85話 二人一組
ホマレ荘より西にはるか500キロ。水平線の彼方で船に揺れる少年少女たち。
アシナヅチからくだされた命令。それはヒノカグツチによって滅ぼされた神族の街、アプフェルの調査だった。アーロンを始めとした調査隊はアプフェルの座標を教えてもらい、村を出発した。当初はもっと早く着く予定だったが、アーロン以外のほとんどが初めて船に乗ったので、一部は船酔いにやられた。食料は十分にあった。時間をかけて、ゆっくり海を進んだ。
航海を始めて2日目。目的地まであと100キロを切った。アーロンは体調を崩して個室に引きこもっていた仲間を無理くりデッキに出させた。
波はなく、空は青い。学校生活では見ることのできなかった景色に、幼い少女、向日葵は心躍らせるはずだった。が、デッキに出るやいなや、青ざめた顔で口元を押さえて船の端に駆け出し、猛烈に嘔吐した。
「う〜、気持ち悪いよぉ」嘔吐物を垂らしながら、ほそぼそと呟く。
「大丈夫、向日葵?」
遅れて出てきた功が向日葵の背中を優しくさする。
「だから俺は反対だったんだ。怪我も治ったばっかりで無理をするべきじゃないだろって」
腕を組みながら文句をつけるのは琉太。
「そういうアンタも、つい昨日まで動けなかったじゃない。看病したのはアタイだよ」
千代子が琉太を肘で小突きながら言う。
「それもそうだな」
「アーロンくん、要件はなに?向日葵ちゃんが可哀想だよ」葉月は吐き気の止まらない向日葵の頭をよしよしする。
「いま入っている情報を整理しようと思ってね」アーロンは前方を注視しながら舵を切る。「僕たちが向かう先、アプフェルは9つの島からなる大きな街だった。ヒノカグツチによって燃やされるまではね」
「400年前だったか……滅ぼされたのは」
「僕たちからしたら歴史上の出来事だけど、神族と魔族は何十億年も戦争を続けている。アシナヅチ様からしたら、ほんの一週間前ぐらいの感覚なんだろう」
「私、ヌーラスさんから聞いたよ。神族の街6つのうち、すでに滅んでいるのが4つ。3つはここ1000年で立て続けに滅ぼされたって」葉月が言った。
「まぁ街を破壊してるんだ。女子供も皆殺しだろう」
「なんか、ヴィラージュさんが魔神軍を離反したのも分かった気がするよ。憎むべき相手とはいえ、数万人規模の街を一気に3つも滅ぼすなんて……正気の沙汰じゃない」千代子が口調を強めていった。
「アシナヅチ様から頼まれたのは、戦闘記録の回収と街の荒廃ぐあいの調査。街の状態が良ければ、一部を改修して魔神軍を横っ面から叩く軍事拠点にするってさ。戦闘記録は主に軍団長対策。あいつらから光の宝玉を奪還しないと、アシナヅチ様は全力を出せないし、僕らは元の世界へ帰れない」
「よし、気合い入れていくぞ!」
琉太が拳を突き上げると、功たちはおーと声を上げる。向日葵も顔をふにゃふにゃにしながら弱々しく声を絞り出す。
「ちょっと琉太!リーダーは僕だよ。上様のお墨付き!お前は補佐役だろ」
「形式上はな。とりあえず船をちゃんと操縦してくれ。話はそれからだ」
琉太のことがムカついて仕方なかったけど、僕は舵を任されている。一応、みんなの命を預かっている。アーロンは暴れる心をぐっとこらえて、船旅を続けた。
1時間後、荒廃した街が見えてきたので、向日葵たちは各々武器と軽食、水筒などを準備した。アーロンが流石のテクで船をギリギリまで寄せ、船から長い橋を下ろす。錨を投げ入れ、われ一番と上陸しようとする向日葵と功を追い越し、すぐ近くの木にロープをくくりつける。これで船が動く心配はない。
「思ってたより広いねぇ」千代子が目を細めながらつぶやく。
かつて数十万の神族が暮らしたというアプフェル。視界の奥に連なる9つの群島には木や石で造られた建物が幾つも生えているが、400年という月日は長いようで、ほぼすべてが崩壊しかけている。人々の往来で賑わっていたであろうレンガの道は、雑草や雑木が生えっぱなしになっていた。初夏の暖かな日差しが照らすのは、向日葵たちと野生動物のみ。神族の繁栄を象徴するような景色はもう無い。むしろ、子供や愛する人を殺された怨念すら感じられた。
「6人いることだし、3つのチームに分けようじゃないか。とっとと手を出せ」
琉太の提案により、全員が一斉にグー、チョキ、パーのいずれかを出す。結果、琉太とアーロン、葉月と功、千代子と向日葵という編成となった。
「これで決まりだな。一日で一つの島を探索すれば十分だろう。夕暮れまでには船に戻っておくことにしよう」
「琉太くんごめん。私、やっぱり功とがいい」
せっかちな琉太が背を向けた瞬間に、向日葵が功に腕を絡めながら言った。
「お前の気持ちはよく分かるが……ちゃんと帰ってこれるか不安なんだよ」
「私もう中3だもん。心配ないよ、功もいるし」
「まぁまぁ—」琉太がしかしと言いかけたところで、葉月が間に入った。「一回信頼してみようよ。二人とも戦闘能力は申し分ないし。千代子ちゃんは私が守るから安心して。それに、琉太くんなら空から向日葵ちゃんの様子を確認するぐらい、造作もないでしょ?」
葉月の言っていることはおおかた正しい。だが二人はまだ病み上がりだし、それに……あの向日葵だぞ?勝手に動いてなにかトラブルを起こすに決まっている。現実的に考えれば分かることだ。
「向日葵、功。今回の調査で行うべきことは?」千代子が二人の目を真っ直ぐ見る。
「ええっと……覚えてないや!」
「もう、向日葵ったら。戦闘記録の回収でしょ。ついさっき教えてもらったばっかじゃん!」功が自信満々に答える。
「それと街の様子ね。メモ帳になるべく具体的に記録しておくんだよ」千代子が人差し指を立て、嗜めるように言った。幼い二人は、はい!と元気よく返事した。
「こんだけチェックしとけば、多分大丈夫でしょ」
千代子は琉太の方を向いてニヤッとした。琉太は返答することなく、アーロンの腕を引っ張って島同士をつなぐ石橋を渡っていった。
「まったく、意外と感情的なんだから。葉月、行くよ」
千代子たちは上陸した島の繁華街へと進んだ。
その場に残された向日葵と功。なるべく離れて調査したほうがいいだろうと思ったので、隣の島へと接続できるもう一つの橋を渡ることにした。
「うぅ~、なんか出てきそうだよぉ」
島によって荒廃に差があったが、向日葵たちが進んだところは酷かった。木の屋根は朽ち果て、石積はバラバラに崩れている。波の影響だろうか。あちこちに水たまりができている。昼ごはんが済んでまだ明るい時間帯のはずなのに、地面からゾンビが這い出てきてもおかしくないような……不気味な雰囲気がする。
「魔神軍の奴らがいるかもしれないから、しっかりしてよね」背中に隠れて震えている向日葵に対し、功が呆れながら言った。
「やっぱり千代子ちゃんの方が良かったかも。功ちっちゃくて頼りないし」
「向日葵のほうが小さいだろ!」
瞬間的に功は口を押さえた。あぁやっちゃった……。頭から角が生えている。
「誰が小さいですって!」
その場から駆け足で立ち去る功を、向日葵はぷんすか追いかける。悲しいかな、琉太の不安は半分現実のものとなってしまったのだ。
一方、千代子と葉月は割れた木材が散乱する繁華街の跡を歩いていた。レンガで舗装された真っ直ぐな道には、廃墟となった出店が軒を連ねている。看板のようなものもあるが、長年雨風にさらされたせいか、文字はかすれて読めない。
少し進んだところで、現れたのは水の止まった立派な噴水だった。周りには車輪の残骸、テントの布などが散らばっていた。バザーを毎日のようにやっていたのだろう。魔の手が迫るまで、人々の生活が確かに存在したのかと思うと、千代子の胸は苦しくなる。
商いで笑顔を稼いだ人々が、わざわざ戦闘記録を残すことはない。抵抗もできず、魔族に無惨に殺されたのだろう。だが、なにか役に立つ文献が残っているかもしれない。千代子はただの材木と成り果てた馬車の跡を調べた。
「何かなこれ……?」
積荷の底から出てきたのは、真っ白な枝のようなもの。先っぽが丸くなっていて、何かにはまりそうな形状をしている。
「千代子ちゃん……それ、大腿骨だよ」葉月が蒼白になりながら言う。
「えっ。人の骨ってこと」
反射的に投げ捨てる。
「お父さんがシカ解体してるとこ見たことあるから。そのかたち、シカの太ももの骨とよく似てる。見た感じ、5歳ぐらいじゃないかな」
千代子は幼子の骨を拾い直す。
「アタイはこの子を埋めてあげたい。手伝ってくれる?」
葉月は微笑みながら、もちろんと頷いた。
バザーの跡で発掘した錆びたシャベルを持ち、千代子たちは骨を埋められそうな場所を探した。さいわいにも噴水広場の外れ、島の端で庭園のある民家を見つけた。人様の敷地に他人の骨を埋める—常識の範囲外であることは理解しているが、調査にも時間を割きたい。二人はしっかりと形の残った骨を黙々と埋葬した。
シャベルを置いて手を合わせながら葉月はつぶやいた。
「魔神軍とアシナヅチ様がなぜ戦っているのか、まだはっきりしていないところはある。だけど、おかしいよ。どんな理由、因縁があっても、こんな仕打ちが許されるはずがない。ちっちゃな子を殺していい道理はどこにあるの?」
「葉月……」
「たくさんの生命を射殺してきた、私が言えたもんじゃないけどね」
葉月の武器はコンパウンドボウ。滑車の原理を利用し、小さな力で簡単に矢を放てる代物だ。そこに入学する以前の長年の旅路による経験が重なることで、葉月の戦闘能力は目を見張るものとなった。敵対関係とはいえ、彼女が多くの命を奪ってきたのは紛れもない事実。しかし、その技量で窮地を脱してきたのもまた事実だ。
「気に病むことはないよ。アンタは仲間を救けるために仕方なく弦を引いた。こいつらはなんの罪もない幼子を何人も殺害した。目的も規模も違う。アンタはアタイの誇りだ」
葉月は下を向きながら、ありがとうといい、千代子の肩にもたれかかった。千代子は無言でその頭を撫でた。
晴れ晴れとした空に暗雲がかかり、夏らしくない冷たい雨が二人の体を貫いた。




