人。本当の天才であるこの俺様には勝てないのよ」
サパコスは手をパンパンと払い、琉太から目線を切った。
「おい、どこへ行くんだ」
琉太が余裕そうな表情を浮かべて立ち上がる。サパコスはニタァと笑いながらつぶやいた。
「—それでこそ殺しがいがある」
けど一体どんなからくりだ?硬化の呪文で防げるのは、表面の攻撃のみ。ナイフやチャクラムの斬撃のような。発剄は衝撃を浸透させる。呪文の性質から考えてノーダメージに抑えるのは不可能だ。
「その顔に免じて教えてやろう。『プロテクト』は体の最外装に保護膜を張る呪文だ。俺はその解釈を広げ、体内の臓器にまで膜を張った。これでお前の攻撃は何一つ通らない」
まぁ何一つってのは嘘なんだけど。
「魔法を使えない人には理解できないかもしれないが……案外イメージというのは大切なんだよ」
呪文とか魔法とか、そんな言葉を繰り返しているうちに、サパコスの雰囲気がカクついたものに変化していった。こいつ—怒ってる?
「お前、なんかうざいわ。もう殺すから」
サパコスは右手にナイフを構え、琉太のことを鋭く睨みつけた。




